二度目の成人? 前世の大人、今世の子ども、そして十四歳の私
朝の光が窓辺のカーテンを透かして部屋の床を淡く照らしている。私は寝台のうえでうつ伏せになりながら、わずかに開いた瞼越しに光を感じていた。まだ布団の温もりを手放したくなくて、しばらく身動きもしなかったけれど、耳に届く足音でどうやら侍女たちが起こしに来たことを察する。いつもなら、多少の寝ぼけもすぐ吹き飛ぶのに、きょうは頭の芯が重たい。理由は分かっている。きょうが「十四歳の誕生日」だからだ。
「おはようございます、リアンナ様。そろそろ起きるお時間ですよ」
枕元で聞こえてくるエミーの優しい声に、私はゆっくりと身体を横向きにひねり、もぞもぞと毛布を抜け出した。すると、同じ部屋にいるローザが「きょうはいよいよ、十四歳の“成人の儀”が行われるんですよね?」とウキウキした調子で言葉を投げかけてくる。私はまだ朦朧とした頭で「……成人、ね」と呟き、自分の胸が軽くきしむのを感じる。
王国法では十八歳こそが正式な成人。しかし、私の家は昔から「伯爵家は十四歳で成人の儀を行う」という独自のしきたりを守り続けてきたらしく、特に古い家臣や親族が「リアンナ様もきょうこそ正式な大人だ」と妙に盛り上がっているのだ。周りの若い人や私自身は「でも国では十八歳からが大人でしょう? 十四歳なんてまだ子どもじゃん」と思ってしまうのだけれど、そういう声は伝統派にかき消されている。半ば強引に「大人扱い」されることで、私は朝から落ち着かない気分を抱えていた。
とはいえ、伯爵家の慣習を無視するわけにもいかない。私はやれやれと思いながら寝台から起き上がり、軽く背伸びをする。窓の向こうには青空が見えていて、きょうはいい天気らしい。まるで「おめでとう、成人だよ」と言われているみたいだけれど、実感はわかないし、前世ではとっくに大人だった身としては「また成人式か……」という戸惑いがどうしてもつきまとう。この異世界で生まれて0歳スタートをしたわけだが、頭の片隅には、もちろん昔の自分を覚えているからだ。だからといって、誰かに言えるわけもない。結局は流れに乗るしかないと、私は半ば諦めてベッドを離れた。
エミーとローザが手早くベッドを片付けているうちに、私は洗面台で顔を洗う。水の冷たさが頬を叩いてくれるおかげで、多少ぼんやりした頭もクリアになっていくが、胸の奥のざわつきは拭いきれない。鏡に映った私の姿は、まだあどけなさを残す少女の顔だ。しかし、確かに大人らしい雰囲気も備わりつつあり、自分ではそこまで幼いとは思わない。でも、周りからは、まだまだ子ども扱いだろう。しかし「十四歳=成人」だと叫ぶ伯爵家の人々は、私を立派な“大人”として祭りあげようとしている。正直、どっちなんだ……と、少し混乱したりもする。
「ほら、お嬢様、朝食をすませたらすぐ礼装に着替えますよ。今日はいつも以上に華やかなドレスが用意されてるんですって」
ローザの声に、私はタオルを置きながら「はあ……なんだか派手そうだね」と苦笑いする。「またドレスかよ」と、心の中で少し愚痴る。前世が男だったわけで、こういう華美な衣装にはいまだ慣れきっていない。いつもよりさらに盛り上がる“成人の儀”仕様のドレスなんて、考えただけで背中がむずがゆくなる。ただ、侍女たちはやたら楽しそうだし、私は中途半端な反論をする気力もなく、「わかったよ……」と曖昧に頷くしかない。
ダイニングで簡単に朝食をとってから、大広間に向かうと、そこは既に慌ただしい空気で満ちていた。家臣や使用人たちが走り回り、どこに飾りをつけるか、どのテーブルに花を置くかを指示し合っている。テーブルの上には色とりどりの果物や、小さな菓子が運ばれ始め、まるでパーティの準備そのもの。実際、夜にはちょっとした祝宴を開くことになっているらしく、私を“十四歳の大人”として盛大に祝い、皆で楽しむつもりらしい。王国法では子どもでも、私の家の伝統は譲らない、そんな意地が見えて苦笑するしかない。
