二章 第十一話 特訓2
用語説明w
フィーナ
ノーマンで黒髪、赤目の女子。ラーズの義理の妹で、飛び級でハナノミヤ聖女子大学に進学。クレハナの王族であり、内戦から逃れるために王位を辞退して一般家庭に下った。騎士の卵でもあり、複数の魔法を使える。
タイマンの日まで、あと二日
俺とロンは、この一週間、詰め込みで稽古をしている
「おらぁっ!」
「ぐがっ…!」
ゴドー先輩のミドルキックでロンがフラフラと後ずさる
「武術と格闘技は別物だ。フットワークが甘すぎる」
「押忍…!」
ロンは、形意拳という武術をやっていた
そのため、威力の乗った突きが得意だ
だが、武術には対武器の想定が入っており、一撃必殺の攻撃に対応した構えを取る
そのため、武器による一撃必殺を想定しない、金的や水月のある正中線を守らない代わりに攻撃を重視した格闘技との相性は悪い
急所を守らない格闘技の方が、手数が増えるからだ
「おらぁっ!」
「ぐっ…!」
ストレートをガードした途端、左のボディフックがロンに腹にめり込む
たまらず、ロンが倒れ込んだ
「…」
ちなみに、俺は床で昏倒中
ペットボトルを持ってスパー中、腕が下がってしまいハイキックでぶっ飛ばされたからだ
ローキックを打てば、その蹴り足にクソ痛いローを返される
あまりに理不尽で講義したら、
「お前のローが弱いんだ。相手の動きを止めるくらい蹴れ!」
と怒られた
さっき、力入れすぎて体勢が崩れてるって怒られたばっかだぞ?
「ラーズ君、おまたせ。行こうよ」
「あ、毎日ありがとうございます」
「いいんだよ、柔道部にとっても練習になるしね」
ケイト先輩が笑う
柔道部への出稽古は、相変わらず受け身
そして、投技も教わらずに乱取りをやらされるだけ
柔道の乱取りは、組手争いと言って、お互いに投げやすい襟や袖を取り合い、相手を引っ張ったりして崩す
そして、投げに入るの繰り返し
俺は投げ方を知らないため、一方的に道着を掴まれ、引きずり回され、最後には投げられてしまう
おかげで、受け身だけは上達した気がする
痛いものは痛いけども
「ラーズ君、上手くなったね」
練習が終わり、ケイト先輩がやってくる
「きょ…今日も…ありがとう……ござ…」
「今日も頑張ったねぇ」
ケイト先輩が俺の頭を撫でる
気持ちいい、癒やされる
「ケイト先輩…」
「んー?」
「俺、結局、ローキックしか習ってないんですけど…。どうやってあいつらと戦えばいいんですかね…?」
「え…、そうなの?」
「柔道も受け身だけですし、こんなんじゃ、あのムキムキマッチョ達に勝てる気がしないんですけど…」
ゴドー先輩に殴られて蹴られて
柔道部で投げられて
しかも、女のケイト先輩にもバンバン投げられる
最初はプライドがバキボキになったが、段々と気持ちよくなってきた気がする
投げられる瞬間の密着とか、ケイト先輩の香りとか…
って、変態か!
フルフルと頭を降っている俺を、ケイト先輩が不思議そうに見つめる
「ね、ラーズ君」
「はい!?」
やべっ、変な声出た
「君たちに絡んでた、あいつら凄い評判が悪いんだよ。無理やり女子に声かけて連れて行こうとしたり、後輩とか弱そうな子を脅したりさ」
「…」
そういや、ロンも声かけられた女の子を庇って殴られたって言ってたもんな
「あいつら、ボディビルやってて筋肉あるでしょ? だから見た目でみんな怖がっちゃって、増長しちゃったんだよね」
「…確かに、筋肉は凄かったです」
あんなのと喧嘩かぁ
マジで無茶もいいとこなんですけどぉ?
「私達、体育会系にはやってこないくせに、人文学部とかの生徒は結構やられてるの」
「弱そうなところを…汚いっすね」
「だから、ラーズ君やロン君みたいに、あまり体が大きくない人にやられれば、もう大きい顔できなくなると思うんだ」
「はい…、って!?」
突然、ケイト先輩が俺の両手を持って目の前に持ってくる
「みんなのために頑張ってね。私も応援してるから」
「わ、分かりました…!」
俺は、ケイト先輩が握る俺の両手………の向こう側
ふくよかな胸の辺りを見ながら頷いた
「よし、今日の稽古を終わる!」
「ありがとうございました!」
「互いに礼!」
「神前に礼!」
ゴドー先輩は、意外にも稽古の最後の挨拶はちゃんとやる
神棚にもしっかりと頭を下げるのだ
「明日は稽古は休み。疲れを脱いて、明後日の本番に臨め」
「は、はい…」
も、もう本番なのか…!
