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贈答品の輝きに潜む、ラグレンの企み②

 使用人たちが荷物を次々と運び、私はその一部をざっと検分して回る。豪華な織物、希少な陶器、確かに値が張りそうなワイン……ラグレン家もこんなにも大盤振る舞いをしてきたからには、それなりの狙いがあるはずだ。途中、エミーが「リアンナ様、こちらの織物は一部、まだ使えそうではない古いデザインのものも混じっているみたいですよ」と小声で報告してくれた。私が「え? どういうこと?」と首をひねると、彼女はそっと箱の奥を指す。そこには見慣れない紋章のようなマークが施された布が入っていた。まるで昔どこかの貴族が使った旗か装飾品を再利用したのでは、と言いたくなるような雰囲気だ。こういった物がいくつか紛れ込んでいるのを見ると、“豪華さ”を演出しつつも、何か別の意図が隠されているようで胸騒ぎがする。

 その後、私はボリスと簡単に打ち合わせをし、手紙の返事をどう書くかを相談し始めた。部屋に戻って机に向かい、エミーとローザも近くで控えてくれている。書簡の言い回しひとつとっても、相手にとっては「受け入れられた」と喜ばせたり、「失礼な対応をされた」と怒らせたりしかねない。ボリスが言うには、「相続問題にまったく触れないのは逆に不自然だが、触れすぎると相手は『もう終わったことを蒸し返すのか』と逆上しかねないから、バランスが難しい」とのこと。結局、「ありがたく頂戴するが、お心遣いの意図をうかがいたい。いずれ改めてお話をうかがう機会を設けられれば幸い」というような、曖昧な返事を準備する方向になりそうだった。

 しかし、その文案を書き終えようとしていたまさにそのときだ。廊下を小走りする足音が聞こえ、使用人の声がドアの向こうで響いた。「失礼します! 先ほどの馬車の御者が、もう一通手紙を置いていきました。『すぐに当主様にお渡しください』と伝言が……」私がドアを開けると、使用人は明らかに困惑気味の表情を浮かべながら封筒を掲げてみせる。私は「え……また手紙?」と思わずうめく。こんなに立て続けに文書を送ってくるなんて、しかも今度は「すぐに」などと。嫌な予感が背筋を駆け上がる。

 ボリスが冷静にその封筒を受け取り、ざっと見てから私に差し出す。「どうやら今回もラグレン領からですね。今度は先の手紙よりさらに短いようですが……」私は不安を抱えたまま手紙を開いた。すると、そこには一文だけ、衝撃的な書き出しが記されていた。

 『“従前の相続権問題は、もはや古い過去。だが、新たな協力体制を築くため、貴領の迅速な返答を期待する。”』

 わずかに震える声でその文章を読み上げると、部屋にいた全員がぎくりとした表情を浮かべる。既に“誤解”などとやんわり触れた手紙に加え、「相続問題は古い」と改めて押し付けがましく書かれたこのメッセージ。あまりにも一方的だし、返答を急かす文面にしか見えない。やはりこれは単なる“和解”ではなく、何かを仕掛けようとしているに違いない。気づけば手紙を握る私の指先が少し汗ばんでいた。

 ボリスは苦い顔で、「これは強引ですね……。もし返事を先延ばしにすれば、ラグレンが『クラリオン家は我々との協力を拒んでいる』と吹聴しかねません。かといって急いで返事を出せば、こちらが譲歩したと見なされる恐れもあります」と冷静に分析する。侍女たちも不安そうだ。相続権のゴタゴタを「古い過去」と断言しているのが何より気にかかる。そこをこっちから蒸し返せないよう、先手を打っているのかもしれない。ならばいよいよ、ラグレン領は何を狙って……。

 「どうしよう……」と、机に手をついたまま私は考え込む。もし私が若い当主として甘く見られているなら、ここで一気に攻めに転じる腹積もりなのかもしれない。でも、だからといって性急に対立するのも得策とは思えない。伯爵家としては、安全策を取りながら相手の出方を探るしかない。私が目を上げると、ボリスがすぐに言葉を付け加える。「すぐに返事を出す必要はありません。とりあえず、当家が頂いた贈り物の意図を確認するための段取りをさし示すだけにとどめましょう。本題の交渉はまだ時間を要すると書けばいい。……それでも急かしてくるなら、相手の策略が露わになりやすくなります。」

