四章 第二十話 メカ VS ゴースト3
用語説明w
MEB:多目的身体拡張機構の略称。二足歩行型乗込み式ロボット
PIT:個人用情報端末、要はスマホ。多目的多層メモリを搭載している
ホバーブーツ:圧縮空気を放出して高速移動ができるブーツ
霊札:霊力を込めた徐霊用の札
能面(に見える強力な霊体)にガン見されながら、俺たちは気が付かないふりを続ける
歩く、ただひたすら
目指すは出口の亀裂
亀裂は細いため、サイズ的に能面は入れないハズ
いや、入れないんだよな?
霊体だから壁をすり抜けるとかやめろよな?
ギギッ
ピッキさんのMEBが上体を少しひねる
すると、肩に取り付けたライトの光が能面を照らす
途端に能面の表情が変化、眉間にシワがよる
『ピッキ、ライトをそいつに向けないで!』
レイコ社長が慌ててPITでメッセージを送る
MEBがライトの方向を変える
だが、能面の眉間のシワは消えないそれどころか、口が大きく開く
能面の口は小さいおちょぼ口
そこから真一文字に線が生まれ、唇を無視して口が開く
唇の高さを境に能面が上下に分かれ、その中からおぞましい鋭さの針のような無数の牙が現れた
『お、怒ってる?』
『て、敵対と見られたのかも』
霊体は物理的な相互干渉は起こらない
物質と霊体をお互いにすり抜ける
だが、光熱は例外だ
特に日の光は、アンデットの霊体構造を破壊する効果があることを示している
これは、電磁波や熱エネルギーが霊体に干渉しているからだ
つまり、お化けが日光を嫌がるという通説は正しいのだ
レイコ社長が霊札を取り出す
ボボボン!
だが、一瞬にして霊札が真っ黒に染まる
それどころか、除霊グッズが入ったカバンが破裂
結界用の縄なども千切れた
「あー! 除霊道具が!」
レイコ社長がマスクの中で叫んだのが分かった
『まずい、私じゃ歯が立たない』
レイコ社長がPITで言う
『ど、どうするんですか?』
『どうもできない、逃げるよ!』
レイコ社長が走り出す
それを、俺とピッキさんが追う
『ピッキさん、社長を!』
俺が言うと、MEBがレイコ社長を摘み上げ、そのままダッシュ
MEB,意外と速ぇーな!
ボゥッ!
俺はホバーブーツでダッシュ
直線だけなら、意外と乗れるようになったんだぜ!
だが…
「なっ…!?」
気がつけば、能面が俺たちの前にいた
口の高さで分かれて牙をむき出している
表情は眉間のシワだけのくせに、怒っているのがわかる
玲子社長をPITを操作
何か妙案か!?
『ラーズが囮になって』
「…」
ふっざけんなぁぁぁっ!
嫌に決まってんだろ!
俺がレイコ社長を睨むと、またPITを操作する
『戦っても勝ち目がない。ホバーブーツで気を引いて、合図したら亀裂に戻ってきて』
メッセージを送ると、レイコ社長が行け!と言うように指を指す
「…!」
ボッ!
見捨てたら恨むからな!
俺はエアジェットを噴射
真後ろに向かって跳ぶ
「うおぁぁっ!?」
だが、また正面に能面が
こ、こいつ、どうやって移動した!?
ザザッ…!
俺はエアを切って、地面に着地
体の向きを変えて、エアジェットで飛び出す
ホバーブーツは難しい
簡単に転倒する
特に旋回時によく吹き飛ぶ
だからこその苦肉の策
最初から旋回しない
直進と、エアを切っての着地
そして方向を変えての直進ダッシュ
これにより、リスクのある旋回をしない
直進のみの方向転換を実現したのだ
もちろん、将来的にはビアンカさんのように自在に旋回をしてみたいとは思っている
ボッ!
エアを吹かして、右方向へ跳ぶ
だが、やはり能面に先回りされる
数回繰り返すが、やはり逃げられない
「…っ!!」
能面に背後から、半透明の太い棒みたいなものが現れた
何だあれ、触手か?
俺はドラゴンブレイドを構える
『ラーズ、攻撃しちゃダメ! 逃げるだけ!』
「は!?」
能面の太い触手が一気に伸びる
俺はダッキングのように頭を振り、踏み出して避ける
「嘘だろ…」
だが、気がつく
今度は、同じ触手が四本増えたことに
合計五本の触手が俺を狙う
こ、この数は無理だろ
「ラーズ、戻って!」
レイコ社長の合図に、俺はすかさず反転
ボゥッ!
