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『私だって守りたい!』 幼児領主、天蓋ベッドから飛躍を誓う②

 扉が開ききる前から、すでに胸が高鳴っていた。光の筋がゆっくりと差し込み、部屋の全体像を少しずつ照らしていく。私はエミーとローザに支えられながら、左脚の痛みをこらえて一歩ずつ足を進める。まるで未知の世界へ踏み出す探検家のような気分だった。


 そして、扉が完全に開いたとき、私は思わず「わぁ……」と小さな声を漏らす。そこには、私の前世の経験も含め、あまりに豪華すぎる――けれど、どこか機能的な雰囲気も漂う部屋が広がっていたのだ。


 まず、目に入ったのは天井へと伸びる大きな柱――天蓋付きのベッドだ。レースのような薄い布がかかっていて、まるでお姫様が使うような高貴なベッドに見える。一方、隣にはシンプルな造りのベッドが二つ置かれている。エミーやローザが一緒に休むためなのだろう、とぼんやり考えながら、私は天蓋付きベッドの方に視線を戻す。3歳の子どもに、ここまで立派な寝床が必要なのか……という疑問は、前世の私なら真っ先に突っ込みたいところだけれど、領主という立場では「当然」なのかもしれない。


 続いて目を引いたのは、部屋のあちこちに設置された見慣れない道具類だ。見た目にはガラス細工や金属のパイプのようなものが組み合わさっているが、どこかで淡い光が灯っている部分がある。透明な結晶がはめ込まれた球体、あらかじめ魔法式(マギア式)の操作部分がついていると思しきランプスタンド……まるでファンタジックな実験室か、未来的な工芸品の展示場みたいな不思議な空間だ。


 「これ……なに……?」

 思わず小声で尋ねると、エミーが笑みを浮かべて答えた。

 「魔道具よ。この部屋を快適にするために設置されてるんだって。温度や湿度を一定に保つ仕組みとか、ランプも魔力で点いたり消えたりするし、夜は小さく光量を調整してくれるのよ。前の部屋よりさらに安全よ。」


 そう言われてみれば、壁際に金属の板のようなものが幾つか埋め込まれているのが見える。魔道具による防護の装置なのかもしれない。確かに“領主”を守るために用意した部屋と考えれば、このくらいの設備が当たり前なのかもしれないが、私にとっては初めて見るモノばかりで、興味と戸惑いが半々だ。


 「ベッドも、こ~んなに豪華でしょ? ふふっ、リアの体にはもったいないくらいね」

 エミーが天蓋付きベッドを指さして微笑む。彼女の包帯がまだ痛々しいが、頬に浮かぶやわらかな表情からは、先日の自責が少しだけ和らいでいるように見えた。


 「こっちにはシンプルなベッドが二つ。私たちがここで一緒に寝るから、安心してね。何かあったらすぐに起きられるし、リアの世話をするのも簡単だろうし」

 ローザがベッドをぽんぽんと叩きながら説明してくれる。そう、私が3歳なので夜中に何かあればすぐ対応できるように、エミーとローザが同室で過ごす――それだけ聞けば、温かい生活空間だと感じるが、実際には“警護”の意味合いも濃いのだろう。暗殺事件を経験した私にとって、彼女たちがそばにいてくれるのは何より心強い。


 部屋の中央あたりには、きらびやかな机と椅子がセットになっている。机の脚には美しい彫刻が施され、表面は透き通るような仕上げ。書き物だけでなく、ちょっとした食事もできそうだ。よく見ると、その横には本棚が並んでいて、私にも分かるように表紙に絵が描かれた“絵本”らしきものから、魔法や貴族制度を解説しているっぽい分厚い本まで、多種多様にそろっている。


 「学習用の書物もそろえてくれたんだって。リアが少し回復したら、ベアトリーチェ様が文字を教えてくれるらしいよ」

 エミーの声に、私の心は軽く弾む。そうだ、前世で培った知識はあっても、この世界独自の文字や魔法の仕組みはわからないままだ。3歳児の体力であまり勉強に集中できるかは疑問だが、いずれ自力で読めるようになれば、自分から情報収集もできるはず。領主として、生き延びるためにも、それが必要なのは理解している。


