六章 第十九話 社会の裏側3
用語説明w
ホフマン
クサナギ霊障警備の社員、魚人の男性で元ゲリラ兵の経歴を持つバウンティハンター。ゴツい体格と風貌で、見た目は完全にあっちの人。銃火器のプロでバウンティハンターの資格を持つ
日没後
「…そろそろ行くぞ」
「はい」
俺とホフマンさんは車を降り、後部座席から男を下ろす
「うぅ…」
さっきよりも、顔が腫れあがってる
更に、手錠をかけられた腕が真っ青に内出血
相変わらず指が変な方向に向いている
痛そう…
いや、こいつは俺をショットガンで吹き飛ばそうとしやがったんだ
同情なんてするもんか
ホフマンさんが、こいつから目的を聞き出していた
「お前の目的は何だ」
「…情報屋を消せって言われたんだ」
「理由は?」
「し、知らない。ただ…」
「何だ?」
「雇い主の情報を掴まれたってことだろ。そんなこと、誰だって分かる」
「雇い主ってのは?」
「テロリストととして有名な人だよ。ネクロマンサーで、死者の友達って呼ばれている」
「…」
「ネ、ネクロマンサー?」
ネクロマンサーとは、ネクロマンシーという魔属性魔法を使う技術者だ
この技術によって、魔属性に片寄ったエネルギーを纏うアンデッドと相性が良く、自我があるアンデッドと契約を結んだり、自我の無い低位のアンデッドを誘導することなどができる
また、犯罪死体など、強烈な感情を持って亡くなった者の最後の記憶の情景を読み取るなど警察の捜査に利用されることもある
れっきとした専門技能であり、ネクロマンサー技能試験も行われている
ホフマンさんが、眉間にシワを寄せている
「…ホフマンさん、どうしたんですか?」
「俺のダチが追っていた賞金首が、その死者の友達って野郎だ」
「えっ…!?」
そ、その賞金首、プロのバウンティハンターを返討ちにしたってことかよ
ヤベー奴じゃん…!
「な、なぁ、全部話したんだから許してくれよ。な? 血が止まらないんだ、病院に…」
「いいぜ」
「そ、そうか! あんたいい人だな!」
「ただし、最後に一つだけ仕事を頼まれてくれ」
「な、何…?」
笑顔になった男が、すぐに警戒する
「簡単だ。………するだけだ。それが終わったら、勝手に逃げ出して病院に行くでも、雲隠れするでも好きにしろ」
「…」
「あの情報屋も俺の馴染みだった。仲が良くて、若いころから一緒に絆を温め合ったもんだ」
「う…」
「それをお前が…」
「わ、分かったよ。やるよ…」
こうして、俺達はこのヒットマンを連れてテロリストのアジトへと向かったのだった
アジトは、倉庫群の中にある小さい倉庫だった
すりガラスの窓から薄暗い灯りが漏れている
その倉庫の入口に、男が一人立っていた
まさか見張りか?
「止まれ」
俺達が近づくと、男が声をかけて来る
「…」
ホフマンさんが、ヒットマンを押し出す
「よ、よぉ…」
「…なんだ、お前かよ。危なく撃っちまうところだったぜ。さっさと声をかけろよ」
「わ、悪いな」
「ん? 誰かいるの…」
プシュ…
ホフマンさんがオートマチックの引き金を引く
男は頭を打ちぬかれてヒットマンに倒れ込み、ヒットマンが慌てて静かに横たえる
音が小さいのは、サイレンサーを銃口に取り付けているから
市街戦に特化したバウンティハンターならではの装備だ
「こ、殺したんですか?」
「…ラーズ、覚悟を決めろ。戸惑って動けなければ死ぬぞ」
「…!」
「勝負所だ、楽しむぜ」
入口からヒットマンが入る
その直前に、ホフマンさんがソードオフショットガンを持たせた
「おう、帰って来たか。上手くやっただろう…」
中から話し声が聞こえる
「なっ、おい!?」
ドン!
「ぎゃぁぁぁっ…」
戸惑った声が聞こえた直後に射撃音
更に悲鳴が聞こえた
ヒットマンがショットガンを発射したのだ
これは、ホフマンさんがさせたこと
逃がす代わりに、ショットガンを撃って隙を作らせたのだ
ドンッ!
ガゥンッッッ
ダーン!
