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『私だって守りたい!』 幼児領主、天蓋ベッドから飛躍を誓う③

 ベッドの天蓋から差し込む柔らかな光を感じながら、私は大きく息を吸い込んだ。ここは新しい部屋――広くて、あらゆる道具と魔道具に囲まれた、まるで豪華なワンルームマンションのような空間だ。左脚にはまだ痛みが残るが、マギアの治療と休息のおかげで、着実に回復へ向かっている。エミーとローザが隣のベッドで寝泊まりしてくれるおかげで、私は暗殺の恐怖や足の痛みに苛まれながらも、どうにか眠りの淵を乗り越えられている。


 ただ、いまの生活は外に出ない、庭にも行かないという制約つき。とりあえず敷地内の移動も制限されていて、ほぼ部屋にこもって過ごす日々だ。3歳児の体では仕方ないとはいえ、前世の経験もあって「このまま引きこもり生活でいいのかな……」と複雑な気持ちになる。完全に安全を期すにはこのほうが確実なのだろうが、私の中には“一刻も早く状況を把握し、犯人を突き止めたい”という焦りが渦巻いていた。


 「リア、足の具合はどう? 痛くない?」

 エミーが心配そうに声をかけてくる。先日の事件で背中に傷を負った彼女も、もうあまり痛まないらしく、いつものとおり私を気遣ってくれる。お互いにケガ人のはずなのに、私のほうが重傷だからと、エミーが献身的に動いてくれるのは嬉しい反面、罪悪感も大きい。


 「うん、だいじょぶ。ちょっと痛いけど……だいぶ平気……」

 私がそう答えると、エミーは安堵の笑みを浮かべる。そして、「でも無理は禁物よ?」と付け加えた。私はゆるく頷きながら、ベッドからゆっくり身を起こす。前回よりスムーズに体を動かせるようになってきているが、まだ思いきり歩き回るのは難しい。とはいえ、寝てばかりも気が滅入る。治療優先とはいえ、まるでお籠り姫のような毎日だ。


 「ローザ、今日もお掃除と……あと、食事の準備があるんだよね?」

 エミーが部屋の入口付近を振り返ると、ローザは笑顔で「うん、ちゃんとやるよ。リアがいま頑張ってるから、私たちも張り切っちゃう」と返事する。そのやりとりを見ていると、ほんの少し幸せな気持ちになる。とはいえ、ふたりとも仕事や護衛に忙しいので、私がこの部屋で何をして過ごすかは考えどころだ。


 「ねえ、ちょっと館の中を歩きたい……って言っても、ダメ……かな?」

 私はこっそりエミーに提案する。部屋の中は快適だが、このままだと本当に“引きこもり”になりそうだ。医者いわく「軽い運動ならリハビリにもなる」とのことだし、せめて隣の廊下くらいは歩き回りたい。


 「ああ、もちろん廊下くらいなら……いいよ。無理しなければ大丈夫。ただ、庭とか外はまだ禁止、って話だから、そこは我慢してね」

 エミーは笑顔で答えてくれる。私が唸り声を上げると、「ごめんね。でも、ボリスさんたちが許してくれなくて」と肩をすくめてみせる。外の庭は警備の盲点が多く、暗殺者が再び現れる危険があるらしい。私自身、以前のバルコニーの惨劇を考えると「怖い」という気持ちもあるから、強くは言えない。


 数分後、私はローザの支えを借りながら廊下をゆっくり歩いていた。脚は少しずつ慣らしていかないと固まってしまうらしく、こうして数日に一度は部屋の外へ出て、簡単な散歩をするのだ。途中、廊下を行き交う侍女や兵士が何かひそひそ話をしているのが聞こえて、耳を澄ませると「隣の領主の件……」という単語がかすかに漏れ聞こえた。


 (隣の領地の領主……?)

 妙に胸がざわつく。こんなに大っぴらな場所で隣領の話をしているのは、それだけ有名な話題ということかもしれない。私はふと、以前少し聞いた覚えがある“遠い親戚がこの領地を欲している”という噂を思い出す。確かに、私に万が一のことがあれば、その隣領の領主が相続権を主張できるかもしれない……。


 「どうしたの?」

 ローザが私の歩みが止まったのに気づいて尋ねる。私はうまく説明できず、「う、ううん……」と誤魔化すしかない。幼児らしく言葉にできない不安がこみ上げる。相続権、特別縁故者の相続(相続人がいない場合において、もっとも、縁故など関係のある人間を相続人として相続させること。)――そんな前世の法律の知識と、この世界の貴族制度が微妙に重なって、薄気味悪いリアリティを感じるのだ。


 (私が死ねば、あの領主がここを取れる……? つまり、今回の暗殺はその人が黒幕……?)


