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え、こんなに軽くなるの?身体も心もまるごとリフレッシュ

 朝起きてカーテンを開けると、柔らかな日差しが部屋の床を淡く彩っていた。いつもの屋敷の朝。私はしばしのあいだ布団の中でぼんやりしていたが、やがて侍女のエミーとローザが「おはようございます、リアンナ様」と声をかけてきて、ゆっくりと布団から身を起こす。ここのところ、領地の仕事や勉強が山積みで疲れ気味だったけれど、今日はなんだか背筋が軽い気がした。


 エミーが布団を整えてくれている間、私はまだ寝ぼけ眼で、頭を左右に振りながら朝の空気を吸い込む。ローザが「これから朝食ですけれど、きょうはちょっと面白いお手紙が届いてますよ?」とウキウキした口調で言うものだから、私は「面白いって何?」と半分眠気まじりに尋ねた。ローザいわく、「スパ施設からのご招待」らしい。正直、最初は「スパって……」と思って眉をひそめた。私にとって、そういうところはどうにも落ち着かないような、あまり馴染みのない空間だ。


 何しろ、前世は成人の男性だったのに、今は伯爵家の少女だ。食事のマナーやドレスの扱いにも、未だに戸惑うことは多いけれど、スパやエステなんてもっと未知の分野だ。こんな細い腕や腰をまさぐられるなんて想像しただけでむずがゆいし、なんだか申し訳ない気もする。だから正直、「ちょっと考える」と保留したい気分だった。


 ところがエミーとローザは、さも楽しそうに「お嬢様、ちょうど疲れてましたし、こういう機会こそ利用しましょう!」「そうそう! 前々からスパ体験をしていただきたいと思ってたんですよ」と説得してきて、私はその勢いに呑まれてしまう。気づけば「ま、まあ……せっかくだし、ちょっとだけなら」と口走っていた。前世では男として生きていた自分が、13歳の“少女”の体でスパに行くなんて、頭がおかしくなりそうだけど、背中のコリやら首の重さに多少悩まされてもいたので、案外ちょうどいいかもしれない。


 そんな妙な期待と不安を抱えながら朝食を済ませると、エミーとローザが「支度ができましたよ」と言ってくる。見ると、いつものドレスよりは動きやすいけれど、それでも十分可愛らしい装いを用意してある。肩や腰をそこまで締めつけないようにしてくれたのはありがたい。私はその服に着替えながら、少しだけ鏡を見て「やっぱり、この姿に慣れるのって……」と心の中でつぶやく。女の子としての私が映っているけれど、前世では成人男性だったのに。軽いめまいを覚えつつも、今さらそんなことを言っても仕方ない。とりあえず気分転換だと思って楽しもうと自分に言い聞かせた。


 馬車に乗って向かう道中、私はぼうっと窓の外を眺める。空は青く澄んでいて、森の向こうにうっすら朝日が差し込んでいる。大自然の風景を見るだけならいつも通り落ち着くのだけれど、今日は行き先がスパ施設ということを考えるたびに、胸の奥がそわそわして落ち着かない。侍女たちは「今日のコースはすごいですよ。ハーブ湯を使ったマッサージとか、美脚コースとか……」と私をあおるように言うもんだから、私はその言葉にビクッと反応する。「美脚って……。な、なんか想像しただけでちょっと恥ずかしい」と呟くと、二人は笑いながら「大丈夫大丈夫、きっと気持ちいいですし、普通のことですよ」と軽く言う。私はただ赤面して言い返せず、妙に口ごもる。


 しばらくして目的地に到着した。馬車から降りると、想像以上に豪華な外観の建物が目の前にそびえ、玄関のステンドグラスにはハーブやアロマをモチーフにした模様が描かれている。中へ入ると、まるで宮殿のような内装だ。滑らかな石床にはじんわりと魔法の熱が通っているのか、足元がほんのり暖かい。それだけで「おお……」と息を漏らしてしまった。エミーとローザは嬉しそうに「さあ行きましょう」と私を受付へ誘導する。私はこんなところで本当にいいのかと不安になりながらも、一歩ずつ進んだ。


