大人びたドレスと、まだ子どもの鼓動①
朝の光が、まだ淡くカーテンを透かして部屋の中に差し込み始めたころ、私は寝台で軽く伸びをしながら目を開けた。昨日は、仮縫いの話で盛り上がった侍女たちのやる気にちょっと気圧されていたし、なんだかんだといろいろ考えすぎてしまったのか、寝つきが悪かった。
だけど、いつものようにエミーとローザが「おはようございます、リアンナ様。きょうは少し曇り空ですね」などと声をかけてくれて、それだけで少し心が落ち着く。いつもなら「こんな朝早くから、もうちょっと寝かせてよ」とごねたくなるところだが、きょうはそうもいかない。何しろ“あの”マルグリットさんが、仮縫いのドレスを早々に持ってくる日だと、昨晩のうちに二人から聞かされていたから。
「リアンナ様、準備しておいてくださいね。お昼前にはいらっしゃるそうですから」とローザが着替えを手渡しながらにこやかに言う。エミーも「とりあえず朝食は軽めがいいかもしれませんね。仮縫いの採寸で、またあちこち確認されるでしょうし」とうんうん頷いている。そんなふうに二人が張り切っているのを見ると、私のほうがむしろ落ち着かない気分になってくる。なにしろ、今回のドレスは“大人っぽい”がコンセプトだ。私からすれば、ただでさえまだ体に慣れていないのに、急にそんな本格派の装いなんて、ちゃんと着こなせるのか不安で仕方がない。
寝台から降りて鏡の前に立ちながら、私はそっと自分の体を確かめるように見つめた。正直、この十四歳という年齢、そしてこの家系のしきたりで、一応の話だけど、“大人扱い”されるのはまだ早いんじゃないかと思う。けれど、周囲が盛り上がる以上、私が大きく抗議する気力もあまりない。今さら「ごめん、やっぱり無理」なんて言えないし、それに伯爵家を背負っている以上、あまりわがままも言いにくい。それでも鏡の中に映る自分――少女の姿が、妙にしっくりこない瞬間があるたびに、頭がクラクラしてしまう。どうしてこうなったんだ、って思うけど、まあ考えても答えは出ない。エミーが入室してきて「リアンナ様、きょうのブラウスはこれにしましょうね」と言うので、私は黙って頷きつつ着替えを進めるしかなかった。
朝食を軽く済ませるころには、マルグリットさん到着の報せが入った。私は「え、早くない?」と思わず小声で言うが、ローザは嬉しそうに「仕事が早いのはいつものことですよ」と笑う。そこにエミーが続く。そうだ、彼女は、領内では一番の腕前だ。いや、王国で一番かもしれないのだ。
「はい、いつもアポイント通りの時間より少し早く来てくださるんですよ、彼女。しかも今回は伯爵家の大仕事らしいですからね。気合い入れてるみたいですよ。」私はその言葉を聞いてさらに緊張する。そりゃあ、当主のための正式なドレスだし、とても大事な案件だということになるだろう。彼女が高揚するのもわかるが、それがそのまま私の恥ずかしさに直結すると思うと気が重い。
ほどなくして応接室に顔を出してみると、マルグリットさんがにこやかに笑顔を浮かべ、「リアンナ様、おはようございます」と挨拶してきた。私も「お、おはようございます」と控えめに返す。彼女はもうスケッチブックらしきものや、仮縫いの布をまとめた大きな荷物を抱えていて、なんだか凄腕の職人という雰囲気が全身から漂っていた。そして、すぐさまエミーとローザに「ああ、いるいる。お二人も、きょうもお元気そうね。さっそく作業に取りかかってもよろしいかしら?」と声をかけ、二人は「もちろん!」と満面の笑み。すっかり意気投合していて、私はまたしても蚊帳の外感を覚えつつ、そっと椅子に腰掛ける。
そのままマルグリットさんがスケッチブックを広げて見せてくれた。最初に飛び込んできたのは、大きく広がったスカートのシルエット。裾の部分にふんわりしたレースや刺繍を多用してあり、上半身から腰にかけては身体の線を程よく強調するようなデザインらしい。色味は淡いクリーム色をベースに、肩や胸元にかけて花模様の刺繍が散りばめられている。その花のモチーフが、領内の丘に咲く春花をイメージしたものだという説明を聞いて、ローザが「うわあ、素敵!」と手を叩いて喜ぶ。エミーも「優雅だけど派手すぎず、それでいて華やかですね。リアンナ様の雰囲気にぴったりです」と頷いてくれる。私は何も言わないまま、ただただスケッチに描かれたドレスを見つめて心臓がドクンと跳ねた。
――これは、想像以上に女性らしい。腰が絞られていて、胸元も……うわ、結構開いてるかもしれない。このラインは、正面から見たら谷間こそ強調されないものの、鎖骨や上胸のあたりがしっかり見えるんじゃないか? 頭の中でそんな想像が渦を巻いて、思わず顔が熱くなる。まだ慣れていないと言うのに、こんなに露出する場所があるドレスを本当に着るのか? でもエミーやローザは当たり前のように「いいですね、ここはもうちょっと花の刺繍を増やします? それとも背中側をもう少し開けます?」なんて話をしていて、私は「ちょ、ちょっと待って」と叫びたくなった。背中を開けるとか、さらに胸元をどうとかいう話は、もう私の許容量を超えそうだ。
