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『私だって守りたい!』 幼児領主、天蓋ベッドから飛躍を誓う①

 目を覚ますと、部屋の窓から柔らかな光が差し込んでいた。私――リアンナは、まだ左脚に包帯を巻いたまま、ゆるい枕に体を預けている。バルコニーでのあの出来事から、どれくらい経ったのだろう。激痛と恐怖、そして血にまみれた記憶が、まだ生々しく胸を締めつける。けれども、幸いなことに私はこうして生きているし、治療の甲斐あって、少しずつだが傷は癒えつつあるようだ。医者とローブ姿の女性――マギアを扱う治療師の尽力で、どうにか命を落とさずに済んだのだ。


 「リア、起きたね?」

 声をかけてきたのはローザ。昨日の夜もずっと私のそばにいて、睡眠を邪魔しないよう気を遣いながら、何度も私の様子を見てくれていた。私はまだ眠気の残る頭を動かし、声にならない声で「うん……」と返す。脚はじんわりと痛むが、体を起こすくらいはできるようになっている。


 「あんまり無理しちゃだめだよ。左脚の傷、確かに癒えつつあるけど、マギアの効果が切れたら痛みも戻るし……」

 ローザはそう言いながら、手際よく枕の角度を直してくれる。聞けば、今の私には定期的な魔法治療が欠かせないらしい。あのローブの女性が、決まった時間に来て緑色の光を照射してくれるのだ。ぐずって泣くこともあるが、やはり痛みが和らぐというのは大きい。元気にはなりたいけれど、またあんな流血沙汰は絶対ごめんだ……。胸の奥でそうつぶやきつつ、私はローザからお粥のような朝食を受け取る。


 「今日はちょっと味を調えてみたんだって。エミーが『リアが飽きるかもしれない』って言ってたから、甘さを抑えたスープを混ぜたんだよ」

 エミーの名前が出た瞬間、胸がきゅっとなる。そうだ、エミーは背中に傷を負っていたはず……。あのとき、私を守るように覆いかぶさってくれたおかげで、彼女自身も矢にかすったと聞いた。私のせいで彼女を痛めてしまったのではないかという罪悪感と、同時に「彼女がいてくれたから命をつなげた」という感謝がないまぜになって、混乱した気持ちが込み上げてくる。


 「エミーは……今、どう……?」

 私が恐るおそる尋ねると、ローザは少し表情を緩めて答えた。

 「大丈夫。傷が浅かったみたいで、もうほとんど動けるようになってる。痛み止めと消毒を受けながらだけど、無理しなければ平気だって。ほんとは、すぐここに来たかったらしいんだけど……ボリスさんやベアトリーチェが安静を命じて止めてたの」

 ほっとしたと同時に、なぜか視界が滲む。嬉しさと申し訳なさ、いろんな感情がまた入り混じって、私は小さな声で「そう……よかった……」とつぶやいた。身体の中では3歳児の感性が素直に安心して泣きそうになるのに、頭のどこかでは「前世だったら、こんなにあっけなく涙をこぼさないのに……」というもどかしさがある。男女の違和感、というのだろうか。前は男だったはずなのに、いまはこうして“幼い女の子”として生きている自分が時々信じられない。痛みを経験してこその弱さもあるが、どこか体そのものが甘えや涙を許容してしまうように感じるのだ。だけど、いまはもう深く考えない。大切な人たちが無事なら、それでいいじゃないか、と自分に言い聞かせる。


 「そろそろ、エミーも来られると思うけど……実は、彼女、ちょっと自責の念が強くてね」

 「え……」

 「『あの時、もっと上手に守れたら、リアはこんなケガをしなくて済んだはず……』って何度も言ってたよ。私やベアトリーチェ、そして医者の先生たちが口をそろえて『誰のせいでもない』と言ってるんだけど……」

 ローザは少し困ったように眉を下げる。その光景を見て、私の胸はキリキリと痛んだ。自分でも「エミーのせいじゃない」「むしろエミーがいなかったら私は死んでいた」と心の底から思っているのに、当のエミーが一番それを受け入れられないということなのだ。