 受付では清楚な制服を着た女性が笑顔で出迎えてくれる。「ご予約のクラリオン様ですね。お越しをお待ちしておりました。きょうは特別コースを準備しておりますので、ごゆっくりおくつろぎください」としっかりした口調で案内された。私は名前を呼ばれたときに軽く噛んでしまい、「あ、あい、クラリオン……です」と半端にどもったから、すかさずエミーが「お嬢様、緊張されているんですの」と余計なフォローを入れる。恥ずかしさに顔が熱くなった私に向けて、ローザが「可愛いですよ、お嬢様」と囁き、それがさらに恥ずかしさを増幅させる。どうしてこういう場で私はいつもモジモジしてしまうのか。前世の男の頃ならもう少し堂々と振る舞えた気がするけれど、今は13歳の少女。嫌でも視線が気になるし、何よりここは女性しかいない。むしろ自分が男の意識を持っているだなんて、周りに申し訳ないような気さえする。


 更衣室に案内されると、スタッフが「施術前にこちらのガウンに着替えていただき、タオルを巻いてから専用スリッパで移動してください」と丁寧に説明してくる。薄手のガウンに目をやると、生地がさらさらしていて、一見すると素敵だが、自分がこれを着る想像をするとドキドキが止まらない。「こんなに薄い生地…しかも、足や肩が結構出ちゃうんじゃ…」と顔を伏せながら呟くと、エミーはすかさず「お嬢様、それがスパのスタンダードですよ」と明るい声で言う。ローザも「周囲はみんなこんなもんです。慣れれば平気ですよ~」と笑っている。周りを見ると、確かに女性客はだいたい似たような格好だ。とはいえ、見た目はまぎれもなく少女の私がこの薄いガウン姿でフロアを歩くなんて……と思うと、頬が熱くなる。


 なんとか着替え終わり、ガウンの前を軽く結んで準備万端になったかと思いきや、私の素足や腕がやけに目立ち、エミーとローザが「すごく似合いますね」と盛り上がる。その言葉に「ありがと…」と答えながらも、内心は恥ずかしさでいっぱいだ。お尻も大きくなったと感じるし、胸元も小さいながら形があるのを意識せざるを得ないのがなんとも複雑。前世が男の自分は、そういう“女体ならでは”のフォルムに対してどちらかというと興味を抱く立場だったはずなのに、今は自分で背負っているんだから余計に訳が分からない。


 そして最初の施術は「ハーブ湯マッサージ」というものらしい。個室に案内され、軽くベッドにうつ伏せになってタオルをかけられる。そこにハーブ湯で温められた蒸気がほんのりと漂ってきて、すごく良い香り。最初は落ち着かないなと思っていたが、すぐに肩と背中が温かく包まれるような感覚があって「あ……なんだか気持ちいい」と呟いてしまった。施術師が笑顔で「最初は皆さんそう言われますよ。くすぐったかったらお知らせくださいね」と優しい声をかけてくれる。


 ほどなくして指先が首筋から肩甲骨あたりを軽くなで始めた。その瞬間、予想以上のゾワリとしたくすぐったさが走り、「う、うわっ…」と変な声を出してしまう。「だ、大丈夫ですか? 痛かったりします?」と心配されて、私は「い、いえ…気持ち良いだけで…」と慌てて返事する。けれど、また指が背筋をゆっくり押してくるたびに、口元から思わず「んっ…」という声が洩れて、自分でも何を言っているのか分からなくなる。熱い恥ずかしさが頬を染め、私の心臓はバクバク鳴った。