 「見て、あのドア、ふたつあるでしょう?」

 ローザが指差した先には、部屋の奥に寄り添うように並んだ扉が二つ。片方には、洗面所を示すようなシンプルな絵文字が刻まれ、もう一方にはお風呂を表す絵らしきものが描かれている。どうやら、この部屋だけで洗面や入浴も完結できるよう作られているらしい。広い屋敷のなかでも、こうした専用バスルームを備えた部屋は限られていると聞いたことがある。まるで豪華なワンルームマンションの一室みたいだ――と、前世の私なら評したかもしれない。


 「わあ……ここだけで、全部……終わっちゃうね……」

 私が小さくつぶやくと、エミーとローザがくすりと笑う。

 「ほんとにね。これならいちいち廊下を歩かなくても、傷が痛むときはここで済ませられる。安全面でも便利だし、ほら、あのお風呂なんて、とても便利なお湯沸かしがついてるらしいよ。リアが入るときは私たちもちゃんとついていくから、安心して」


 そう言われても、まだ脚の痛みはひどいし、湯船でくつろぐのはしばらく先になりそうだ。とはいえ、こんなに便利な環境を用意してもらえるとは、なんとも贅沢だな……と改めて思う。私は3歳なのに、すでにこんな立派な空間が与えられるのは、領主としての特権か、それとも危険に巻き込まれた結果の保護措置か。どちらにせよ、普通の子どもでは経験しないような生活を送っていることは確かだ。


 部屋の奥にはカーテンがかかった窓があって、その前にも小さなテーブルセットが置かれている。日差しを浴びながらお茶やお菓子を楽しめる設計なのかもしれない。私の年齢ではお茶会よりお昼寝や遊びがメインだろうが、ここで絵本を読んだり、おやつを食べたりできるのは悪くない光景だな、と想像してみる。


 「どう? 気に入った?」

 ローザが私の表情をうかがいながら尋ねる。私は素直に頷いた。

 「すごい……きれい……。こんなとこで……過ごす、の……?」

 3歳児の口調ではまだうまく感想を言えず、前世の頭では「あまりに豪華すぎる」と突っ込みたいけれど、私の身体はこの部屋にすでにホッとする安堵感を覚えている。傷ついて、安息を求めている状態だからこそ、こういう優雅な空間に心を救われるのかもしれない。


 「そうだよ。私たちもしばらくはずっとここで寝泊まりする。ほら、向こうに私たち用のベッドもあるでしょう? リアひとりだと寂しいかなって思ってね」

 エミーがシンプルなベッドに歩み寄って、試しに腰掛ける。すると「これもフカフカでいいわね」と笑みをこぼす。もともと彼女たちは侍女部屋があったが、今回の危機管理で“ずっとそばで守れるように”という指示を受けたらしい。私からすれば心強いし、3歳児の感情も「一人で寝るのは怖い……」と訴えている。複雑だけれど、正直ほっとした部分も大きい。


 「この先、しばらくは部屋からあんまり出られないかもしれない。足も痛いし、護衛の問題もあるし……。だから、退屈しないように絵本を借りたり、いろいろおもちゃを取り寄せたりするからね」

 ローザが私に微笑む。いま足を引きずっている状態では、廊下や外庭を散歩するのも難しい。少し前なら「歩けるようになって世界が広がった!」と喜んでいたのに、暗殺未遂の事件でまた自由が奪われてしまった。普通なら泣いて嫌がるところだが、実際こわい目に遭ったばかりなので、私も妙に納得してしまう。


 「……うん、ありがと……。ここで、おとなしく……回復、する……」

 そんなふうに答えている自分が、どこか幼児らしく感じられて不思議だ。前世の私なら強がって「こんなことに負けてられるか!」と突っ走りそうなのに、今は痛みと不安のほうが勝っている。身体が男だった頃とはまるで違う感性……。いや、性別以前に“幼さ”がもたらす弱さ、甘え、涙脆さ、それが私の行動を制約している。

 (でも……これでいい。いまは自分を責めすぎるより、確実に治して次の一歩を考えなきゃ……)

 そう思いながら、視線を周囲に巡らせる。この部屋のどこを見ても魔道具の痕跡があり、まるで近未来の設備のようだ。しかも、壁際にはさりげなく金属製のパネルがいくつも埋め込まれている。防犯結界とか、侵入者を探知する仕組みとか、いろいろあると聞いた。まさに“安全第一”のスペシャルルームというわけだ。


