九章 第三十六話 B-1 その9
用語説明w
ロン
黒髪ノーマンの男性。トウデン大学体育学部でラーズの同期。形意拳をやっていたが、ゴドー先輩の強さに感化されて東玉流総合空手部に入部。熱い性格で、ラーズとよくつるんでいる。龍形拳の名が知れ渡り黒髪龍と呼ばれている
ロンとカリスマ喧嘩師が対峙する
「ふふふ…。お前とやるのは楽しみだったぜ」
「あ?」
「武術と格闘技の融合…、それはチグハグな歯車を組合わせるようなものだ。そういう新たな道の開拓ってのは嫌いなじゃない」
「…」
ロンが黙って構える
CQC、近接格闘術の使い手、カリスマ喧嘩師
さっきは、合気道の技を簡単に極めていた
強いのは間違いない
目の前で拳を突き出してゆらすカリスマ
ロンはその拳を手で落としながら、間合いを詰める
ドッダン!
「がっ…!?」
ロンの身体が浮き、そのまま床を転がる
「く、空気投げ…!?」
ケイト先輩が眼を見開らく
空気投げとは、衣服を掴んだ手以外、相手に触れずに投げる技
相手の意識の誘導、体重移動、自分の体重移動だけで投げている
はっきり言って、実戦で決められる技ではない
「うおぉぉっ!」
だが、ロンは転がりながら足をつき、跳ぶ
跳歩崩拳
二メートル以上の距離を飛び込む崩拳
距離を一気に詰めるため、相手にとっては予想外の攻撃となる
ゴッ!
だが、カリスマは左フックで迎撃
ロンの顔が跳ね上がるが、強引に組みついた
ここからはロンのフィールド
打撃、立ち関節、蹴り、投げ
組みからの派生技が多いのは、龍形拳と格闘技、どちらの技にも移れるからだ
「しっ…!」
裏投げをフェイントに、ミドル
腕の掴みから、龍形拳の腿法、踏みつけ蹴りと崩し
崩拳やアッパー、フックなどの短距離打撃
ロンがフェイントを混ぜながら、次々と攻撃を織り交ぜる
その全てに対応していたカリスマだが、ついにロンが腕を掴んだ
崩しから、崩拳へ…
ゴガッ!
「…っ!?」
カリスマは、掴まれた腕をロンの首の横に差し入れる
更に、ロンの方向に体を進めた
仰け反らすような力が加わり、ロンは仰向けにぶん投げられた
「格闘技と武術の技を使い分け…、実に面白い」
カリスマが、倒れているロンに声をかける
「ロン、早く立て!」
俺はロンに怒鳴る
あの野郎、余裕をぶっこきやがって
油断して、追撃しない今がチャンスだ!
ロンがワン・ツー!
ゴッ!
簡単に拳が割り込まれ、直撃
ロンが口と鼻から流血
ミドル
スッパァン!
軸足を刈られて、吹っ飛ぶロン
カリスマは、また追撃しない
「ギリッ……」
ロンが歯を食いしばる
ロンが、チラッと俺を見た
「…?」
なんだ、あの表情は
ロンが、ストレート
ゴギャッ!
そこに、狙いすましたカウンターの拳が突き刺さる
「…!」
「うおぉぉぉぉぉっ!」
だが、ロンはそこから突っ込んだ
ロン、わざとパンチを喰らって突っ込んだのか!
攻撃を当てるために…!
ガッと服を掴んで頭突き
そのまま、肘と崩拳
ゴッ!
ガッ!
だが、要所要所でロンの顔が跳ね上がる
きっちりとカウンターが入る
カリスマの神業だ
「おぉぉぉっ!!」
ロンは突っ込む
ロンは歯噛みする
まいった、こいつは強すぎる
見えねぇし、見切られる…
だが、このまま削られて終わってたまるか!
ラーズ、よく見てろ
仕方ねーから、お前にカリスマの技をできる限り見せてやる
俺達の決着はまた今度だ
俺達なんかより、はるか上にいる奴らがゴロゴロいる
ラーズは、いつの間にか強くなりやがった
そして、俺を煽ってくる
俺はやったぞ、次はてめーだって
だから、俺もあいつを煽れた
そうやって、お互いに俺達は強くなれた
「がぁぁっ!」
崩拳でボディを打ち抜き、もう一回、拳を構える
ボッ…!
空気を吹き飛ばす、渾身の右がカリスマの顔を掠った
ボディへの崩拳を繰り返し、最後の最後でボディ軌道から顔面へのスマッシュ
温存した、ロンの本命の一撃だった
「…っ!?」
……それでも、ロンの顔が跳ね上がっている
「ロン!」
ラーズの声が遠くで聞こえた
カウンターで入れられたのは、顔面への膝
骨から嫌な音、そのまま崩れ落ちる
…ラーズ
お前の強さは、したたかさと強引さだ
こずるいかと思えば強引に行く、そのギャップ
…双竜コンビの拳で、こいつをぶっ飛ばせ
………
……
…
「次は俺だ!」
「ふふふ、それが若さだ。もちろん受けてやる」
目の前でロンがやられた
勝負だから仕方がない
だが、こいつの戦い方がムカつく
ロンを試すような態度に腹が立つ
俺達は闘技者
プライドってものがあるんだよ!
「ラーズ君、落ち着いて!」
「ラーズ先輩、熱くなり過ぎデス!」
ケイト先輩とアレックスが言う
「ロンを頼みます」
そう言うと、俺はカリスマの前に出る
パパン!
