九章 第二十話 久々のバイト2
用語説明w
ビアンカ
クサナギ霊障警備の社員、ダークエルフの女性で元軍人、圧縮空気を推進力として利用するホバーブーツという変わった装備を使う。武器はククリナイフとハンドガン
ホフマン
クサナギ霊障警備の社員、魚人の男性で元ゲリラ兵の経歴を持つバウンティハンター。ゴツい体格と風貌で、見た目は完全にあっちの人。銃火器のプロでバウンティハンターの資格を持つ
ハチオウ市 城山湖
霊障組織が秘密裏に社を作り、邪神の領域としていた
邪神に連なる者として認定される石の呪物がばら撒かれていたのだ
それを手に取った人が自殺に導かれたり、暴れた動物によってゾンビ化したり
犠牲者は百人を超える、大事件が起こった場所だ
「百人…、やべーっすね」
「あくまでも推定人数だ。もしかしたら、その倍の可能性もある」
先導するビアンカさんが言う
発見された被害者数は、六十人ほど
だが、これには行方不明者数は含まれていない
いったい、霊障組織はどれだけの被害者を生み出したのか
考えただけでも恐ろしい
「これから、どこへ行くんですか?」
「あの社の調査だよ」
「事件は終わったのに?」
「地下の空洞に、あの邪神は居座ったまま。何も終わってないわよ」
プリヤさんが口を挟む
そういや、そうだった
霊障組織は、あくまでも邪神を利用しようとしただけ
元凶の邪神は、そのまま地下に居座っているのだ
「霊障組織…、いい加減、尻尾を掴みたいもんだが、公安は何をやってるんだかな」
ホフマンさんがぼやく
ホフマンさんは、霊障組織のネクロマンサーを追っている
仲間のバウンティハンターや情報屋をやられている
許せないのだろう
「邪神へアクセスするための実行部隊は壊滅した。そのネクロマンサーも地に潜った。すでに霊障組織を離れたな」
「だろうな」
裏の世界を知るビアンカさんとホフマンさんが頷く
うむ、関わりたくない
マフィアもそうだが、裏社会は弱い俺なんかが関われば、簡単に喰われてしまう世界だ
気安く近づいていい場所じゃない
「見えたよ」
レイコ社長が振り返る
あの時の社が見えてきた
「あ、道が出来てる」
あの時は、森の中に隠されるように建てられていた
だから、斜面に建てられていただけで道なんてなかった
だが、今は土を踏み固められており、木材で階段まで作られていたのだ
「ゴーストハンター協会が主導して、正式に神社にするんだって。有名どころの神社を分祀するから、参道を作ってるんだよ」
「神社にですか?」
「あの時、この領域の主とした御霊に力を与えるためだよ。正式な神社にして、参拝客を集めて力にするの」
霊障組織が、この領域で呪物を集めて力を集めていた
その力を、この社で邪神に捧げていたのだ
だが、レイコ社長は、この社を制圧して社の主に浮遊霊を据えた
邪神に殺された霊は、その力を得て見習いの神である御霊へと成った
今後は、この御霊に信仰を与えるため、社を神社とする
呪術的なシステムを整備し、この城山湖全域の主として君臨させるのだ
本来、この城山湖はハイキングコースとなっていて訪れる者も多い
そのついでにお参りをしてもらえれば、御霊も成長してこの周辺が霊的に安定していくことになるだろう
「じ、神社って、そういうものなんですね…」
「宗教施設って言うのは、どうしようもない自然災害や戦争、病気などの不幸を抑えるための祈りの施設だもん。それに、邪神が直近にいる以上、この周辺を霊的に安定させるのは必須だよ」
俺達は、階段を上がって社に入る
「あの時のままだな」
血の跡や、破れた障子はそのまま
中央に、火を焚いていた木炭が残っている
「それじゃあ、霊視カメラで徹底的に確認。終わったら、密閉して線香玉を使うからね」
「はい。これ、何の作業なんですか?」
「もー。新たに社を立てる前に、この社の穢れを探して徹底的に浄化する。その依頼をウチで受けたに決まってるでしょ」
「素人には全然知らない情報ですけど!」
俺達は手分けして社の中と周囲を確認する
霊視カメラでも、特に霊体などをは発見できなかった
「ラーズ、見てみろ」
「はい?」
ビアンカさんに呼ばれて、俺は示された床板の下を覗く
「あれ、何ですか?」
人の形に斬られた紙が、びりびりに破かれている
その紙には、何かが書かれているように見える
数が多く、全部が破れているので何が書かれているのか分からない
「生贄だな。何らかの方法で、対応する人間にあの人型を紐づけた」
「え…」
「それが破れているってことは、当然…」
ビアンカさんが頷く
「やっぱり、あの邪神と霊障組織ってやべーんですね」
「あんな化け物を奉っているんだ、関わったら死ぬさ」
「…!」
俺がブルったところで、周囲から煙がモクモク立ち上り始めた
「ほら、外に出て。後は、線香の煙でいぶして、聖水を撒いて終わり。最後に、社を立てる前に地鎮祭を行えば大丈夫でしょ」
レイコ社長が言って、俺達を社から押し出した
「よし、いいコースだ。ピッキ」
「ぎゅっふっふ。社までの斜面を登るのは無理でござるが、こういう仕事なら任せるでござる」
駐車場に戻ると、ピッキさんが斜面を利用してスロープを作ってくれていた
「ほら、ラーズ。行け」
「はい…」
俺はプロテクターを着込んでホバーブーツを履く
ブオォォォッ!
