表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

141/156

冷たい灰がもたらす動乱の風④

 「それに、うちの領地とて無尽蔵に食糧があるわけじゃない。漁業だけで余所まで支えるのは厳しいし、これが長期化したら……。」

 その言葉に、ボリスさんは神妙な面持ちでうなずく。「ええ、火山灰の影響が一年や二年で収まるとは限りません。もし冷害が長引けば、いずれこの領地も打撃を受けるでしょう。だからこそ、周囲の領地と協力していく必要があるわけですが……難しいですね。」


 やはり情報を得るだけでは解決策は見えてこない。とはいえ、何もしなければいずれ崩壊したアルヴィル領の難民や暴徒が流れ込み、マルディネール領の平穏は脅かされるだろう。それならまだ、こちらから何らかのアクションを起こすほうがマシなのではないか――そんな思考が頭をよぎる。ただ、それがどんなアクションなのか、具体的にはわからない。下手に穀物を送ろうとしても、安全に届けられなければ意味がないし、領主サイドとの政治的な衝突が起きるかもしれない。


 日は暮れ、夜風が館の壁を揺らすころになっても、私は部屋にこもって地図を広げ、あれこれと思案を巡らせていた。アルヴィル領までのルートは遠く、山岳地帯を越える必要がある。関所もいくつか存在し、簡単に大規模な部隊を送れるような場所ではない。そもそも部隊を派遣すれば“軍事介入”とみなされかねない。支援隊だと言い張っても、現地の反応がどうなるか……。


 やがて深夜、私はテーブルに突っ伏すようにして眠り込んでしまった。半ば意識が薄れる中で、ぼんやりとした夢を見ていた――薄暗い空から降り注ぐ灰、荒れ果てた畑、やせ衰えた人々が何かを求めて這いずり回る光景。そこに火の手が上がり、混乱の叫び声が響く。私は夢の中で必死に呼びかけるが、誰も声を聞いてくれない。まるで灰が全てを覆い尽くし、世界から温もりを奪うかのようだった……。


 翌朝、目を覚ますと首と背中に鈍い痛みがあり、私はこめかみを押さえながらゆっくり立ち上がる。どうやら夜通し考え込んで疲労が溜まっていたようだ。服は少し皺になり、執務机の上には散乱した地図やメモが残っている。そこへ、エミーが心配そうな顔で入ってきた。「リアンナ様、ゆうべはお部屋に戻らず、心配しておりました。もう、あまり無理をなさらないでください。少しでも仮眠を取ったほうがいいですよ。」


 エミーに言われるまでもなく、私自身も体が重い。けれど今日は、いよいよ具体的に隣領への連絡や、王都への書簡を送る準備をしなくてはならない。朝食を取る暇も惜しい思いで書類をまとめ、いくつかの案を練る。たとえば「船を使って間接的に食糧を支援する」「南の豊かな領地と協定を組んで、アルヴィル領への援助物資を共同で送る」「領内の商人に協力してもらい、安全なルートで売買を行う」など、頭の中で様々なシナリオが浮かぶが、どれもハードルが高い。混乱が進む地域へ荷を運ぶには護衛が要るし、護衛と称して武装集団が入れば揉め事が起きるかもしれない。マロヴァ王国中央が動かなければ、周辺領地だけで勝手に支援を行うのも難しい。


 その日、ボリスさんと何度も打ち合わせをしながら、最終的に「まずは同盟関係にある隣領、フェアレント家やクロイゼル家と情報共有し、共同で動く道を探る」「王国政府にも現状を報告し、何らかの指示を仰ぐ」という2本立てで動く方針を決めた。即効性はないが、私たち一領地だけで勝手に突っ走っても危険だろう。そうなると鍵を握るのは、友人でもあるフェアレント家の次男リチェルドや、クロイゼル家のセレイナといった若手の貴族たちだ。彼らなら、きっと真剣に向き合ってくれるかもしれない。と同時に、彼らの領地もこの寒冷化の影響を被っているはずだし、簡単に協力を求められる状況でもないかもしれないが……。


 午後になると、館の前庭には使者や商人が何人も集まり、私たちが書き上げた書簡や指示を受け取って散っていく。慌ただしい空気に包まれながら、私は侍女のローザに「ごめんね、今週は屋敷の行事を少し延期にして。大事な手紙をあちこちに送らなきゃいけなくて、領民との集会に出る余裕がないの」と言いに行く。ローザは「はい、わかりました。皆さんが不安がらないように、しっかりフォローしておきますね!」と力強く答えてくれた。そんな頼もしさがありがたい反面、私の心からは一向にモヤが晴れない。


 夕方、雲間からほんの少しだけ夕日が覗いた。それを見届けるようにして私が窓辺に立っていると、ボリスさんが再び現れた。どうやら追加の情報が入り、北方で騒ぎが拡大しつつあるという知らせらしい。領都周辺だけでなく、いくつかの村や町も暴徒化した住民が支配しているとかで、境界があやふやになっているという話まである。これでは、従来の交通ルートや交易も阻まれ、ますます危険が高まる。周辺領地のうち、アルヴィル伯爵領と近しい関係にあった者たちは狼狽しているようだ。


 「……くっ、もうここまで来たか。」

 私は窓の外を睨むように見つめる。日没が迫り、空は深い灰色に染まっている。ほんのひと月前までは、こんなに心を乱されることもなかったのに、火山灰による寒冷化と、アルヴィル領の政情不安が、私たちの世界をゆっくりと浸食している感覚だ。頼みの綱である王国政府は動かず、周辺貴族の動きも鈍い。下手をすれば、私たち自身が大きな動乱に巻き込まれる可能性は高い。そういうとき、私が当主としてどう動くべきなのか……。


 「リアンナ様、いつもながらお言葉ですが、あまり自責の念を抱えすぎないでください。これはあくまで、隣領の問題が発端で、王国全体にも及ぶかもしれないという話です。お嬢様が何とかしようと必死になるお気持ちはわかりますが、できることには限界があります。どうかご自分を責めないように。」

 ボリスさんの穏やかな声が胸に沁みる。だけど、私は小さく首を振り、「わかってる。私がやらなくていいなら、それでいいのよ……。でも、実際に難民や物資不足の波が押し寄せてきたら、領民が苦しむのを黙って見ていられないもの。少しでも備える方法を探るしかない」と答える。前世の“成人男性”としての記憶や知識が中途半端に残っているせいか、こういった社会危機に対して放置する選択肢は考えられない。外野から見れば無謀かもしれないが、領主として行動を起こすのは義務だと思えてならない。


 その夜、私は地図と文献とにらめっこしながら、改めて決意を固める。少なくとも、アルヴィル領周辺の様子を詳しく知るために独自の調査を進める。もし本当に救援が必要なら、フェアレント家やクロイゼル家など、比較的余裕のある領地と手を組んで支援策を考える。一方で、王国政府にも繰り返し書簡を送って、介入を要請する。中途半端に放置して、のちのち大混乱に巻き込まれるのは絶対に避けたい。


【作者からのお願い】

もし、「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク登録をしていただけるとうれしいです。また「いいね」や感想もお待ちしています!

また、☆で評価していただければ大変うれしいです。

皆様の応援を励みにして頑張りますので、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