でも、言えない。二人の勢いに対して、「もう少し抑えたいんですけど」とか言い出すタイミングが見つからない。というか、そもそも私の意見がどうやら最優先にはなっていない雰囲気を感じる。伯爵家の正式な場ということもあって、エミーもローザも「ここはあえてインパクトを出していきましょう!」という論調だし、マルグリットさんも「リアンナ様の年頃ならば、これぐらいのラインがちょうど可愛らしくかつ大人っぽさを際立たせるんですよ」と熱弁している。私は唇を噛みながら、何とか割り込もうとするのだが、そのたびにローザやエミーが「あ、それいいですね!」とか「もう少しこうしたら?」なんて口にして、話がどんどん前向きに進んでしまう。
結局、私が「え、ちょっと胸の部分は……」と小声で言いかけたところで、「それでは仮縫いしたものをお見せしますね」とマルグリットさんが立ち上がり、あっという間にドレスの試作品を取り出して広げてしまった。その生地はまさしくクリーム色のサテン地で、淡く光を反射して美しく輝いている。刺繍はまだところどころ仮止めらしく、糸端もむき出しになっているが、それでも十分に魅力的だとわかる。私はその布のきらめきを見つめながら、言葉にならない声を喉に引っ込めた。もうこうなったら流れに任せるしかないかもしれない。
「それじゃあ、リアンナ様、こちらでちょっと羽織ってみてください」とマルグリットさんが微笑み、エミーとローザが私の両脇を抱えるようにして立ち上がらせる。私は覚悟を決めてコートのように裏地をまとう形で仮縫いのドレスを身につけた。まだファスナーも仮で留めているだけで、スカートの形も不安定だが、それでも上半身を通すと身体にぴたりとフィットしてくる感じがして――なんともいえないこそばゆさを覚える。やけに胸回りや背中に空気を感じるのが、普段のドレスより露出が多いことを知らせてきて、思わず背筋をそらしてしまった。
「わあ、すごく綺麗! やっぱり思った通りですね。リアンナ様の肌の色と相性がいいです!」ローザがそう言うのを聞いて、私は少し照れくさくなる。でも綺麗とか言われても、私は見た目以前に「こんなに開いてるなんて……」という気持ちが先行してしまう。ちらりと鏡に目をやると、確かに華やかだ。サテンの光沢とレースの柔らかな雰囲気が相まって、想像以上に女性らしい上品さが出ているように見える。だけど、視線が自分の鎖骨や上胸付近に行くたびに、体の奥がドキリとして、どうしても恥ずかしさでいっぱいになる。私、本当にこの服を着て、堂々とみんなの前に立つ日が来るのだろうか?
「少し肩紐の位置を調整しましょうか。もう少し外側に寄せたほうが動きやすいかもしれないわね」とマルグリットさんが言い、仮縫いのピンをちょこちょこと変えていく。エミーやローザは「すごい、あっという間に良くなりますね」などと感嘆している。私は針がこちらを刺さないか心配しつつ、恐る恐る動いてみると、意外にも体の動きはそれほど窮屈じゃなかった。大人ドレスというと、もっと動きづらいかと予想していたが、マルグリットさんの仕立て技術がすごいのだろう。ある程度動いてみても、ピッタリと身体に沿ってくる。それがまた「女の子の体」ということを強烈に意識させてきて、私は混乱するばかりだ。
数十分ほど仮縫いの調整を繰り返したあと、ようやく外側の確認が終わったらしく、マルグリットさんが「はい、それで大丈夫そうですね。胸元のラインはこれくらいで確定させますね?」と尋ねる。私は「あ……」と声を詰まらせたのだが、エミーとローザが「はい、ぜひそうしてください!」と答えてしまう。もう私の意見が入り込む余地はなかった。結局、そのままドレスは「多少の露出はあるものの、落ち着いた上品さを持つ大人デザイン」として進められることに。私は顔を真っ赤にしたまま頷くしかない。
「あらあら、リアンナ様、本当に似合っていましたよ?」なんてエミーに囁かれ、私は「そ、そうかな……」と返すだけ。どこか自分じゃない人がそこにいたような気がして、頭の整理が追いつかないのだ。あまりに現実味がないというか、自分がこんな華やかなドレスに袖を通している姿が不思議で仕方ない。その一方で、侍女たちがやたらと嬉しそうなのを見ると、あまり否定もできなくなる。なんだか胸がムズムズして、落ち着かない。どうして自分がここでこんな形で“女性らしさ”をアピールすることになっているんだろうと、心の奥がちぐはぐなまま。
結局、その日は仮縫いで大まかな形を確定して終了となった。マルグリットさんは満足げに「数日後にはほぼ仕上がりますよ。細部の刺繍や飾りを完成させて、一度仕上げのフィッティングをしてから納品という流れですね」と言って帰っていく。エミーとローザは見送りがてらに「ああ、もう待ちきれない!」とか「完成が楽しみです~」なんて口々に語り合っている。私は内心「私は待ちたくない……」と弱音を吐きそうだったが、口には出せなかった。もし私が変に否定を強めたら、侍女たちのテンションをそいでしまうと思うと、さすがに申し訳なくなってしまう。
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