 恐ろしくなる。もちろん確証はないし、違うかもしれない。けれど、これだけ噂になっているなら、みんな少なからず「隣の領主が怪しい」と思っているのだろう。

耳をそば立てて聞くと、隣領の領主は「自分が継いだほうが領民のためになる」という手紙まで送ってきたらしい。そんな押しつけがましい主張をする人物が、“実力行使”に出てもおかしくはないのかもしれない。

私は、父の葬儀に出席をさせられなかったが、一悶着ありそうだから、あえてそうした、ということなのかもしれない。


 「ほら、廊下の端まで来たけど……もう戻る? 脚痛くない?」

 ローザが私の脚をちらりと見ながら問いかける。私ははっとして、「うん……ちょっと痛いかも……」と素直に認めた。実際、長くは歩けないし、気分も沈んでしまった。ローザとともに部屋へ引き返す道すがら、さっきの囁き声が耳の奥でこだまする。

 (隣領……相続……暗殺……やっぱり怖い。もしまた狙われたら、私もエミーやローザも無事じゃ済まないんじゃ……?)


 部屋に戻ると、エミーがふかふかの椅子を用意して出迎えてくれる。「おかえり、どうだった? 無理しなかった?」と微笑むが、私は疲れたように首を振り、「……ちょっと痛い……」と呟く。立ち上がってわずか十分程度でも、3歳児の脚と傷には厳しい。それでも、杖も使わずに歩けたのは回復の証なのだろう。


 「さ、冷たいジュースを少し飲む? 甘すぎないようにしてあるから、疲れた体にちょうどいいかも」

 エミーがやさしく勧めてくれるので、私は小さく「うん……」と返事をする。そして、椅子に腰を下ろしてゴクリとジュースを飲むと、甘酸っぱいフルーツの味が口に広がり、少しだけホッとする。こういうとき、幼児の体はすぐ味覚に幸福を感じて、つい気が緩んでしまうのが不思議だ。


 「そういえば、次の食事はちょっとしたお菓子が出るらしいわよ。リアの足がだいぶ良くなってきたし、食欲も増えるだろうってベアトリーチェ様が」

 ローザが教えてくれる。確かに、最近はお粥中心だった食事も、徐々にバリエーションが増えつつある。私が3歳児として味覚が変わっているせいか、甘いものも、何でも美味しいと思えるのが面白い。好き嫌いせず食べないと、怪我も治らないし体力もつかない……と、自分で言い聞かせつつ、食事の時間がちょっと楽しみになっているのは、なんだか幼児らしくて少し恥ずかしい。


 そんな美味しい食事を楽しみながら、私は同時に“勉強”も始めることになった。ベアトリーチェや侍女たちが用意してくれた絵本には、可愛いイラストとともに、この世界の文字が少しずつ載っている。まだ全然スラスラ読めないけれど、やり始めると意外に面白い。たとえばローマ字っぽい記号が並んでいたり、あいうえおに似た発音記号が組み合わされていたり……。

 (なるほど、こういう法則なのかな?)

 3歳の頭では限界があるが、前世の学習経験を活かそうとすると、時間とともに疲れが出るのを感じる。ローザに「無理しないで」と注意されるたび、自分が幼児であることを痛感する。


 (私だけの問題じゃなく、ここに住む領民の運命もかかってる……)

 今後のこと、暗殺への対抗などは、想像しただけで怖くなるが、同時に「私がしっかりしなきゃ」という決意も湧いてくる。前世でも法的知識を使って人を助けたいという思いがあった。今度は異世界の領地制度やルールを学び、一刻も早く自分なりの術を身につける必要がある。躰は幼児で、性も変わり、感情が暴走しがちだけれど、勉強して知識を蓄えていくことは大きな武器になるはずだ。


 そして、一日が終わろうとする頃、私はふとトイレに行きたくなった。3歳児だからこそ、ちゃんと自己申告しないと間に合わない場合もあるが、最近は傷のためにエミーやローザが必ずついてきてくれようとする。しかし、私自身は「トイレくらいひとりでしたい」という気持ちが強く、怪我を押してでもプライドを守りたい一面がある。

 「ごめん……トイレ……」

 そう呟くと、エミーとローザが「じゃあ行こうか」と立ち上がるのを制して、私は「ひとりで……行く……から。大丈夫」と強く主張した。


 「でも足が……」

 「大丈夫……ひとりで行く……」

 正直、痛みはあるけど、ここまで甘えっぱなしじゃ前世の自分が耐えられない。その思いで意地を張る私に、二人は少し困惑した表情を見せるが、最終的には「じゃあ、無理しないでね。すぐ呼んでね!」と折れてくれた。私は杖代わりの棒をつきながら、ゆっくりと部屋の中の扉に向かう。


 (ほんと、部屋にトイレがあるなんて夢みたい……)

 呆れ半分、感心半分で扉を開けると、小さな個室が備わっていて、魔道具のスイッチらしきものも見える。前世の生活を思い出すような“水洗トイレ”とはちょっと違うけれど、似たような仕組みなのかもしれない。なんとか自分で腰を下ろし、慣れない道具を操作しながら用を足す。成功したときの安堵感は意外に大きくて、幼児の体が素直に「よし、やった!」と喜んでいるのが分かる。傷は痛いが、こうして一つずつできることを増やしていけば、いつか暗殺者の恐怖をはねのける力を得られるのではないか……と、少しだけ自信が湧く。