 「私も、ちゃんと伝えたい……。エミーはよく守ってくれた……て……」

 そう言おうとすると、部屋の扉が遠慮がちにノックされ、エミー自身の声が聞こえる。「リア、起きてる? 入ってもいい……?」ローザが「もちろん」と返事をすると、扉がそっと開いた。


 入ってきたエミーの顔には、どこか不安げな影が落ちている。背中に巻かれた包帯がちらりと見え、やはりケガをしたのだと実感させられる。私は思わず胸がつまりそうになるが、エミーは私の姿を見るなり、涙目になりながらも精一杯笑顔を作ってくれた。


 「よかった……リアが元気そうで。ごめんね、来るのが遅くなって……。背中が痛くて寝込んじゃってさ、情けない……」

 声が震えているのは、痛みのせいなのか、それとも自責の念からなのか分からない。私は必死に上体を起こし、左脚に響かないようにゆっくり姿勢を整えると、エミーを真正面から見つめた。


 「エミー……よく守って、くれたんだって……。ありがとう……。あの矢が、ほんとは私の胸に来てたの……でも、抱き上げてくれたから、脚にずれたん……でしょ?」

 前後の事情はローザや他の侍女たちから聞いた。どうやらあの暗殺者は私の“心臓”を狙っていた形跡があるそうだ。矢の軌道はまっすぐ胸を目指していたはずが、エミーが私を高く抱き上げた直後だったので、それが左脚にずれたらしい。……私が「もっと高くして」と言わなければ、命が無かったかもしれない。もちろん、そのあとエミーが抱きかかえてくれたおかげで、命を失わずに済んだわけで、これはエミーのとっさの判断あってのことだ。


 「私……死ななかった。生きてる。足は痛いけど……でも、それはエミーが守ってくれたから……」

 普段よりたどたどしく言葉を紡いでしまうのは、感情が湧きすぎているからだ。エミーは少し震えながら、「そんな、私……」と視線を落とす。


 「エミーのせいじゃ、ないよ。むしろ……ありがとう……」

 言いながら、私は幼い手を伸ばし、エミーの手を握る。3歳の小さな手が、彼女の細い指に絡む瞬間、エミーがはっと息を呑むのが分かった。次の瞬間、エミーの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


 「ごめん……ごめんね、リア……守るって約束したのに……傷ついちゃって……本当に……」

 エミーが声をあげると、ローザがそっと背中をさすり、私もぎゅっと握り返した。泣いているのはエミーのほうなのに、私もいつの間にか涙が止まらなくなっている。背中がかすった傷だって痛むだろうに、こうやって会いに来てくれた。苦しんでいるのを見ていると、申し訳なくてたまらない。それでも、苦しさと同じくらいの温かさが胸に広がっているのを感じる――こうして私を想ってくれる存在がいるのだと実感すると、いろいろな感情が混ざり合って、涙以外に表しようがない。


 しばらく、そんな時間が続いた。部屋の中には私、エミー、ローザの鼻をすすり上げる音だけが響く。その姿は傍から見れば微笑ましくもあるだろうが、私たちにとっては心の底からの安堵と、感謝と、申し訳なさの融合だ。そして、ようやく落ち着きを取り戻すと、エミーは小声で「ありがとう、リア……本当にありがとう」と言い、ローザは笑顔を作って「でしょ? エミーは何も悪くないんだよ」と頷いた。


 やがて、廊下から硬い足音が近づく。ボリスの声が聞こえて「リアンナ様、お話よろしいでしょうか」と告げると、扉が開いてそこに立っていたのはボリスとベアトリーチェだ。私が意識を取り戻したあと、何度か容態の確認に来ていたが、今日は少し違う表情だ。二人とも、険しい顔つきと柔らかな雰囲気を同時に携えているという感じだろうか。私はそれを見て、胸の鼓動がはやまる。何か、重大な話があるのだろうと。


