三章 第十七話 朝
用語説明w
フィーナ
ノーマンで黒髪、赤目の女子。ラーズの義理の妹で、飛び級でハナノミヤ聖女子大学に進学。クレハナの王族であり、内戦から逃れるために王位を辞退して一般家庭に下った。騎士の卵でもあり、複数の魔法を使える。最近はラーズの怪我の治療によって回復魔法の腕が上がっている
ロン
黒髪ノーマンの男性。トウデン大学体育学部でラーズの同期。形意拳をやっていたが、ゴドー先輩の強さに感化されて総合空手部に入部。熱い性格で、ラーズとよくつるんでいる
朝…
「痛い…」
「筋肉痛と打撲だ…」
俺とロンが呻く
フィーナと簡単な朝食を取る
「朝はたんぱく質が不足してるんだ。だから、朝一にプロテインを取るのはお勧めだ」
ロンが言う
「プロテインって、練習後だけじゃないんだな」
朝食が終わると、フィーナが杖を持ってくる
「内出血が出ちゃってる。まだ治りきってなかったんだ…」
「妹さん、ありがとう」
俺達の痣の部分にフィーナが回復魔法を使う
少し腫れていた場所の痛みが引いて行った
「…ケイト先輩、よかったな」
「あぁ、本当だよ。今でも信じられないよな」
危なく、ケイト先輩は拉致される所だった
連れていかれていたら、いったいどうなっていたか…
だが、俺達が追い付いても、結局ケイト先輩は殴られて怪我をさせられた
それどころか、危なくあの場で…
目の前のリアルな犯罪は、とてもじゃないけど正視できない
醜悪な、気持ちの悪い、胸くそ悪い、最悪なやり口だ
「ケイト先輩、無事に保護されてよかった」
「あいつら、全員逮捕だって。ざまーみろ」
ケイト先輩から連絡が来ていた
あの後、パトカーと警察官が到着して助けてくれたこと
どこかの正体不明のヒーローが助けてくれたこと
ヒーローの名前は分からないと言い張ったこと
そして…
「ゴドー先輩が褒めてたって」
「鬼でも褒めるんだなぁ」
『ラーズ君が戦ったボクサーは、傷害事件を起こしてライセンスをはく奪された元プロボクサー。ロン君が戦ったのは、ブラックマンバの幹部で喧嘩自慢の武闘派の不良なんだって。二人とも大物を倒したんだから、まぁまぁだって言ってたよ』
そんなことを、ケイト先輩がメッセージで教えてくれたのだ
「ロンは完全に勝ってたけどさ。俺は…」
パンチに全然対応できなかった
苦し紛れに組み付いて、抑え込んだだけ
あれで勝ったと言えるのだろうか
いや、絶対に言えないよな…
「…二人とも、喧嘩ばっかりして何やってるの?」
そんな俺達に、じっと見ていたフィーナが口を挟む
「不良のグループに襲われたんだって。女の先輩が殴られたんだぞ」
「そうなんだよ。集団で車で連れ去ろうとしてさ…」
俺とロンでフィーナに説明
昨日の俺達のヒーローっぷりを、ちょっとだけ誇張して伝える
「そんな危ない人達がいるんだ…」
「フィーナちゃんも気を付けた方がいいよ。可愛いんだから」
「いえ、私なんて」
「フィーナは大丈夫だよ」
騎士の卵で、大火力の魔法使い
杖が無くても、闘氣があるから、素手の男くらいなら余裕で倒せる
「…どういう意味?」
フィーナがニッコリとする
だが、目は一切笑っていない
「え、駅が違うだろ。イサグ駅の方には来ないはずだから。危ないから来るなよ?」
「…」
おそらく、可愛いという言葉の部分に反応したフィーナに、慌てて俺は言い直す
可愛いいという言葉を否定したわけじゃない
フィーナの強さ的に、物理的に大丈夫だと言いたかっただけなんだ
だが、その説明もめんどくさいし、言い訳臭くなりそうだからやめとく
「それじゃあ、そろそろ帰るよ。朝ごはんまで、ありがとう」
ロンが立ち上がる
「いいよ、俺もプロテイン貰っちゃってるし。今日、買いに行ってくるわ」
「ロン君、頭痛とか、続く腫れや痛みがあったら病院に行ってくださいね」
俺とフィーナはロンを見送った
「あー…、今日が休みでよかった」
「ね、最近、怪我が多すぎない?」
フィーナが言う
「格闘技と、後はホバーブーツの練習のせいだよ」
俺の怪我は、部活や喧嘩だけじゃなくホバーブーツも影響している
むしろ、ガンガンすっ転ぶ、あっちの方が怪我は多いかもしれない
「でも、昨日の怪我は酷かったし…」