使用人の中には、私の顔を見るなり「リアンナ様、本日はおめでとうございます。いよいよ成人ですね!」と大きな声で言うから、私は思わず「あ、ありがとうございます……」と引きつった笑顔で返す。すると、彼は得意げに「やはり十四歳は我が伯爵家の慣習上、立派な大人ですから。昔の書物にもそう記されております!」と力説してくる。私は「そ、そうですよね……」と苦笑いで合わせるしかない。いまさら「そんなのおかしい」と口にしても、水を差すだけだろうし、楽しみにしている人たちに申し訳ない気がする。
とにかく式典に必要なものを確認しようと、大広間の奥へ行くと、ボリスさんが深い青色の衣装を飾り台の上に載せて並べていた。胸元や袖には金糸銀糸がふんだんに使われていて、家の紋章を示す刺繍が浮かび上がる。私は「あ……これが礼装か……」と視線を泳がせる。代わりに用意を進めてきたらしいが、見るからに重そうで、しかもきらびやかすぎて気が遠くなる。伯爵家の古い成人儀式用のドレスを改良したとか聞くけれど、私としては「肩がこりそう……」なイメージしか湧かない。
「きょうはこれを着て、皆さまの前で書類にサインしたり、家系の古文書を読み上げたりするんですって。大丈夫ですか、お嬢様?」
エミーが笑顔で尋ねてくる。私は「う、うん、たぶん……」と気乗りしない声で答える。書類というのは“十四歳が大人として家を守る資格を得る”みたいな宣言書らしく、古くからの習わしでサインをするのだそう。いいのかなあ、そんな半端な形で責務を背負わされるのは……と胸中で呟いても、家の人々は「伝統だから」の一点張りだ。王国法の成人年齢は十八だが、この儀式は家族や領内向けの内輪ルールということらしい。私はもう混乱を通り越して、「まあ、やるしかないよね……」と諦める感じだった。
やがて支度の時間がやってくると、私はカーテンで仕切られたスペースへ行き、侍女たちの手を借りてゆっくりドレスに腕を通す。胸元と腰回りをぎゅっと締められた瞬間、「ん……これ、予想以上に苦しいね……」と呻いてしまう。だが、エミーが「大丈夫ですよ、昔のご先祖様もこういうのを着ていたんですから」と妙なフォローを入れる。私は内心で「昔の先祖って、そんなこといわれても……私とは時代も違うし、なんなら世界も違うんだよ」と苦笑するが、口に出すわけにもいかない。
それから飾りのリボンをいくつも留められ、髪も結い上げられて、気づけばまるで貴族の“正式な装い”を完璧に体現したような姿になっていた。鏡を覗くと、そこに映るのは幼いとはいえ頑張って大人びたドレスを着こなす少女――私だ。“そこまで幼くないようにも見えるな”と思う自分と、“やっぱりちんちくりんだな”と苦笑する自分が同時に心の中で言い合いをしている。前世の感覚を持つ身としては複雑極まりないが、周りが喜ぶならもういいかと思い直す。
式典は思っていたよりも粛々と始まり、予想以上に多くの人が集まっていた。家臣や使用人、親族、それに親しい知り合いの一部も駆けつけているようで、大広間は妙な熱気に包まれている。中央に用意された台座の上に、家老が古い巻き物と真新しい書類を広げ、「さて、当主見習いのリアンナ様が十四歳を迎えられました。これは古の慣習に従い、成人としての責務を宣言する儀式であります」とか言い出す。私は台の上に立たされ、スポットライトならぬランプの光が集まる中で固まったまま、先ほどのドレス姿を皆にさらす格好だ。
