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中身は男性ゆえ、ダメ男リストに思わず自己嫌悪

いよいよ第百話です!これまで、応援、ありがとうございました!

これからもよろしくお願いします!

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 翌日の朝、わたしはいつものように目を覚ましたものの、体がどうにも重たかった。昨日の講義で心身ともに消耗したのが響いているのかもしれない。部屋のカーテンからのぞく光はまぶしく、空気はほんのり清涼感を帯びている。爽やかな朝のはずなのに、なんだか胸の奥にモヤがかかったような気分だ。


 とはいえ、伯爵家の見習い当主としては、朝からゴロゴロしているわけにもいかない。前日と同じく、最低限の見習い作業や勉強をこなす準備をしなくちゃ……と意識を切り替えようとするが、どうしても頭のどこかで“今日もクラリッサの恋愛講座がある”という事実を思い出しては、うんざりしてしまう。


 重い足取りで起き上がって支度をしていると、同室のエミーとローザがさっそく「おはようございます、リアンナ様!」と声をかけてくる。いつもよりテンションが高いのは、言うまでもない。どうせまたきょうも恋愛トークを全力で仕掛けてくるのだろう、と想像すると朝から気が重い。


 朝食の席でも、二人は昨日の恋愛講座の余韻を語り合う。ローザが「あの笑顔の角度、本当に殿方に効くんでしょうかねえ?」などと言い、エミーが「試せる機会が来たら面白そうですよね!」と無邪気に笑っている。わたしはそんな様子を眺めながら、「うん、わたしは本当にこの講義を続けるのか……」と深く考え込んでしまう。もっとも、今日はまだ半日ほど見習い作業と勉強がある。昨夜の疲れは残っているが、なんとか執務室へ足を運ぶとしよう。


 午前中はそれなりに作業と勉強をこなし、昼前になると妙な胸のざわつきがまたもや感じられた。どうせ午後になればクラリッサが館へやってきて、きのうの続き――つまりはさらに踏み込んだ恋愛レクチャーが待っている。そんな未来を思うだけで気分はどんより。ただ、エミーとローザはやけに楽しそうで、「昨日の笑顔テクニック、もうちょっと練習したいですよね~」なんて浮かれているのだから、どうしようもない。


 そして昼食をとってから少し落ち着いた頃、午後になってクラリッサは再び現れた。部屋に集まった受講者たちの笑顔を見回し、「さて、きょうも頑張りましょうね」とにこやかに声をかける。わたしはまた始まるのか……と内心げんなりしながら、小さく頭を下げた。


 講義が進んでいくうち、クラリッサは「では、皆さんの“理想の殿方”を聞かせてほしいわ」と切り出す。たちまちエミーとローザが嬉々として、「えーっと、わたしは優しくて話を聞いてくれる人がいいな……」とか「わたしはちょっと冒険心のあるタイプが好きです」とそれぞれ思い思いに語りだす。その光景を眺めつつ、わたしは(ああ、またか……)とうんざり感を拭えない。


 しかしそれだけならまだマシ。問題は「じゃあ、リアンナ様はどうなんでしょう?」という疑問が当然のように投げられることだ。わたしは「いや、わたしはそんな……」と返事を濁すが、エミーとローザは「うちのお嬢様は騎士のリカルド様みたいなのがお似合いなのでは?」「いや、執事のシモンさんみたいな落ち着いた人もいいですよ」と、勝手にわたしの好みを決めつけ始める。


「それもそうか。いやでも、意外と料理人のフィルさんみたいな素朴な若者もいいかもしれないし、こないだお茶会したリチェルド様みたいな同い年の可愛い貴族って線もあるかもね?」なんて言われ、わたしは大慌てで「や、やめてよ、そんなの……」と止めようとするものの、二人は止まらない。むしろ周りの受講者が面白がって「リチェルド様って噂の好青年でしょう? いいかも~」などと囃し立てるから地獄絵図だ。


「ちょ、興味ないんだってば!」と声を上げても、エミーとローザは「照れてるだけですよね」「将来の結婚相手の話ですし、ちゃんと考えておくべき!」と大真面目に盛り上がる。周囲の人まで「そうそう、きっと素敵な殿方が現れますよ!」と加勢するため、わたしは顔を真っ赤に染めて「そ、そんな……」と恥ずかしさのあまり俯くしかない。