「それと、道場の掃除だ。床と神棚も拭いておけ」
「分かりました」
あっという間に一週間が過ぎてしまった
・・・・・・
久しぶりの休みだ
今日はゆっくりしよう
「ラーズ、お風呂掃除してよ」
フィーナが座っている俺に声をかける
「きょ、今日?」
「そうだよ。私、キッチンやるから」
「…」
共同生活は、自分の思い通りにはならない
正直、めんどくさい
だが、やらなきゃいけないことも分かる
きれいな部屋に住むことに、文句は一切ないからだ
「終わったらトイレね」
そんなこんなで、あっという間のお昼だ
「暖かくなったなぁ」
「そうだね」
俺とフィーナは、海の見える公園に散歩
ついでに買い物だ
「ラーズ、入学した途端に何やってるの?」
「別に、何もないけど」
「だって、ずっと疲れてるじゃん」
「格闘技って、変なところが痛くなるもんだよ」
この一週間は、疲れすぎてすぐに寝ちゃってた
本来、ご飯は交代で作ることになっていたのだが、フィーナにお願いして一週間交代にしてもらった
つまり、来週は俺がずっと料理当番だ
めんどくせー!
「そういや、セフィ姉の所に行ったんだろ?」
「うん、訓練にちょっとだけ参加してきたよ」
フィーナが頷く
土日でフィーナは実家に帰り、龍神皇国騎士団の訓練に参加してきたのだ
「どうだった?」
「すごかったよ。範囲魔法(大)をつかう魔法使いの騎士がいたの。それに、騎士じゃない魔法使いの人たちも、範囲魔法(中)は当たり前だったもん」
魔法は、銃と並んで人類のメインウェポンの一つだ
少数の騎士と違い、人類の戦力はほとんどが一般兵
彼らが使う武器は、銃や砲撃などの兵器
そして、攻撃魔法だ
魔法は特殊技能だが、闘氣に比べれば一般的
現代ではブースト機能である杖の性能が良くなり、更に遺物と呼ばれる属性強化アイテムを使うことで、障害物を越えた先に高出力のエネルギーを発生させることができる
更に、魔石装填型小型杖やモバイル型魔法発動装置を使うことで、封印済みの魔法を発動することもできる
これらは、魔力を持たない人間やロボットでも魔法という現象を発生させることが可能だ
「範囲魔法(中)か、凄いな。騎士学園でも、習得できたやつ少なかったよな」
「うん。私もできなかったし」
範囲魔法(中)は一流の魔法使いの登竜門
モバイル型魔法発動装置では実行できない、人間の魔法使いの特権だ
「フィーナは年齢が足りなかったからだろ。飛び級で年下だったし」
「…そういう言い訳したくないから。また練習に行って、今年中に範囲魔法(中)を使えるようになりたいな」
フィーナが言う
「相変わらず頑張るなぁ。俺なんか、言い訳ばっかりなのに」
俺はフィーナの頭を撫でる
「ちょっ、何が?」
フィーナが一瞬、目を細める
猫みたいでかわいい
…喧嘩のために稽古
俺はなんてくだらないことを頑張ってるんだろうか
フィーナの目標と俺
その差に、ちょっとナーバスになってしまった
「そろそろ帰ろっか」
フィーナが立ち上がる
すると、「わぁっ!」と行って走り出した
「どうし…、おぉ!」
俺も走り出す
いつの間にか、夕日の時間になっていた
この海が見える公園から南に広がる海原が、夕日に照らされて輝いている
「ここからの夕日、やっぱり綺麗だね!」
「そうだなぁ」
一週間、稽古を頑張った
ローキックしか習っていないから、どう闘うのか分からないという不安はあるけど…
後はやるだけだ!
やるしかないんだ!
夕日と黄昏色の海が、よく頑張ったと褒めてくれているみたいに感じる
後輩をいたぶる、あの野郎
絶対にぶっ飛ばしてやる!
そして、ケイト先輩にかっこいいところを見せるんだ!
…強い人が好きって言ってたしな
「よーし、頑張るぞ!」
「何を?」
「ぶ、部活と勉強に決まってるだろ」
俺は、夕日から目を逸らさないことで、フィーナの追求を躱した