エアジェットで全力疾走
だが、やっぱり俺の目の前には能面が瞬間移動
ダメだ、こんなの逃げられるかよ!
「うわっ…!?」
ピッキさんのMEBが、天井方向にライトを向ける
それも最大光度で
かなりの高さの天井が照らされる
そして、能面の本体もだ
天井には、とてつもない長さの手足や体を持つ人の体
さっきの触手は、なんと指であったことがわかる
そして、能面は頭に当たる部分から伸びていて、なんと他にもウネウネと動くものが見える
まさか、この能面…
髪の毛みたいなものってことか…?
遠近法が狂っているかのような、長すぎる手足と能面のついた触手を生やす巨人は、照らし続けるMEBに興味を持ったようだった
俺は、今のうちに走って出口へと向う
あいつの気を引かないように、エアジェットは使わない
気付くなよ…気付くなよ…と念じながら
・・・・・・
「はぁー…はぁー…」
やっと人工の光が見えてきた
MEBはライトを付けて放置、囮にした
その隙に、三人で亀裂へと逃げ込んで生還したのだ
「ゼェゼェ…」
MEBを降りたピッキさんはポンコツ
体力不足で話にならない
だが、酸素残量が危険だったため、俺が背中を押して、やっとのことで線路に戻ってきたのだ
救助の終わった駅を通り抜けて地上へ
そして、空を確認した瞬間、俺達はへたり込む
「社長、あれは何だったんですか!?」
「分からないけど、何かの神として崇められてた存在じゃないかな?」
「神? どっちかと言うと化物に見えましたけど」
「うーん…、邪悪で危険、それでも力を持つ存在を崇めるというのはある話だよ」
あの巨人のまき散らした霊力は、魔属性に片寄った瘴気
つまり、何かの邪悪な怨念、呪詛をまき散らしながら生者を喰らう存在の可能性がある
「あの遺跡の遺体と関係があるんですかね?」
「ううん、あの霊体に瘴気はなかったよ。たぶん、あの巨人の影響で呼び起こされただけだと思う」
「それじゃあ、あの巨人は?」
「分からないけど、あの遺跡とは全然違う時代に、あの巨人を信仰した集落があったんじゃないかな。それで、霊的な力を得た」
「その集落はどうなったんですか」
「あんなヤバい存在を祀ってるんだよ。ろくな終わり方じゃなかったに決まってるよ」
「…」
人類の信仰心は、霊的な存在に力を与える
信仰とは力なのだ
だが、信仰を得ても、全てが神になれる器とは限らない
信仰で得た力を喰いつくし、最終的には集落ごと滅ぼしてしまうこともある
それが、邪神や鬼神伝説として語り継がれている事例だ
「ピッキさん、大丈夫ですか?」
「ブヒー…もう帰ろうでござる…」
生身での坂道全力ダッシュ
しかも、酸素ボンベを背負って
ピッキさんは道路に転がったままになっている
「プリヤがゴーストハンター協会に報告してるから待ってて」
レイコ社長も座り込んでいる
その顔からは滝のような汗
これは、精神的なプレッシャーによるものだろう
顔色も悪い
「あの巨人はどうするんです?」
「理由はわからないけど、あそこから出て来られないみたい。再調査をしてからだね」
「除霊をするんですか?」
「私達を観察していたでしょ。あれは、また信仰しないかと待ってたんだよ。人間の旨味を知ってるってことだね」
人間が美味しいことを知って、味を占めた邪神
だからこそ、集落を食い尽くしても、まだ飽き足らずに人間をねらっている
「あんなの、倒せるんですか?」
「力のある霊能力者を集めて、霊札を大量に持って来て除霊するしかないね」
レイコ社長が、少しだけ自虐気味に言う
「力のある霊能力者…」
「神や精霊を降ろしたり、複雑で強力な術を使ったり、ね。すごい才能を持つ人はいるから」
「へー、見てみたいですね」
「…普通のゴーストハンターは、人間由来の悪霊以外は基本は戦えない。それ以上の存在相手だと、そういう稀有なゴーストハンターか騎士が相手をするの」
「騎士…」
あんな存在を相手に戦う
戦えることができる騎士
本当にすごい存在なんだなぁ…
俺は、真っ青な空を眺めながらそんなことを思ったのだった