 クラリッサが「皆さん、落ち着いて」と笑い混じりに声をかけ、どうにかこの妄想大会は一段落した。わたしは完全に置いてきぼりだった。エミーとローザは多少反省した素振りを見せるものの、「でも楽しかったね~」と笑っており、周囲の娘たちもわいわい余韻に浸っている。


 講義が続くうちに、クラリッサはふと「そういえば、わたしも昔、こんな殿方に出会って痛い目に遭ったことがあるのよ」と軽く笑う。どうやら実体験談を話す流れに入ったらしく、皆が「聴きたいです!」と目を輝かせる。わたしは嫌な胸騒ぎを覚えつつ、それでも黙って耳を傾けるしかない。


 クラリッサが語るのは、彼女が十代後半の頃に知り合った男性のエピソード。見た目は最高にかっこよくて、貴族としての家柄も申し分なかったが、やたらと自慢話をするし店員に横柄な態度をとるし……と、いわゆる「ダメ殿方」の典型例だったという。あまりにも具体的に説明されるから、その場がリアルな物語世界のように映り、少女たちは「うわあ……大変そう」と身を乗り出して聞く。


 その具体的エピソードが妙に生々しく、目の前に描写されるようだ。しかもわたしは前世でそういう場面を目撃したことがあり、心臓がズキッとする。自慢話をする男とか、店員を見下す男とか……まさに昨日の“ダメ殿方リスト”そのもの。わたしは「これ、過去の自分かもしれない」と内心ひたすら冷や汗が止まらない。


 クラリッサの話はさらに続き、「結局、我慢できなくなって別れを切り出したら、相手は『俺のすごさがわからないのか』とごねて……」なんてオチを語って、周りから「ひぇ~」「そんな人やだ」など共感の声が飛ぶ。わたしは頭の中で「うわあ……うわあ……」と悲鳴を上げるしかない。気づけば胸が苦しくなるほど動揺してしまった。


 さらにクラリッサは違うタイプの殿方とのエピソードまで披露し、「いまの夫と結ばれるまでは、いろいろ苦労しましたの」と穏やかに笑う。エミーとローザは「いや~大人の女性って感じですね!」と目を輝かせるが、わたしにとっては勉強というより精神攻撃に近い時間だった。


 ようやく講義が終わるころ、クラリッサは「では本日はここまで。また機会があれば皆さんにお会いしたいわ。特にリアンナ様、男性役も上手でしたし、これからも活かしてくださいね」と笑顔を残し、館をあとにする。わたしは「あ、はい……」と乾いた声で返すのがやっと。笑顔なんてとても作れやしない。


 夕方になって、同室に戻り、ふうっと息をついたところで、エミーが「そうだ、夜食でも準備しましょうか。実践レッスンでだいぶ疲れたでしょうし」と提案してくる。わたしが「いや、いまはいいや……」と断ろうとしても、エミーとローザは笑顔で「どのみち夜になったら一度一緒に休憩しましょうよ。何か食べたくなったら遠慮なくどうぞ」と言い残す。わたしはただ苦笑してうなずくしかなかった。


 そんな状態でもう少し落ち着けるかと思いきや、エミーとローザは同室だから、わざわざノックすることもなく「あ、夜食どうします?」と近づいてくる。わたしは思わずため息をつく。すると二人はニコニコ顔で、「今日も大変でしたでしょう? でも、殿方対策はバッチリでしたよ。リアンナ様、女性らしく見えましたよ♪」と無邪気に讃えてくる。


 当然、わたしの心にはとどめの一撃だ。無理して講義をこなした疲労がドッとこみあげ、ベッドに倒れ込みそうになる。マダム・ルディアは体に来るけど、クラリッサは心に来る……ほんと参ったな……。そんな半ばコミカルな文句を吐きながら、わたしは同室の暗がりで布団に倒れ込む。もしエミーやローザがその声を聞いていたら、「何を言ってるんです?」と首をかしげそうだけど、当人のわたしにとっては切実だ。もう女の子扱いは勘弁してほしい、という思いが全身を支配している。


 明日は少し休めるのだろうか。それともまた別の恋愛テーマが襲ってくるのか。そんな不安を胸に抱えつつ、わたしは布団をぎゅっと握りしめた。身体はくたくたで、意識はぼんやりしているのに、気づけば頭の片隅で“自分は前世じゃ男として振る舞っていたのに、いまはこんな姿で……”という無力感が渦を巻く。どうにか一晩、何も考えずに眠るしかない。切実な願いを抱えたまま、わたしはゆっくりとまぶたを閉じるのだった。

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