 「リアンナ様、治療の進捗はいかがでしょうか。大事を取らねばなりませんが……お元気そうで何よりです」

 ベアトリーチェが穏やかに声をかけてくれる。ボリスも「脚の痛みは軽減されておりますか?」と続く。私はコクンと頷いた。二人は安心したように一息つき、それからボリスが書類のようなものを抱えて口を開く。


 「実は今回の……暗殺未遂とみられる事件について、いろいろと調べております。そもそも敷地内への出入りは厳重なのですが、どうやら拡張工事の業者に紛れて入っていた者がいたようです。時期や業者リストを確認したところ、偽名や偽造書類が使われていた疑いも……」

 3歳には少し難しい用語が飛び交うが、私はできるだけ耳を傾ける。誰かが工事に紛れて入り込み、魔道具を使って私を狙った。今のところ、具体的な犯人までは特定できていないが、書類をいくつも偽造したり、準備ができるのであれば、単独犯では無い。どこかに黒幕がいる、つまりは、どう考えても“誰かの差し金”があることは間違いない――というのが二人の見解らしい。ベアトリーチェはゆっくりした口調で、


 「わたくしどもも、まだ確証は得られておりません。しかし、相当手慣れた暗殺行為と見受けられます。……リアンナ様、あなたは今3歳だから、あまり重い話をするべきか迷いました。でも、あなたはこの領地を継ぐ立場。隠してばかりもいられないと思いまして……」

 私はじっとベアトリーチェの瞳を見つめる。その奥には確かな信頼が宿っていて、私が幼子であるにもかかわらず報告してくれるのは“領主”という自覚を促すためだと感じる。3歳といっても立場は領主。厳しい現実が胃に重くのしかかるような気がしたが、ここで逃げてはいけないとも思う。


 「犯人……わからない、の……?」

 言葉を絞り出すと、ボリスがやや唇を噛んで苦渋の表情を浮かべた。

 「はい。まだ調査中です。工事業者自体は複数の商会や職人グループが合同で動いており、その中に一人でも“暗殺者”が紛れ込めば、把握しきれないのも確か。すでに姿を消した者もいます。魔道具を扱う者はとくに気をつけていましたが……やられてしまいましたね」

 どうやら完璧な防備は困難だったようだ。改装工事を大々的にやっている以上、多くの人材が必要であり、その中に混入するのは容易だったのかもしれない……。3歳の私にも何となく想像できる。とはいえ、一介の職人があんな“矢”を使えるのか? 矢といっても呪われた魔道具みたいなものであり、相当な資金や技術が必要となるはず。


 「つまり……だれか黒幕が、いる……?」

 「可能性はあります」とベアトリーチェは頷く。「ただ、もし黒幕がいるとしたら、有力貴族か、領主など、高位の人物である可能性が高いです。ですから、今は名指しで断定できる段階ではありません。できるだけ、調査はしますが……。」


 私の心は複雑に揺れ動く。自分が標的にされたのに、何もできないまま寝ているしかない。ローザは「あなたは生きてさえいればいいの」と言ってくれるが、この不透明感が気持ち悪い。というよりも、いつまた刺客が襲ってくるか分からない状況なのだ。


 「そこで、リアンナ様には……安全のため、新しいお部屋に移っていただきたいのです」

 ボリスが少し声のトーンを落として言う。ベアトリーチェもうなずき、「はい。今の病室は場所的に人の出入りが多く、万が一再び狙われたとき危ない。3歳だから無理はさせたくないけれど……落ち着いた部屋に移して、看護や護衛をしやすくしようというわけです」と補足する。「それに、3歳でいらっしゃるので、ちゃんとしたお部屋がいいかと。」


 「うん……わかった……」

 私としても反対の余地はない。部屋を移るということは、さらに厳重な監視下に置かれるのだろう。でも、この状態でまた“矢”を放たれたらたまったものではない。前世の身体とは違う弱々しさを噛みしめながら、私は「くやしいけど、守られるしかない」と自覚する。