「ひっ…」
中で銃撃戦が始まる
ドタッ…
ゴトッ
人が倒れる音
更に、蹴られて殴られる音と怒声が響いた
ホフマンさんが俺にアイコンタクト
ドアから静かに入り、ハンドガンを構える
「な、なんだおま…」
プシュッ…
動きかけた男が脳天を撃ち抜かれて倒れる
倉庫の中では、他に三人の男
二人と、今撃たれた男の三人でヒットマンをボコっていたようだ
ヒットマンが床にうつ伏せで倒れ、血を流している
背中にも傷がある、銃で撃たれて貫通したようだ
「止まれ。動いたら撃つ」
三人が動きを止める
「ラーズ、そいつらの銃を取り上げ…」
プシュッ
「え?」
話しながら、ホフマンさんが男の頭を撃ち抜いた
倒れた男の手が懐に伸びている
「ひっ…な、撃たないでくれ!」
もう一人の男が命乞い
「銃を捨てろ。これが最後だ」
ホフマンさんが無表情に言う
冷静かつ冷徹な行動
これがプロのバウンティハンターか…
「…お前が、こいつの雇い主のネクロマンサーか」
ホフマンさんが、奥のデスクに座っている最後の男に言う
「…おしゃべりな野郎だ」
「バウンティハンターと情報屋の報いを受けてもらう」
「知らねーな。何のことだ?」
カシュッ…
デスクの男のそばで、変な音が聞こえた
ガタガタガタ…
バッカン!
突然、部屋の角にあったキャリーケースが震える
そして、激しく蓋が開き、中から骸骨が飛び出してきた
「うわっ、まさかスケルトン!?」
スケルトンとは、Fランクアンデッドモンスター
低位のアンデッドであり、骸骨が物理攻撃を行う
だが、アンデッドであり疲れ知らずで襲いかかって来る上、物理的に動かなくなるまで破壊するか、霊力で霊体構造を破壊する必要がある
タフで厄介なモンスター、その特性上、銃よりも斧やバットなどの打撃武器の方が効果がある
「くっ…」
これはネクロマンサーの技能か
さっき、スケルトンの起動用魔石を踏みつけて作動させやがったな
ネクロマンサーが、俺たちの隙を突いてデスクから銃を取り出した
ガン!
「ラーズ!」
咄嗟に横っ飛び
ホフマンさんが撃ち返そうと銃を向けると…
ガッシャーーーーン!
ネクロマンサーが倉庫窓に飛び込む
ガラスを割って、外に飛び出した
「ガ、ガレルさん…!」
残った男が情けない声を出す
見捨てられたのが分かったのだろう
「…やられた」
「どうしたんですか?」
「ネクロマンサー、用心深い奴だ。蜃気楼魔法を使われた」
風属性蜃気楼魔法
スナイパー殺しと呼ばれる風属性の補助魔法
光の屈折を利用して姿をぼやけさせ、遠距離攻撃の命中率を著しく下げる
狙撃対策として有効
補助魔法は、習得の他に使いたい魔法が封印された護符を使う方法もある
この補助魔法は戦いにおいてはかなり有効で、騎士学園時代はミィが水属性霧状魔法を使って俺たちを守ってくれていた
あれも濃い霧によって視界を封じ、遠距離を無効化する補助魔法だ
…スケルトンは、俺達の足止めをした後、割れた窓から去っていった
ホフマンさんは、倉庫にいた生残りを縛り上げる
「おい…」
俺達を襲ったヒットマンは、倉庫で撃ち返されて重傷だ
「ママは…俺のことが嫌いだったんだ」
「は?」
「死に際のうわ言だ。血が出すぎだ、もう助からん」
「…」
「ずっと寂しかった…。でも、俺が悪いって思ってた…」
「…」
男は、焦点の合わない目で誰かと話している
「銃があれば…、無視されない…誰も俺を軽んじない……だから……」
そう言いながら、男は静かに目を閉じる
「…こいつにどんな過去があろうが、殺しを仕事にしている奴に情は無用だ」
「…」
「殺しってのは、慣れたら終わりだ。いつの間にか、社会に馴染めないくらい精神が変質しちまう。もう戻れない」
「はい…」
しばらくすると、車が集まって来る
警察とバウンティハンターだ
拘束された男と、撃たれて亡くなっている男たちがあっという間に運び出されて行く
「ラーズ、行くぞ」
「…まるで、何もなかったみたいですね」
戦闘があった倉庫は、すぐに掃除されてきれいになっている
血の一滴も残っていない
唯一、ネクロマンサーが割った窓だけが、ガムテープが貼られて応急処置されており、何かがあったことを推測できる
「こんなこと、バウンティハンター業界じゃ日常茶飯事だぞ」
「俺には無理です…、重すぎます…」
俺達は、やっとのことで帰路についた
疲れた…人が死に過ぎだよ、この仕事……