 なるほど、と私はうなずく。焦って動くより、相手が仕掛けてくるのを待ち、それに対応する形のほうが安全かもしれない。ラグレン領が狙うのは、もしかすると領土の一部か、あるいは外交上の優位性か。過去のように私たちクラリオン家の存在を脅かすつもりなら、必ず何かしらの“罠”を張ってくるはずだ。それに嵌らないように注意深く立ち回らなきゃ……。その一方で、私の心は落ち着かないままで、あの“贈り物の山”が恐ろしく見え始めている。

 「しばらく様子を見ながら対策を練りましょう。早まった返事は出さないで。ボリスさん、そういう感じでいいかな?」と私は少し声を落として言う。ボリスは「ええ、もちろん」と力強く返事をくれた。侍女たちも、私が迷っている様子を見て察したのか、互いに目を合わせて「わかりました」と穏やかな微笑みを寄せてくれる。大丈夫、私は一人じゃない。こんな厄介な事態でも、支えてくれるみんながいるんだ――そう思うと少しだけ肩の力が抜けて、ほんのわずかに安堵が広がる。

 廊下から見える倉庫の方向には、まだ複数の使用人が行き来していた。あの荷物たちをどう管理するかも大事だけれど、それ以上に問題なのは、ラグレン領の“沈黙された過去”の扱いだ。あちらは都合よく相続権トラブルを忘れようとしているが、それに乗せられてしまったら、また同じような裏工作をされかねない。私は胸に手を当て、深く息を吐く。ここしばらくは、ドレスの話やリチェルド・セレイナとの交流で、ほんのり楽しげな日々を過ごせていたのに、突如として不穏な影が落ちてきた感じがする。だけど、逃げるわけにはいかない。伯爵家の当主として、私はこの問題に正面から取り組むしかないのだ。自分でもまだ幼さを感じるし、どうしようもなく不安だけれど、みんなを守る立場に立っている以上、これくらいでくじけていられない。

 「エミー、ローザ、手紙を書き直すから手伝って」と声をかけると、二人は「かしこまりました」と椅子を近づけてきた。ボリスもまた机の端に腕を乗せて、私の書こうとする文章をじっと見つめる。懐かしいインクの匂いが漂い、外からは倉庫で荷を運ぶ人々のざわめきが微かに聞こえる。ガラス窓越しにはまだ霧が晴れきらない中庭がぼんやり見えているが、私の心の霧もそう簡単に晴れそうにはない。けれど、こうやって文字を一つひとつ綴ることが今の私にできる最善の一歩だ。そう信じて、ペンを握る手に力を込める。いつかはこの薄闇の向こうに、はっきりした答えが見えてくるだろう――ラグレン領とのこの奇妙な関係が、いったい何をもたらすのか。私はぎこちなく息を吸い込み、書き出そうとするペン先に視線を落とした。今日という日は、伯爵家のこれからを左右する大切な始まりになるかもしれない。ならば、恐れてばかりはいられない。私は心の中でそう繰り返し、自分を奮い立たせるように文字を綴り始めた。

 ――どこか遠くで、鳥のさえずりが聞こえた気がした。朝と呼ぶには遅く、昼と呼ぶにはまだ早い不思議な時間。霧に包まれた館の静けさと、私の心の中で燃える小さな決意の炎が、これからどう混じり合っていくのか。少なくとも、この曖昧なままの“贈り物”を受け取っただけで終わりにはならないだろう。小さく息を吐き、私はページの上にペンを走らせる。ラグレンから突きつけられた沈黙の過去を、ただ飲み込むわけにはいかない。そして、私にはこの伯爵家を守り抜く責任がある。そのことを改めて胸に刻みながら、手紙の最初の一文に優雅な曲線を描いていく。


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