「あれは…痛っ!」
フィーナが触った俺のわき腹に、鋭い痛み
「大げさだね、ちょっと押しただけ…わっ!?」
フィーナが俺のシャツをめくると、俺の右の脇辺りが青くなっている
あのボクサー、ボディも痛かったな…
「こ、ここも酷い痣! え、もしかしていじめられてるの!?」
「違うわ! どう考えても、昨日の不良だろ!」
顔の腫れや痛みで、腹の痣に気が付いていなかった
一晩経ったら、凄い痣になっている
「あー…、癒される…」
「動かないでよ」
フィーナが回復魔法を使ってくれる
すぐに怪我が治るのは、部活をやっている俺にとっては本当にありがたい
その後は、ダラダラして過ごす
疲労も溜まっていたため、ちょうどいい
怪我は回復魔法で治ったとしても、そのためのエネルギーが体内で枯渇している
ゆっくりと休息を取る必要があるのだ
「ラーズ。この映画、面白そうじゃない?」
「感動恋愛系かー…。映画館だと涙ぐんじゃうから苦手だな」
「あー…、回復魔法を使いすぎて疲れたなぁ。ロン君とラーズ、二人分だもんなぁ」
「…」
「このままじゃ魔力が回復しないなー。バイト代が出たお兄ちゃんが、リフレッシュに連れて行ってくれないかなぁ」
「遠回しに言ってくる割に、距離近すぎだろ」
フィーナは、俺の目の前で真正面から見つめて来る
圧がうっとおしすぎる
「…フィーナ、これから映画を見に行こうか」
「やったぁ! ゴチになりやっす!」
俺とフィーナは、出かける準備をした
映画館
「トウク大港の方は、やっぱり栄えてるよな」
「イドダカ駅は住宅地だもん、しょうがないよ」
別に俺はそこまで好きではないのだが、お決まりのポップコーンを買って席へ
俺とフィーナの間にポップコーンとジュースをセッティング
よし、これで準備万端だ
「んむんむ、塩気がたまらん」
「ラーズ、いつもポップコーンを凄い勢いで食べるよね」
「食べ始めると止まらなくなる」
「映画終わるまでのペース配分考えてよ」
これから始まる新作映画の宣伝が終わり、そろそろ本編が始まる
「あ…」
「悪い」
俺とフィーナの手がポップコーンの上で当たる
その手を一瞬彷徨わせ、お互いにポップコーンを口に運ぶ
…なんか、こういう瞬間って変に意識しちゃうな
「どうしたの?」
フィーナが尋ねる
「…別に」
俺が意識しすぎたか
そんな俺をいたずらっぽい目で見てくるフィーナ
「はぁ…、ちょっと疲れた」
「お、おい…」
フィーナが、俺の肩に頭を乗せてくる
「…」
「…」
フィーナがチラッと見てくる
「ふぎゅっっ!?」
「何、ふざけてるんだよ」
俺はフィーナのほっぺを掴む
「バレた? 照れるかなって」
「イラっとします」
…映画は、思ったよりも泣けてしまった
帰り道
「面白かったねー」
「まぁまぁだったな」
「強がっちゃって」
「ほっといてくんない?」
電車に乗って、イドダカ駅へと戻って来る
「ね、海の見える公園に行こうよ」
「好きだな、フィーナ」
「ちょうどいいお散歩コースだから」
坂を上がって、公園へと向かう
「お、もうすぐ夕日だな」
「早くなったよね、日が落ちるの」
この公園の名物、海に反射する西日のタイミングは間もなくのようだ
「ラーズ。最近、本当に怪我が多いから気を付けてよ」
「分かってる。いつもありがとな」
いつものベンチへ
住宅街の公園だけあって、景色がいい割に人が少ないのがここの良い所だ
ボクサーは強かった
本当に怖かった
ケイト先輩が襲われ、不良の集団に狙われた
何度も思うが運がよかった
本当の本当に…、守り切れてよかった
「フィーナ」
「えー?」
俺は、海を眺めているフィーナに声をかける
「俺、騎士にはなれなかったけどさ」
「うん…。急にどうしたの?」
「昨日、人を助けられたんだ。最悪の、クズな胸糞野郎からさ」
「うん、それはよかったよ」
ちょっとだけ誇らしい
格闘技をやっていてよかった
空手部に入ってよかった
本当に、一瞬だけヒーローになれたような気がした
「…でも、次からは警察に頼んでよ。変にヒーロー感なんて出さないでさ」
「おっしゃる通り」
だが、二度とごめんだ
でも、騎士になれなかった俺でもできることがあった
それが嬉しい
…格闘技、頑張ろう




