鏡越しに見つめる、新しい私の足どり②
さらにマダムはバレエ的な足の運びを混ぜたステップを教え始めた。「まずはつま先を外側に向けて、かかとを合わせるように立つ。これを“ファーストポジション”と呼びます。そこから軽く膝を曲げ、体を沈ませたら、再び伸ばす……。この動作が優雅にできるようになれば、ドレスを着たときにも美しい所作を保てますよ」とのこと。私は何度かやってみるが、膝を曲げて伸ばすたびに太ももが露わになり、その動きを鏡で直視するのが苦痛なくらい。しかも短パンだからこそ股関節あたりが丸見えで、「私、こんな“女の子らしい脚”をしていたんだ」と改めて思い知らされて、胸がドキドキしてしまう。
「もう少しつま先を外側に……そう。お腹を引っ込めて胸を張る。視線は前を……そうです、その調子。脚のラインがきれいに出ていますよ」マダムは私を褒めつつも、妥協は許さないようで、「膝をもっとしなやかに使って」「腰の位置がずれています」と次々に矯正してくる。私も負けじと指示をこなそうとするが、慣れない立ち方にふらついてしまい、何度か「わわっ」とバランスを崩しかける。そのたびに短パンの裾がぴらっとはためいて、さらに恥ずかしさが襲ってくる。「こんな姿を他の家臣に見られたら……」と想像するだけで目が回りそうだ。
とはいえ、レッスンを重ねるうちに、脚が少し温まってきたのか、動きがスムーズになってくる瞬間があった。つま先立ちになってから戻るとき、重心がつかめるとふわりと体が軽く感じられる。私自身が持つ女性の体の柔軟性やバランスが活かされているようで、思わず「おお……」と声に出してしまうくらいの驚きがあった。マダムは「いいですよ、だんだんコツをつかんでいますね」と頷いてくれて、私もほんの少しだけ自信がわいてくる。そうだ、恥ずかしさは消えないけれど、このレッスンには確かに意味があるんだ。前世の男性の体では決して味わえなかった“柔らかいバネ”を今の私は持っている。うまく使えば、舞踏でもそれなりに上達できるのかもしれない。
そこへマダムはさらにストイックな提案をしてきた。「次は床にマットを敷いて、柔軟運動をしましょう。関節の可動域を広げておかなければ、優雅なターンは難しいですからね」とのこと。私は「え、床運動……?」と一瞬怯んだが、マダムの強い眼差しに気圧され、仕方なく従うことにした。侍女たちがレッスンルームの端に柔らかいマットを敷き、私はそこに座り込む。うん、座る段階ですでに短パンがさらに上にずり上がるようで、「い、いや……」と内心情けない声を上げそうになる。けれど、どうやらこれは“体のラインを確認するため”という名目らしく、マダムが「もう少し深く座って。背筋は伸ばして……はい、脚を開いてみて」と矢継ぎ早に指示する。
脚を広げると、短パンが本当にギリギリの位置まで上がってしまう。鏡の向こうには私の太ももの内側がかなり見えていて、顔から火が出そうなくらいの恥ずかしさを覚える。エミーやローザは「わぁ……私にはこんな柔軟無理ですよ」と感心しているが、私からすると「うわぁ、そこまで広げないで!」という心境だ。バレエや舞踊の世界では普通なのかもしれないけど、体を伸ばすたびに“女性らしいライン”が意識される現状がつらい。しかもマダム・ベネディッタは「このくらいで恥ずかしがってはいけません。あなたは若くて体が柔らかいのだから、むしろそれを誇るべきですよ」とにこやかに言うのだ。誇るどころか、私はもう赤面するばかりだ。
柔軟を一通り終えると、今度は“基礎体力づくり”と称してスクワットや軽いジャンプまでやらされる。これは舞踏のために必要な筋力を鍛える狙いがあるそうで、私はもう半分やけくそで動くしかない。短パン姿でスクワットなんて、足を曲げ伸ばしするときにお尻と太ももが露わになってしまい、さすがにこれは相当きつい。鏡越しにちらっと自分の動きを見ては「うわ……」と視線を逸らし、エミーたちの歓声が耳に刺さる。「リアンナ様、すごい! 全然ブレてませんよ!」「やはり若さですねえ。脚の筋肉がしなやかでうらやましいです!」などと褒められると、恥ずかしさと照れが同時に襲ってくる。前世で鍛えた体力の名残なのか、わりと体が動いてしまうのが悔しいくらいだ。