 とはいえ、お風呂のほうはそうはいかなかった。もともと、3歳児でも一人で入浴をするのは難易度が高いのに、左脚が傷ついている私にとっては、転倒の危険が大きすぎる。さらに、エミーやローザも「このまま清潔を保たないと怪我が悪化するし、女の子はキレイにしないと!」と半分強引に言い張って、一緒に入らざるを得ない状態だ。もっとも、たまに「ひとりで大丈夫!」と抵抗しても、足の痛みと体力不足ですぐ限界が来る……。結果、彼女たちが後ろから支えてくれたり、体を洗ってくれたりしている。


 お湯の温かさは正直気持ちいい。そっと包まれるような安心感があるし、ケガの負担が少し軽くなるようにも感じる。エミーやローザの優しい手つきで体を洗われると、まるで赤ちゃんに戻ったみたいで、たまに甘えたくなる自分が嫌でも愛おしくなってくる。前世では男だった意識が「こんな風に洗われるなんて……」と気まずさを覚えるのに、3歳児の身体は「気持ちいい」と感じている。違和感を抱きつつも、事実、この目の前の安堵感には抗えない。


 (無力だなぁ……私は結局、守られて、洗われて、甘えて……。でも、いまはしょうがないんだ。足が治るまで、とにかく焦らず体を休めて……)

 そう自分を納得させるように呟く。いつか、この状態から脱して、ちゃんと自分で責任を果たす立場にならなければいけない。隣領の領主がもし本当に黒幕なら、またいつ矢を放ってくるか分からない。領民たちの安心もエミーやローザの安全も、このままでは危うい。だからこそ――私はもっと早くに知識をつけ、政治や法、そしてマギアについて学ぶ必要があるのだ。


 風呂上がりにはほんのり湯気が残り、体がポカポカ温まっているせいか、眠気が増す。彼女たちにベッドへ運んでもらいながら(やはり3歳の脚では長く立っていられない)、私は改めて決意を固める。


 (早く文字を読めるようになって、歴史や領地のことを学ばなくちゃ。自分の命だけじゃない、この家のみんなや領民たちも守るために……)


 部屋の灯りが少し落とされ、夜の静けさが訪れるころ、私はベッドに横になって深呼吸する。エミーとローザは「おやすみ、また明日もがんばろうね」と優しく声をかけてくれる。私は寝返りを打つと、左脚にまだズキンと痛みが走った。だけど、全身を襲うような激痛ではなくなり、少しずつ回復しているのを感じる。いずれ痛みを克服したら、自分から動いて情報を取りに行けるかもしれない。そんな未来への期待が、幼児の不安をほんの少しだけ和らげてくれる。


 「……ありがと。おやすみ……」

 小さく呟いた声は、どこか意志に満ちているような気がした。3歳児なりに、明日はもう少し文字を覚えたい、歴史を聞きたいと思っている。いつか本当の意味で“領主”としてここに立てるように――そして、隣領の領主が仕掛けているかもしれない陰謀にも対抗できるくらいに強くなるために。性別の違和感や幼児の体の弱さは否応なくのしかかるが、だからこそ焦らず一歩ずつ進もう。


 天蓋付きのベッドは柔らかく、ふかふかな寝具が私を包みこむ。左脚には包帯とマギアの名残りがあるけれど、少しずつ慣れてきたのか痛みもコントロールしやすくなってきた。外の世界には、この領地を相続することを狙う者がいて、私を消そうとしているかもしれないけれど、今はこの安らぎの中で眠りにつくしかない。自分の弱さを認めながら、それでもみんなの幸せを守りたいという決意を胸に、私はゆっくりまぶたを閉じる。


 (私、がんばるよ……絶対に……)


 こんな小さな体でどれだけできるか、まだ未知数だ。それでも学び始めれば、きっと何か武器になる。エミーやローザが守ってくれるからこそ、私は彼女たちを守る方法を探さなくてはいけない。そんな思いを抱いて、私は天蓋のレース越しに揺れる薄明かりを見つめながら、深い眠りへと落ちていくのだった。まるでこの部屋全体が安全な場所として私を包みながらも、その外には荒波が待っている――。だが、ここで踏ん張り、学びを重ねて強くなるしかない。それが今の私の答えなのだ。


 こうして長い一日を終え、甘くも苦い感情を抱えつつ、私の一日の幕はゆっくりと降りていく。おやすみなさい――また明日、私は一歩成長するために目を覚ます。エミーとローザ、そして自分を支えてくれる多くの人のために。ここが私の“復活”へのスタート地点なのだと信じて、まどろみの世界へ――。


前世 日本国 民法

第958条の2第1項 前条の場合において、相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。


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