冷たい灰がもたらす動乱の風⑧
セレイナも神妙な面持ちでうなずき、「クロイゼルの森に流れてくる人々の中には『アルヴィルから逃げてきた』っていう人もいるの。彼らは半ば難民状態で、十分な食糧を持たないし、どこへ行けばいいのかもわからない。だから森を抜けた先の領地で仕事を探そうとするのだけど、受け入れてくれる先がなくて困ってる。私としては見捨てたくないけど、クロイゼル領の住民も余裕があるわけじゃないからね……。」
三人とも、言葉を失うほどの事態を目の当たりにしている。私は声を整えて、「……じゃあまず、王国政府が動いてくれない状況で、私たちにできることは何かしら? 私は、フェアレント領やクロイゼル領と手を組んで、ある程度の“支援体制”を作れないかと考えてる。食糧を分配するにしても、我が領だけじゃ限界があるし、リチェルドたちのところも簡単じゃないと思う。でも、協力して物資を集めたり、救援ルートを確保したりできれば、少しは混乱を鎮められるんじゃないかな……。」と提案してみた。自分でも甘い考えかもしれないと思いつつ、放置するわけにはいかないからだ。
するとリチェルドが手を組み直して深く息を吐く。「そうだね。僕だって食糧面は厳しいけれど、まだ完全に枯渇したわけじゃない。隣領同士で協定を結んで、不足している物資を相互に融通する仕組みが作れたら、いざというとき乗り切れるかもしれない。ただし、輸送ルートや費用はどうする? 安全面はどう守る? 暴徒が襲撃してくる可能性だってあるんだ。」
セレイナも「私の領地では、薪や炭、薬草を多く採集できるから、交換条件として食糧が得られれば多少プラスになる部分もある。でも、それを北方へ持っていくのは危険すぎるし……まさかの海路? マルディネールの船で内陸に物資を運ぶってわけにもいかないでしょう。荷下ろししてから先の陸路が危険だもの。それに、どこまでが“隣領同士の善意の支援”として認められるかも不安ね。アルヴィル伯爵家に『勝手に領内の管理に干渉するな』と言われたらどうするの?」
次々と現実的な障壁が突きつけられる。私も想定内とはいえ、ため息がこぼれそうになる。北方への輸送ルートを確保しようにも、そもそも混乱地域を通らなければならないし、そこが暴徒化しているなら荷を奪われるリスクが高い。かといって軍隊を派遣すれば、戦争の火種になる可能性もある。よほど強力な権威か、圧倒的な軍事力でもない限り、こうした内乱状態に単独介入するのは難しい。
しばし沈黙が落ち、三人はそれぞれの思いを飲み込むように俯いた。やがてリチェルドが意を決して口を開く。「……正直に言えば、うちもそんなに余裕があるわけじゃない。寒冷化が長引くなら、フェアレント領だって影響を受けるのは時間の問題だ。だからといって、見殺しにしていいわけじゃないしね。こうなると、やはり王国政府に動いてもらうしかないんじゃないかな。中央から命令が出れば、僕たちも堂々と支援や介入ができるかもしれないし……。」
しかし、セレイナはその意見に首を振る。「王国政府が即時対応してくれると思う? ここ最近の王都は貴族同士の駆け引きが盛んだし、財政難だって話をよく耳にするわ。確かに命令が出ればやりやすくなるけど、その命令が下りるまでにどれだけ時間がかかるのか……下りない可能性だってあるじゃない。」
リチェルドは黙り込み、私もうなずくしかない。王国政府へ私も書簡を送っているが、返事が来る気配はまだない。よほど余力がないのだろう。なんとも歯がゆい状態だ。そこで、私は小さく息を吐き出し、思いきって切り出す。
「――ならば、私たちが“連合”のような形を作って、王国政府に強く訴えかけるのはどうかしら? アルヴィル領だけでなく、北方のほかの領地も巻き込めるなら、地方からの声として王都に届く可能性が高まる。政府としても無視できない規模になれば、何らかの対応をとらざるを得ないでしょうし……。」
リチェルドとセレイナは目を丸くするが、真剣な表情で聞いてくれる。私は続ける。「もちろん、連合というほど大げさなものにできるかはわからない。でも、うちのマルディネール、フェアレント、クロイゼルといった領地の若い世代が声を合わせれば、多少は注目を集められるはず。さらに隣領にも協力を呼びかけて、王都で“地方が困窮している”と大々的に訴える。それで政府が重い腰を上げてくれるなら……何らかの救援策が打ち出されるかもしれない。」
私は自分で言いながら、どこまで実現可能か疑問を抱えていた。それでも何もしないよりはマシだ。するとリチェルドが少し眉を寄せ、「うーん、やるなら早急に動かなきゃ。火山灰が降り続いている現状、半年も一年も先延ばしにできる余裕はない。……わかったよ、協力する。父が何と言おうと、僕はこのまま放置できない。」と力強い声を返す。セレイナも口元に手を当て、「ま、悪くない考えね。クロイゼル領も、森の資源ばかり当てにしていられないし。後押しするわ。王都へ行くなら、私も同行するかもね。」と応じてくれた。
こうして、お互いが可能な範囲で“広域連携”の道を探ることが合意された。会談はさらに具体的な話へと移り、各領地にどんな資源や物産があるか、物資を交換するルートを確保できるか、難民が流れてきた場合の対策をどうするか――議題は尽きない。もとは和やかな友好関係にある三家だったが、今回は深刻なテーマだけに空気が張り詰めていた。それでも、リチェルドとセレイナが真摯に意見を交わす姿を見て、私は少しだけ心が救われる思いがした。少なくとも、私たちは一人ではないのだ。
会談がひと区切りついたところで、小休憩を取ることにした。侍女たちが軽い菓子とお茶を運んでくる。エミーとローザが活躍してくれ、リチェルドとセレイナもようやく表情を緩めて一服する。暖炉の火が部屋をほのかに照らし、外の灰色の空とは対照的な穏やかさがここにはあった。私は会話を再開する前に、静かな口調で問いかけた。
「ところで、二人は火山灰による寒冷化がどこまで広がると思ってる? 私の推測では、まだしばらく続くような気がしてならないの。イースタシア帝国の火山が止まらない限り、大気の状態は早々に元に戻らないかもしれない……。」
リチェルドは難しい顔をして首を振る。「専門的なことはわからないけど、うちの領地の年長者が『こんなに曇りが多い秋は初めてだ』と言ってたよ。つまり、ここ数十年で例を見ない事態かもしれない。まさか数年単位で作物が不作になるなんてことが続けば、僕たちだけじゃとても対処しきれない。」
セレイナも真剣な表情だ。「そうなれば、王国ばかりか周辺の国々だって巻き込まれるでしょうね。イースタシア帝国が内部で混乱すれば、大陸規模で食糧難や戦乱が起こっても不思議じゃないわ。――私たち一領地にできることなんて、ほんの小さな波紋を作るくらいかもしれない。」
その言葉を聞いたとき、私は改めて感じる。私たちはまだ若いし、封建制の中では決定権の小さい領主同士にすぎない。世界の広さを考えれば、イースタシア帝国の災害にすら翻弄される小さな駒なのだ。だけど、私は小さく首を振る。「それでも、何かしなきゃ。小さな波紋でも、集まれば大きなうねりになるかもしれない。私たちは少しでも民を守りたいし、この“冷たい灰”が大陸全体を覆いつくす前に、やれることをやらなきゃ……。」
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