 「ご負担をおかけしますが、どうかご容赦を。新しいお部屋は、少し奥まった位置にあり、通路も限られているので安全性が高い。警備もしやすいですよ」

 ベアトリーチェがそう言って微笑む。私も微力ながら返事をし、3歳の小さな胸で「仕方ない、みんなが心配するなら」と折り合いをつけた。


 話し合いが終わると、エミーとローザが私を支え、ゆっくりと病室を出る準備を始める。私の左脚にはまだ包帯が巻かれ、痛みもあるが、両腕を侍女たちに預ければ何とか立って移動できそうだ。医者いわく、まだしばらくはベッド中心の生活が望ましいらしいけど、ほんの少し歩く程度なら構わないと許可をもらっている。おそらく歩行訓練も兼ねてという狙いがあるのだろう。自分では重心がぐらつき、ふらふらしそうだが、二人がいると心強い。


 「こっちの廊下をまっすぐ進んで、階段は使わなくていい場所にしたんだって。エミーと私で支えるから、無理しないでね」

 ローザが優しく声をかける。エミーも、まだ背中に痛みがあるはずだが、「私だって動けるわよ」と小さく微笑んだ。お互いにいたわり合う様子がじんわり胸に沁みる。こんな私でも、彼女たちは惜しみなく力を貸してくれるのだ。足を少し引きずるようにしながら、ゆっくり廊下へと出る。ボリスやベアトリーチェは少し離れて伴走し、外部の兵士や侍女も警戒態勢を敷いている気配がある。


 廊下にはほんの少し、日差しが差し込んでいた。まだ昼前らしく、窓から見える中庭は穏やかな風に揺れている。ここからバルコニーは見えないが、あそこでは一体誰が、どんな顔をして私を狙っていたのだろう。そう考えると、またぞくりと恐怖がこみ上げる。それを振り払うように、私はローザとエミーの腕をしっかり握る。


 数分ほど歩いた後、屋敷の奥へと通じる扉の前に立つ。これから私が移る部屋は、警備しやすい構造になっていて、隣には侍女や護衛が常駐するためのスペースもあるらしい。前世の記憶では想像しにくい“貴族の生活”が、3歳の身体を引き連れてどんどん現実を変えていくのを感じる。「なんだか大げさだな」と思わなくもないが……暗殺されかけた後ではそうも言っていられない。


 「ここが……あたらしい……おへや?」

 扉の前で私は問う。エミーとローザが頷き、ボリスが「はい。さ、どうぞ」と扉のノブに手をかける。私は胸が高鳴るのを抑えきれない。どんな部屋なのだろう、またどんな生活が待っているのか。そして、もうこんな悲劇は繰り返さないようにしなければ……。


 その思いを抱えたまま、ボリスが扉をゆっくり開こうとする。その瞬間、不思議な緊張感が私の背筋を走った。3歳にしては過剰な警戒だと自分でも思うが、もう以前みたいに無防備にバルコニーで「もっと高くして」なんて言えなくなったのかもしれない。ともあれ、いまは安全な部屋で休み、回復を待つしかない。エミーとローザのサポートを借りながら、私は新たな生活空間へと足を踏み入れようとする――その一歩を踏み出す瞬間、わずかな痛みが脚に走るが、私の決意を止めるには至らない。


 次の瞬間、扉がほんの少し開き、差し込んだ光に私の瞳が奪われる。ふわりと舞った空気の匂いが、新しい環境を予感させた。エミーとローザがそっと支えてくれ、ボリスとベアトリーチェが背後で見守っている。そこに広がる光景を目にするのは、私にとって一つの転機だ。治療はまだ続くし、痛みも残っているが、必ず治ってみせる。そして――その先にいる黒幕に対抗するためにも、少しずつ“領主”としての意識を育てなければ……。


 不安と期待が交錯するまま、私は足を引きずりながら、新たな部屋への入り口に進む。


【作者からのお礼】

想像以上に沢山の方に読んでいただけて、本当にうれしいです。

ありがとうございます!

【作者からのお願い】

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