フェイントを入れながらの高速打撃
取られれば投げられるし、カウンターもあるため、速度重視だ
ゴガッ!
ゴッ!
ドゴッ!
だが、凄まじい精度のカウンター
そして、攻撃を封じるかのような強い打撃
ゴッ!
頭突きで、目の前がぼやける
パンチ…
やべっ、ガードが下がってた!
ズドッ!
「…っ!!」
やばい、意識が飛びそうだ
な、なんだこいつ
強すぎる
パワーやスピードじゃない
俺の攻撃を、違う、動き全体を見られている感じだ
「どうした、もう終わりか? 相棒君の仇は諦めるしかなさそうだな」
カリスマが、攻撃の手を緩める
「ラーズ先輩、足がフラフラに…!」
ドッ!
思いっきり体重が乗った前蹴り
ガードはされるが、カリスマを後ろに押し出す
「がぁぁぁぁっ! ふざけんなぁぁぁっ!」
カリスマのガードの上から、ボディ、フック、アッパー!
相棒を諦める?
それをクズって言うんだよ!
やってやる!
こいつ、絶対に潰す!
観戦者タフマンは、モニターから目を離せない
双竜コンビは最推しだ
東玉流は強いし、この二人の成長がたまらない
自然界には、自分より大きなシカやハイエナを積極的に攻撃する哺乳類がいる
グズリやラーテルなどだ
小さくても、丈夫な毛皮と鋭い爪、そして、何より凶暴性を持つ
数々の不良達を潰して来た、イサグ駅の奇跡
ジャイアントキリングを何度も成し遂げ、マフィアともやり合っているという噂の双竜コンビ
その集大成が今
地下格闘技のレジェンド、カリスマ喧嘩師に喰らい付いているのだ!
ズドン!
「が…は……!」
両の掌を重ねて、俺の胸に添えられる
その状態から、とんでもない衝撃が生まれた
呼吸が止まる
ぐうう…、苦しい…
寝て楽になりたい
呼吸がしたい、動きたくない
「止まるなぁ! そこだ!」
ゴドー先輩…の声か……
ここで諦めたら、部活に入る前の俺と同じだ
自分を変えたくて、俺はここにいるんだろ
「…」
その時、気が付いた
ほんの一瞬、カリスマの雰囲気が変わった
プレッシャーが軽くなった感覚
…この野郎、倒したと思って気を抜きやがったのか!
だが、逆を返せば
俺は、吞まれていたということ
気当たりというやつだろうか
カリスマの強さに呑まれていた
…勝てないと、どこかで諦めかけていたんだ
ドドドッ!
ガードを上げろ!
ガッ! ドン!
ガードをしながら打て!
基本通り、大技はいらない!
そして、ぶっ潰す!
「うおぉぉぉっ!」
ゴギャッ!
ガードにパンチが入った
だが、カウンターに顔を打ち抜かれる
「ラーズ君!?」
「と、止まらないデス!」
ケイトとアレックスが叫ぶ
ブチ切れた、狂気にも見えるラーズ
何回か見た、スイッチが入ったラーズだ
拳を連続で叩きつける
まるで、ゾーン
東斗杯選抜戦の決勝で見たゾーン状態だ
「でも、試合の時のゾーンじゃない。ラーズ君がキレてる」
「何がきっかけで、アンナ…」
ケイトは、ボクサーに襲われてラーズに助けられた時
アレックスは、初対面でラーズにボコボコにされた時に見た表情
ラーズは温厚だ
喧嘩で追い詰められても、別にキレたりはしない
では、何をきっかけに、人が変わったような狂気が出るのだろうか?
「そんなの簡単だろうが」
ゴドーが言う
「なんだって言うのよ」
「自分の弱さだ」
「弱さ?」
ラーズがキレる時
それは、空手部に入る前にタオに絡まれた時
自分の弱さに絶望し、そんな自分が許せなかった
ケイトが襲われた時も、弱い自分が許せなかった
アレックスをボコボコにしたときは、ケイトを守れなかったことを思い出した
タオの連れに喧嘩で負けた時も、腰が引けている自分の弱さに気が付いた時だった
「強くなりたい。恐怖が絡むと、その気持ちに脅迫される」
「恐怖…」
「自分や仲間を守れない。それが怖くてたまらない。そんな思いをするくらいなら、勢いに任せて暴れ回りたいってとこだろ」
「…」
「あいつは温厚だ。だが、心の奥に強さへの強迫観念と狂気を持っている。俺は嫌いじゃないぜ」
ズドッ…!
「………!」
ぐは………
カリスマの肘が俺の左のわき腹に突き刺さる
肋骨が折れた音が、体の中で響いた
「うおぉぉぉっ!!」
左の裏拳からストレート
身体を捻った時に、鈍い痛みが波紋のように広がる
クソが!
あばらなんか持っていけ!
その代わり、ぶん殴らせろ!
ドン!
「…っ!!」
顔が跳ね上がる
ロンの仇を取る
俺の相棒は負けていない
それを証明するのは俺だ!
こいつは強い
強すぎる
だからといって、相手の強さに呑まれるな
恐怖に負けないように、心が折れないように
思考を興奮で塗りつぶす
勝つために
負けないために
ぶん殴れれば、後はどうだっていいんだよ!
「おあぁぁぁっ!」
凄い技術を持つカリスマ
この冷静で、理知的な顔面を!
ぶん殴ってやる
当たるまでやってやる
興奮する野生
ぶっ潰すという理性
勝ちたいという欲望さえも置き去りにして
俺はありったけのラッシュを繰り出した
※B-1 闘技者数 現在四人