スロープに突っ込む
急激に角度が急になり、俺は上空へ放り出される
「うわぁぁぁっ!!」
ガッ!
ゴッ!
どさっ…
「何をやってる」
「死ぬ…いつか死ぬ……」
「一回だけコツを教えてやろう」
「コツなら何回でも教えてください!」
俺はビアンカさんに食い下がる
一回聞いただけで出来るほど、俺は天才じゃないやい!
「地面の角度が水平じゃないのに、お前は体を垂直に降りようとしている」
「えーと…」
「体の角度を、着地する地面に対して垂直にしてみろ」
「あのスロープの場合は斜めになるってことですか?」
「そうだ。そうすることで、ホバーブーツの特性である滑るという行為ができるようになる」
「はい…」
ホバーブーツの技能レベル 上級
アクロバティックな三次元的運動の習得
これ、難しいし怖いんだよな…
ブオォォッ!
「…っ!!」
俺は、また上空に跳ね上がる
そして、身体を反転
同時に、身体を前に傾ける
スロープの斜めになった斜面に、身体を直角に当てるように…
ドシャッ…
「…っ!!」
俺の身体は、スロープに添うように滑る
体勢も、それほど崩れずにビアンカさんの所まで戻って来る
「で、出来た…!」
「それが着地の基本だ。常に着地点の角度と固さを把握しろ。もう一回行け」
「はい!」
ビアンカは、スロープに向うラーズを見送る
「ラーズ、うまくなったでござるなぁ」
ピッキがスロープを眺める
「空中での姿勢制御は、かなりセンスがいい。今までも吹き飛びながら受け身や回転をしていたが、大したものだ」
「空を飛んだ経験でもあるんでござるか?」
「そうとしか思えんセンスだがな…」
ピッキの冗談に、ビアンカは真面目に返す
これが、騎士学園時代のドラゴンエッグとかいう能力の賜物なのか
判断はつかない
だが、ラーズが本気でホバーブーツのレーサーを目指せば…
ひょっとするかもしれない
そう思うビアンカだった
「ふぅ…ふぅ…」
ようやくホバーブーツの訓練が終わった
俺達は、最後にもう一度、社へと向かう
「今日も絞られてたな、ラーズ」
「ま、まぁ…。ただ、ホバーブーツは防衛軍になれたとしても使える技能ですからね」
俺は、ホフマンさんに答える
太腿がパンパンだ、歩くのがきつい
特に、あれだけの大ジャンプを繰り返すと、衝撃で足がバカになって来る
「それじゃあ、俺もバウンティハンターの技術を一つ教えておいてやろう」
「バウンティハンターのですか?」
ホフマンさんが頷いて、前の木を指す
「戦場や市街戦、銃弾が飛び交う時の基本だ」
「怖い…」
「それが軍隊の仕事だろうが。いいか、戦地で障害物から飛び出す場合、一番大切なのは身を隠す場所を決めることだ」
「は、はい」
「目的地を目指して移動する場合、いきなりはたどり着けない。その場合は、現在地と目的地との間で、どこに隠れる場所があるかを把握しろ」
「隠れる場所ですね」
「そうだ。探しながら移動した場合、どうしても身を隠すのが一テンポ遅れる。最初に身を隠す場所をチェックしておき、最優先でそこに飛び込め。それが生き残るコツだ」
「わ、分かりました」
「よし、ここから社まで、やってみろ」
「はい!」
「身を晒したら、石を投げてやるよ」
「えぇっ!?」
俺は、後ろから飛んで来る石を避けながら、社まで走ったのだった
社の中にて
「社長、大丈夫そう?」
「この社と御霊の件は、これでオッケーだよ。プリヤ」
「後は、邪神をどうするかね」
「このまま放置じゃまずいと思うけど…。あんな化け物、国に任せるしかないからなぁ…」
「うーん…」
レイコ社長とプリヤは顔を見合わせた
社 七章 第二十六話 湖の除霊作戦5
ドラゴンエッグとホバーブーツ 三章 第十二話 夜の公園