 エミーとローザが部屋の説明をしてくれる間にも、私は頭のどこかで「ああ、本当に私は女の子なんだな」という違和感を改めて感じていた。ベッドひとつとっても、レースやリボンがあしらわれた装飾が施されている。可愛いのは、気持ちとして悪くないけれど、前世の男だった記憶がほんのり抵抗感を抱いてしまう。しかし、そうは言っても3歳の身体は自分の意思に関係なく喜んでしまうところがあって……。一瞬、胸がもやもやするけれど、そばにいる彼女たちの笑顔を見ると、もう抵抗する気持ちも削がれてしまうというか。

 (こんなに大事に扱ってもらって、申し訳ないな。いや、ありがたいんだけど……)

 幼児の身体が3歳児の感性を優先させるのを感じながら、思考がふわふわ漂う。もう少し成長すれば、この違和感とも折り合いをつける日が来るのだろうか。


 ローザが私に問いかけるように、「ほら、ちょっとソファに座って休もっか?」と言う。部屋の隅には小さなソファとクッションがあり、これならベッドではなくても気軽に腰を下ろせそうだ。私はコクンと頷き、エミーとローザに支えられながらそちらへ向かう。数歩歩いただけなのに、脚がズキッと痛む。まったく、こんな体で領主なんて笑える話だ……でも、いまは治療に集中するしかない。


 そっとソファに腰掛けると、思いのほか柔らかく、ふわりと身体が沈む。布地も質のいいものを使っているらしく、甘い匂いがわずかに漂う気がする。まるでぬいぐるみに包まれたような感触で、こんなにも快適なソファは初めてかもしれない。

 「うん、ここなら痛くないかな?」

 ローザが私の脚をそっと支えてくれ、エミーがクッションをもう一つ置いてくれる。「そうそう、足を高くして血行を悪くしないようにって言われたもんね」とのこと。私の中の3歳児は、もう“快適さ”に身を委ねてしまいたい衝動があるが、同時に前世の意識が「警戒を解いて大丈夫か?」と妙な緊張を続けている。


 「この部屋に誰が入ってくるかは、私たちが厳しく見張ってるから心配しないで。ドアもふたつしかないから、万が一変な音がしたらすぐわかる。……まあ、そんなこともう二度と起こらないように、ボリスさんたちが一生懸命調べてるわ」

 エミーが私の不安を察してか、そう言ってくれた。私は「うん……」と返し、痛む脚をなでながら、これからのことをぼんやり考える。暗殺者の黒幕は誰なのか。エミーやローザ、ベアトリーチェ、ボリス――周りの大人たちが守ってくれているとはいえ、いざという時に自分で何もできない現状がもどかしい。でも、3歳で魔法を使いこなすことは到底無理だし、文字すらまともに読めないままでは情報を自力で掴むこともできない。結局、守られるしかないのか……と、諦めにも似た溜息が出てしまう。


 「リア、大丈夫? 表情が曇ってるけど……痛いのかな?」

 ローザが心配そうに顔を覗きこむ。私は慌てて首を振り、「ううん……ちょっと考えごと……」とだけ答える。まだ子ども扱いされるのは嫌だけど、実際のところ“子ども”以外の何物でもない状態なのだ。無理しないよう、エミーがクッションをずらして、私の姿勢を整えてくれる。温かい手が私の肩に触れるたび、心がほぐれるのを感じる。


 ――ああ、なんだか変な話だ。男だった前世を思い出すと、こんな風に侍女ふたりに世話されて甘えている状況など想像もつかなかった。しかし、今は3歳の女の子の身体で、ケガをして、さらに暗殺の危険から守られなくてはいけない。いろんな意味で“弱い自分”を認めざるを得ないし、その実感がときどき心をざわつかせる。でも、彼女たちの存在はやはりありがたくて、否定する気にはまったくなれない。甘えられるなら甘えてしまいたい……その矛盾こそが、今の私にとっての“日常”なのだろう。


 「さ、ここでどんな生活を送るか、いろいろ考えようか。せっかく広い部屋だし、怪我が治るまでのんびり過ごせるように工夫しなきゃね」

 ローザが明るい声で言う。エミーも「うん、私たちでメニュー決めして、おいしいスープとか、お粥以外の食事も試してみようよ。あと、マギアの小物で遊べるものがあれば……あ、でもまだ足りないものがあったら、どんどん言ってね」と乗り気だ。負傷した3歳児の退屈を紛らわすために、あれこれ工夫するつもりらしい。