そんなこんなで基礎トレーニングをみっちりこなした後、ようやく一息つける。汗ばんだ肌をタオルで拭きながら、「ドレス姿で踊るより大変じゃないか?」という素朴な疑問が頭をよぎるが、マダムは私の表情を見透かしたかのように言う。「優雅に見せるには、それなりの筋力と体幹が必要なのです。今はまだ基礎の段階。けれど、これを怠ると、いざドレスを着たときにステップが崩れて見苦しいものになるでしょう?」――なるほど。私にはまだまだ想像もつかない世界だが、舞踏を“芸術”と捉えるなら、それくらいの覚悟が必要なのだろう。エミーが差し出してくれた水を飲みながら、私は小さくうなずいていた。
小休憩を終えて再びレッスンルームに戻ると、今度は“音楽に合わせての基本ステップ”を行うと言われた。マダムが小さな蓄音器のような装置を用意して、軽いワルツ調の曲を流してくれる。「曲に合わせて、さっきのステップと膝の使い方を意識しながら回ってみましょうか。まだドレスは着ません。短パン姿で動きやすい状態で、しっかり身体に覚えさせるのが目的です」とのこと。私は「まだこの姿で踊るんですか……」と内心思いつつも、声には出せずに曲が流れ始めるのを待つ。
スローテンポのワルツが空気を震わせると、心なしか背筋が伸びて自然と体が動き出しそうになる。前世でこの手の曲を聴く機会はあったが、踊る立場で聴くのはまったく違う感覚だ。マダムの「さあ、1・2・3、足を踏み出して」のかけ声に合わせて右足を出し、左足を引いて、軽くターンする。そのとき、短パンが脚にぴたりと張りつく感触があり、思わず「ひゃっ」と変な声が出そうになるのをこらえる。鏡を見ると、私の動きに合わせて髪や上着が揺れ、脚が何度も動きの軌跡を描く。そのラインは自分で見ても案外綺麗かもしれない……と思いつつ、でも恥ずかしい気持ちが拭えない。脚を大きく動かすたびに、太ももが鏡の前にさらされているのだから。
「次は半回転を入れて、上半身のラインを保ってください。顎を上げすぎず、でも視線は遠くへ。はい、もう一度!」マダムの叱咤激励が続く。私は汗ばんだ掌で何とかバランスを取ろうと必死だ。ここまで開放的な服装で踊ると、体の軸がどこにあるのかがはっきり感じられる。胸が揺れたり腰がぶれたりするとすぐにステップが乱れる。男性だった前世の感覚からすると、こういう揺れ方が妙にリアルで慣れずに戸惑う部分があるが、これが今の私の“身体”だ。少しずつその事実を受け止めていかなければならない。
エミーとローザは相変わらず「すごく上手! 短パンで動きやすいのか、キレがある感じがしますね!」などと盛り上がっている。私としては「こんな格好、早く脱ぎたい……」と心の中で悲鳴を上げつつも、一歩一歩を踏みしめるたびに体が軽くなるのを感じ始める。最初は嫌で仕方なかったが、慣れてくると「確かに動きやすいな……」と思える瞬間もあるから不思議だ。脚を大きく前に踏み出しても裾が引っかからないし、腰をひねってもドレスのように絡まることもない。まるでスポーツをしているかのように自由にステップを踏めるのだ。ふと鏡の自分を見たとき、私が華麗にターンしている気がして、少し胸が躍る。
しかし、そうやって調子づいたところで、マダムは容赦なく「さあ、音楽を少し速めに変えましょう。短いスカートやパンツを穿く理由はステップをキビキビとさせるためでもあるのです」と宣言し、曲をテンポの早いものに切り替えた。さっきまでスローなワルツだったのに、今度はよりリズミカルで短いビートが刻まれる。私は「え、そんな急に……」と動揺するが、マダムは「テンポに乗って軽く弾むようにステップを。脚を素早く踏み変えて」と矢継ぎ早に指示をくれる。仕方なくリズムに合わせて踊り始めると、最初は右往左往してしまったものの、だんだんテンポを掴めてきた。軽くジャンプするような動きを入れ、前後にステップを切り替える。短パンがやはり気になって仕方ないが、何とか動きを続けるうちに、呼吸が熱を帯びてきた。
私は汗が首筋を伝うのを感じながら鏡にちらりと目をやる。そこには頑張ってステップを踏んでいる私の姿――とはいえ、前世の男としての自分ではなく、可憐な少女が写っている。脚は細くしなやかで、動きに合わせて髪の毛がほんの少し揺れる。短パンはまぎれもなくスポーティーなスタイルで、体全体の女性らしさを際立たせているとも言えなくはない。この光景は、普通なら「若くて元気な女の子」として微笑ましく映るのかもしれない。だが私の中にはまだ混乱があって、心のどこかで「男としてなら別に脚を出すのも平気だったかもな……」と思ったり、「でも今はこの体なんだから仕方ない」と葛藤したり。そんな思考が渦を巻きながら、音楽に合わせて跳ね続けるしかない状況なのが妙におかしく、また苦しい。
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