 「どうしよう、こんな声出すなんて……前世なら背中マッサージされてもそこまで敏感じゃなかったのに」と心の中で悲鳴を上げつつも、体はじんわりとほぐれていく。侍女たちはすぐ脇で「お嬢様、そんなに気持ちいいんですね~」なんて茶々を入れるものだから、さらに赤面が止まらない。私が「う、うるさい…」と返しても笑いが広がるだけ。こうして人生初のハーブ湯マッサージは、くすぐったさと心地良さの両方を味わいつつ終了する。

でも終了後、ベッドから起き上がったときの肩の軽さに「こんなに楽になるなら、もっと早く受ければよかった」と素直に思わずにはいられなかった。


 だが、まだまだこれは始まりにすぎなかったようで、次は「エステの美脚コース」に行くという。一体どんなメニューなんだと不安いっぱいでスタッフの案内に従い、小さな部屋へ移動すると、「はい、ふくらはぎのリンパを流して、引き締めと疲労回復を狙います」と説明される。ふくらはぎや太ももをオイルでマッサージするってわけだが、想像しただけでなんか妙にこそばゆいというか、名前からして恥ずかしい。


 「美脚コースだなんて、そんな…」と戸惑っていると、エミーが「大丈夫ですよ! ご覧になってください、ほら、いろんなお客さんがいますから」と余計な自信を与えてくる。確かに周囲を見回すと、いろいろな年齢の女性が同様のマッサージを受けているらしい。20代風の人もいれば、私よりちょっと年上かなという少女もいる。こういうのは決して特別なことではない、と分かってはいても、やはり恥ずかしさが先に立つ。前世では“美脚”なんて言葉を見聞きしてちょっとドキッとする側の存在だったのに、それを今自分が受けるとは……。


 案内されたベッドへ座り、裾を膝上まで引き上げて足を出すよう促される。マッサージ師がにこやかにオイルを塗り込み始めると、ひんやりした液体が肌を覆い、すぐに指でぐりぐり揉まれて「あ、これ…ちょ、くすぐったっ……」と声を上げてしまう。さっきの背中とはまた別の感覚で、足裏まで指が滑ってきた瞬間に思わずビクンと反応した。周囲のスタッフが「大丈夫、大丈夫、すぐ慣れますよ」と笑いかけるけど、私にはこのくすぐったさや恥ずかしさが強烈だ。


 けれど、不思議と数分もすると心地良さに変わっていく。リンパとやらを流す感じが「うわ、何か自分の足が軽くなるんじゃない?」という期待を抱かせてくるのだから、妙なものだ。「でもこれ、本当に男の頃は想像もしなかったなあ」と内心苦笑しながら、私の脳裏には“美脚”という言葉がちらつく。あまりこういう言葉には興味がなかったけど、マッサージ師が「はい、ふくらはぎのラインがすごくきれいになりそうです」と普通に言うものだから、「え、き、きれい……そ、そう……」と返事がぎこちなくなる。隣で侍女が「お嬢様、嬉しそうですね」と意地悪っぽく囁いてきて、私は「ち、違う、嬉しくなんか…!」と小声で反論。なんだか毎回こういうやり取りをしている気がする。


 施術を終えて立ち上がると、確かに足が軽くなったような感触があり、「これ、本当に効果あるのかも…」と驚く。が、やっぱり恥ずかしいのは恥ずかしい。私にしてみれば、“美脚になりたい”とは思わないし、しかし体が楽になるのは嬉しいし……という複雑な気分。前世の男としての自分と、今の少女の身体が頭の中で交錯して、軽い目まいを覚えそうになりながらも「ああ、とりあえず気持ち良かったのは確かだし、まあいいか」と開き直るしかなかった。