 「うん……。あ、でも勉強も……したいな。字とか、ベアトリーチェが教えてくれるって……」

 私がそう言うと、エミーとローザが顔を見合わせ、微笑む。

 「勉強したいだなんて、えらいね。実際、ベアトリーチェ様も『リアンナ様は、のみこみが早そうだ』って期待してるみたいよ。じゃあ、様子を見て、無理のない範囲でやってみようか」


 そうだ、もともと私は前世でそれなりに勉強をこなしてきた身だった。いまは脳が幼児モードになっている部分があるが、基礎的な論理の組み立てや集中力は少しは残っているはず。ただし、体力と精神力は3歳ゆえにすぐ疲れてしまうし、言語そのものが異世界のものだ。焦らずに進める必要があるだろう。とはいえ、この広い部屋と新たな環境をうまく活かして、学ぶチャンスを得たい――いつか、こうした知識が“自分の身を守る武器”になる日が来るかもしれない。


 ふと、壁際に立てかけられた姿見が目に入る。ドレスの端やレースのカーテン越しに、自分の姿がちらりと映っていた。美しく黒い髪が伸びかけていて、いかにも“かわいらしい女の子”のフォルム。そこに包帯を巻いた脚や痛々しい痣がついたままというアンバランスさが胸に刺さる。“こんな体で生きていくんだ”という違和感は相変わらず。でも、いまはそれを気にする余裕もあまりない。暗殺の恐怖や、体の痛み、そしてここでの生活をどう立て直すか――考えるべきことが多すぎるのだ。


 「リア、あんまり無理しないでね。違和感があったらすぐ言うんだよ? 痛み止めとか、治療の時間もあるし」

 エミーが改めて気遣うように言う。私は笑みを返し、「ありがとう。……ふたりと一緒なら、がんばれる」と素直に伝える。すると、エミーとローザは一瞬目を丸くしてから、微笑みながら「なにその急にかわいいセリフ?」「うん、こちらこそ力になるよ」と返してくれた。


 そう――私はもう3歳。ここで“男だった”なんて言っても仕方ない。とにかく、いまはこの身体で受け止めるしかないのだ。もしかすると、周りから見れば“まったく普通の女の子”に見えているかもしれない。でも私の内面には、前世の断片が残っていて、ふとした瞬間に“ちぐはぐ感”が疼く。ただ、その違和感をどう処理すればいいのか、まだわからない。痛み止めの薬やマギアでごまかせるような話でもないし……。とりあえず、今は部屋の新しい生活に慣れ、脚をしっかり治して、暗殺者に再び狙われないよう万全を期すしかない。これが私の“幼児領主ライフ”の続きだ。


 そう自分に言い聞かせながら、ふと窓の外を見やると、明るい日差しが差し込んでいた。ここはバルコニーこそないが、魔道具が部屋を快適に保ち、セキュリティ的にも安心な場所。少しずつ、私が女の子であることへの違和感も、こんな豪華な空間での暮らしにも、慣れていくのだろう。いや、慣れなきゃいけない――前世の意識を持ち続ける私にとって、それは少し苦い課題だけれど、3歳児の体と心には、いまは“甘えたい気持ち”も強い。どちらを優先すればいいのか、いつまで悩めばいいのか……それも含めて、回復しながら考えようと決心する。


 エミーとローザは私が落ち着いた様子を確認し、部屋の一角にある小さな丸テーブルに軽く手をついて振り向いた。「じゃあ、まずはお腹がすいたら教えてね。さっそく料理を温めたり、ジュースを用意したりするから。あと、痛みが出てきたらすぐ私たちに知らせるのよ」とローザが優しく告げる。エミーも「何も心配いらないよ。ここは本当に安全な部屋だから、夜もぐっすり眠れるはず」と、いたわるような声をかけてくれた。


 「うん……ありがとう……。ふたりも、無理しないで……」

 口下手な3歳児の言葉しか出てこないけれど、伝わっているのだろう。二人は微笑み合い、私たち三人がこれからこの部屋でどんな日々を過ごすのかを、ほんの少し想像しているかのように見えた。狙われた恐怖と、命拾いした安堵。そして、この異世界で女の子として育つ私が抱える戸惑い――すべてが絡み合いながら、どうにか前に進むしかないのだ。


 こうして新しいお部屋での生活が始まった。天蓋付きのベッドはまるで夢のように豪華で、魔道具がそこかしこに配置されたこの空間は、一種の“宮殿”のようでもある。そして一見、豪華で温かい部屋だけれど、その裏には厳戒態勢という現実がある。犯人は捕まっておらず、黒幕の存在も消えたわけではない。誰かが私を狙っているという重圧は、3歳の私から安らぎを完全には奪い去れないが、それでもエミーとローザが隣で守ってくれる安心感は大きい。