ボリスさんから渡された筆で書類にサインし、蝋封の上から紋章を押す瞬間、私はさすがに「はあ……」と息を吐く。周囲の視線が痛い。でもこれが終われば、そこそこ自由になれるという思いもあって、覚悟を決めてペンを走らせる。周囲にいる古参たちは「これでリアンナ様も立派な大人!」とにこにこしているし、新参の家臣は「国法ではまだ子どもでしょうに……」と苦笑気味の視線。そんな空気の中で私は「えっと……これでいい……のかな」と心の中で呟く。
サインを終えて印を押したとたん、どこからか拍手が起こり、続いて祝いの言葉が次々飛び交う。式が一気に盛り上がったのを感じ、私はとりあえずぎこちない笑顔でお辞儀を返すしかない。ボリスさんが「これで大人としての資格を得られました。昔ながらの伯爵家の慣習に則り、我々は大いに祝いましょう!」と声を上げ、会場も「わー!」と盛り上がる。私は(資格……何の資格だろう……)と頭を傾げながらも、割り切ることにした。要は地元密着の内輪行事だし、みんな楽しそうだからいいじゃないか。私の戸惑いが伝わっているのかいないのか、誰も気にしていないように見える。
こうして形式的な“成人の儀”があっさり終わり、続いてパーティが始まる。親族や家臣が交互に声をかけてきて、私に祝福や挨拶を述べる。「おめでとうございます、十四歳の大人。いや、王国ではまだまだお若いですがね」「昔の伯爵様は、十四歳で領地の一部を治めたなんて伝説もありますぞ」と話が飛び交って、私の脳内は軽いパニック状態。そもそも前世の私からすれば、十四なんてこどももいいとこだと分かっているのに、この場では皆が「大人扱いだ」と強調するから、もう笑うしかない。
お酒を勧めてくる人もいて、「この家伝のワインを飲むと本当の成人を実感できる!」なんて言われるが、私は丁重にお断りする。そもそも国の法律で酒は十八歳からだし、法律以前に健康にも悪いだろうから。かといってすべて断るのも不満そうな顔をされるので、空のグラスを握ってそれっぽい仕草だけしている。それをローザが遠巻きに見てはクスクス笑っている。心の中で「もう、ほっといてよ……」と呟きたいが、やはり笑われるだけかもしれない。
少し時間が過ぎると、私も一応は主役ではあるが、それなりに対応する人が減ってきて、一息つける状況になる。すると、エミーが「よかったですね、お嬢様。大きなトラブルもなく式典も滞りなく終わりましたよ」と労いの言葉をかけてくる。私は「うん、なんかよく分からないまま大人扱いされてるけどね」と返して苦笑する。彼女はクスッと笑い、「でも、国法は十八歳成人だし、昔の伯爵家の慣習は十四歳。どっちでもお嬢様はお嬢様ですから」といとも簡単に言ってのける。
私としては、そんな簡単に片付けられる問題じゃないのよ、と心の中でぼやく。でもそういう周囲の割り切りに救われる部分もあるのが事実だ。前世の大人としての自分がいるのに、今世の私は十四歳の少女。その上、家のしきたりと王国法が食い違う。めちゃくちゃすぎる状況なのに、みんなあっけらかんとしているから私も深く悩まなくて済む面はある。「なんでもありだな、この世界……」と苦笑しつつ、私はパーティの隅に腰を下ろすと、ふとホッとする。礼装が重くてけっこう疲れたが、思ったより気分は悪くない。不思議な心地よさがある。絶対おかしいんだけど、全部ひっくるめてお祭り感覚なのかもしれない。
人々の喝采と笑い声が大広間に溢れる中、私はしばらくそこに座って休んでいた。十四歳の大人か、子どもか、あるいは両方なのか。もしかすると自分自身も、前世と今世のふたつの姿を行き来するような、そんな曖昧さを抱えて生きている。王国の視点で言えば、やっぱり子ども扱い。でも、伯爵家の伝統に立てば立派な大人。それなら私は同時に“両方”を引き受けるしかないのかも――そんな結論にたどり着くと、自然と肩の力が抜けていった。