 スパのスタッフに「お疲れさまでした。ここでひとまず休憩なさってください」と言われたので、エミーとローザと一緒にラウンジに向かうと、そこにはほかにも何人かがリラックスしてお茶を飲んでいる。私たちもハーブティーを一杯いただいて、ほんの少しの休息。私は汗を拭いながら、「うう、恥ずかしいことばかりだけど……体が軽くなるなら捨てがたいね」と漏らすと、エミーは「ですよね~!」「まだあと数コースあるんですけど、どうなさいます?」なんて嬉しそうに言う。私は「まだやるの……?」と青ざめつつ、でも体が軽くなるというのも魅力的。こうして二人に押される形で、次回以降のコースを一気に受けることがほぼ決定してしまった。


 ただ、どう考えても今日はもういっぱいいっぱいということで、「それじゃあ、続きはまた明日か後日でもいい?」と頼みこむと、侍女たちは「そうですね、あまり一気にやると疲れちゃいますから」と納得してくれた。私のほうは十分疲れているけれど、マッサージやエステの心地良さもあったので、とりあえず初日の体験はここで終了。館に帰る馬車の中で私はどっと安堵する。こういう疲れ方はいつもと違って悪くないけれど、あまり女の子扱いされると心臓がもたない気がする。


 とはいえ、背中や足がほんのり軽い。ぐるぐると回っていた肩の重みが解消された気がして、「ああ……これがスパか」と妙な満足感を覚える。私が思わず「いいかも」とつぶやくと、侍女たちが「おやおや、お嬢様、ハマってきましたね?」とクスクス笑い。私は「は、ハマってなんかない。これ以上はもう……」と言いつつ、軽い浮遊感に浸りながら窓の外をぼんやり眺める。


 「次はスチームサウナとか頭皮のケアもあるんですよね」とエミーが耳打ちしてきたとき、一瞬「ちょっとやってみたいかも」なんて思った自分に驚く。結局、前世の男の自分が、少しずつこの“女の子の身体での心地よさ”に取り込まれていくような感覚があった。もちろん、まだ恥ずかしさや抵抗感はあるけれど、一度味わうと体が楽になるという現実には逆らいづらい。そんなややこしい思いを抱えたまま、屋敷へ帰り着き、今日のスパ初体験は終了した。


 疲れは取れたはずなのに、心のほうはぐったりだった。夕食を軽く済ませたあと、自室のベッドに腰かけて少し振り返る。……ハーブ湯の香りと、あの背中マッサージのくすぐったさが頭から離れない。前世の男の私なら、多少のマッサージでそこまで声を上げることもなかった気がするが、今の体は何かと敏感だ。どうにも落ち着かないが、背中は本当に軽くなったから文句が言えない。鏡に映った自分の格好を見て、「なんでこんなに華奢なんだ」と思うと同時に、「でもそんなに悪くないかもしれない」とも思ってしまい、変な声が思わず出そうになる。


 エミーとローザが夜の挨拶に入ってきて、「お嬢様、きょうは本当に頑張りましたね。明日以降もまた行くんですよね?」とにこやかに問う。私は「あ、うん……まあ、受けちゃった手前、もう少し続きがあるんでしょ? ……仕方ないよね」とぼそぼそ返す。彼女たちは「いいじゃないですか、楽しみましょうよ!」とケラケラ笑っている。そんな二人の様子が少しだけうらやましくもあり、私は「私ももっと気楽にやればいいのかも…」と胸中で呟く。子どもとはいえ外見は完全に少女。スパでの施術も、周りからすれば自然なことなんだろうと考えると、複雑ながらも「まあいっか」と思える。


 そうこうしていると急に眠気が襲い、体がさらにふわっと軽く感じる。マッサージやエステの効果ってすごいもんだな、と感心しつつ、ベッドにもぐり込むと、すんなりとまぶたが落ちていく。次回のスチームサウナや頭皮エステはどんな恥ずかしいことになるのか。意識がふわふわ遠のきながら、「いや、もうあれこれ考えないで寝るか……」と自分に言い聞かせた。こうして私のスパ初挑戦の一日は、甘くこそばゆい余韻を残しながら静かに幕を下ろすのだった。


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