 当面の目標は、体をしっかり治すこと。そして言葉や文字、そして魔法マギアの知識を少しずつ得ること。いつか自分で真実を掴むため、また領主としての責務を果たすためにも――私はこのゴージャスで不思議な部屋で、孤独ではないリハビリを始めるのだ。


 まだ幼児だからという理由で護られ続けても、仕方ないと分かっている。とはいえ、この3歳の身体と心には、甘えや戸惑いも尽きないし、前世の理屈では割り切れない感情がしょっちゅう湧き上がる。ただ、それも含めて“私”なのだろう。少しずつ、この身体とこの世界のルールを受け入れながら、焦らず一歩ずつやっていくしかない。そう思いつつ、私は大きなソファから周囲を眺めては、そのまま少し昼寝をしたくなるような心地よさを噛みしめる。


 「リア、さっそく横になってみる? ベッド、すごく気持ちいいよ?」

 エミーが優しく声をかける。私は頷いて、再びゆっくり立ち上がると、彼女たちの力を借りて天蓋付きのベッドへ近づく。どんな感触なのか……少しドキドキしながら柔らかなマットレスに腰を下ろすと、まるで雲の上にいるような感覚だ。レースのカーテン越しに見る天井は、今日からの“私の城”を象徴しているように見えて、視線が自然と上がってしまう。


 「いろいろ大変だったけど、ここなら安心して休めそうだね。少しでもいい夢を見られますように」

 ローザがそっと掛け布を整えてくれる。エミーも微笑んで、「休むのも治療のうちだから」と言いながらクッションを脚の下に差し入れてくれる。脚を高めに保つことで痛みがやわらぐらしい。私が3歳児らしく「うん……やってみる……」と言うと、二人はやわらかい笑みを浮かべた。


 空気が少しだけひんやり感じるのは、魔道具による空調の調整だろう。前の部屋より広くて天井も高いのに、温度や湿度がちょうどいい。私は落ち着いた呼吸をしてみると、エミーとローザが「うん、ゆっくり息を吸って、痛いなら言ってね」と優しく声をかけてくれる。こんなに守られているのに、私が外の世界で受けた脅威はなくならない。だけど、いまは少し眠りたい。部屋を移るだけでも結構疲れたし、脚の傷はまだジンジン痛む。早くよくなって、せめて歩きくらい自由にできるようにしたい――そして、次はただの被害者で終わらないよう、自分から行動できる力をつけなくては。

 (いまは、焦らない。焦らず、この部屋でちゃんと治して……)


 そっと瞼を閉じると、隣でエミーとローザが見守ってくれている気配が伝わってくる。幼児の心はもう眠気に侵されかけていて、前世の男だった理性はどこか遠くに霞んでいく。可愛いレースやフリルに少し戸惑いを感じながらも、その柔らかさが心地いい……私はこの感覚に抗えず、早くもうつらうつらとしてしまう。


 エミーは耳元で小さく囁いた。「リア、また後でご飯持ってくるからね。苦しくなったら呼んでいいのよ……」

 その声を聞いて、私は短く「うん……ありがと……」と返す。ローザも「おやすみ……」と添えてくれた。豪華で不思議な部屋という新環境への興奮と、3歳児の眠気とがせめぎ合う中、私は結局、守られるままにまどろみの世界へ落ちていく。


 こうして、新しいお部屋での生活が本格的にスタートする。天蓋の揺れるレース越しに、昼下がりの柔らかな光が差し込むのを感じながら、私は“また守られてしまっている自分”にちょっとした葛藤を覚えつつも、重く鈍い痛みを伴う左脚を休める。少しずつ強くなるしかない――領主としても、人間としても、この弱々しい体で生きる私としても……。


 いつか、黒幕の存在を突き止められる日が来ることを信じて、いまはただ眠る。新天地での生活、魔法の道具に囲まれた贅沢なワンルーム的空間、そのすべてが私にとって初体験だが、まずは何より治療と休養が先決だ。どんなに悩んだところで、この現実は変えられない。あの赤い矢から逃げ延びて、私は生きている。その事実だけでも、心からありがたいと思わなくては――意識が遠のいていくなか、そんなことをぼんやり考えながら、私の新しい部屋での物語が始まろうとしていた。


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