こうしてバタバタとした成人の儀が終わったあと、私は礼装をどうにか脱いで部屋に戻り、休憩をとることにする。重苦しい刺繍と紋章から解放された瞬間、ドレスをポンと投げ出してベッドに倒れ込み、「ふう……」と長い息が出る。エミーとローザが「大変お疲れさまでした」と声をかけながらベッドの横にクッションを置き、「夜のパーティまでもうしばらく時間がありますから、少し仮眠でもとりましょうか」と提案する。私は目を閉じつつ、「そうだね、ちょっと寝るよ……」と答える。実は頭がもうぐるぐるしていて、ちょっと脳を休ませたい気分なのだ。
布団をかけてもらい、ベッドの柔らかさに身体を沈めると、意外なほど早く意識が遠のき始める。今日が“十四歳の成人の儀”の日だなんて信じ難い気分だけれど、すべてが終わった今となっては、少し開き直ってもいいだろう。明日から私が本当に大人として扱われるかといえば怪しいし、王国では依然として子どもだ。でも、家族や家臣にとっては成人という。それはそれで不思議な優越感でもあるし、罪悪感でもある。けれど、結局のところ私は変わらない私だ。前世の自分を抱えたまま、十四歳少女としての人生を歩む。大人か子どもかなんて区分を曖昧なままにしておいても、案外やっていけるのかもしれない……。
そんな思いが頭を巡り続けるうちに、疲れきった身体が眠気に抵抗する余地を失っていく。まぶたが重く落ちていくなか、私は小さく笑みを浮かべる。二度目の成人式なんてものを経験するとは夢にも思わなかったが、意外に悪くないイベントだったし、周囲の祝福は単純に嬉しいものだ。前世で大人を経験した私が、今世で子ども扱いされつつ、古い慣習では大人扱いされる……そんな矛盾の狭間をちょっと楽しんでもいいかな、とさえ思えてくる。十四歳の“半分だけ大人”な状態から、いつか本当に十八歳になったとき、私はどう感じるのだろう。それまでの四年間が長いのか短いのかも分からないけれど、きっとあっという間なんだろうな。
布団に包まれ、微かな寝息を立て始める私を見て、エミーとローザが「ゆっくり休んでくださいね」と小さく呟く声が聞こえる。外の廊下ではまだパーティの名残が続き、大人と子どもが入り混じった談笑が聞こえているようだ。私自身は、そんな区別など気にせずこのまま眠りたいという気分。大人なのか子どもなのかの論争は、まあまた今度。十四歳の誕生日はこうして静かに幕を下ろすのだから、ややこしいことは明日以降に考えればいい。――そう自分に言い聞かせつつ、私は深いまどろみに落ちていく。
こうして私の“十四歳成人の儀”は終わりを告げた。王国的にはまだ子どもだが、伯爵家の伝統では大人扱いされる。矛盾だらけなこの立場をどう受け止めるかは、きっとこれからも悩み続けることになるのだろう。それでも、不思議な達成感を覚えているのも事実だ。前世の自分とはまるで違う形で迎えた成人――いや半成人かもしれないけれど、誰もが祝ってくれたのだから悪い話じゃない。どちらにせよ私は十四歳として、まだまだ成長途中だ。この先、四年後の“本当の成人”を迎えるまでに、きょうの矛盾や戸惑いを乗り越えられる日はやって来るのだろうか。そんな期待と不安を胸に抱きながら、私は微睡みのなかで笑みを浮かべる。大人の責務を負うにはまだ稚いけれど、子ども扱いされるだけでは退屈すぎる――そんな絶妙な立ち位置を、ほんの少しだけ楽しんでもいいのかもしれない。
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