終
黒天馬が降り立ったのは王城圏にある、私たちの大切な場所【聖域】。
いつの間にか現れていた夕焼けが聖域の湖を照らし、水面がオレンジ色に輝く。
あまりこの時間に聖域に来ることがない分、とっても新鮮なその景色に、私は思わず頬を緩め見入ってしまう。
「……君は少し強引すぎる」
抑揚のない、でも呆れたような、不貞腐れたような感情が読み取れる声が私の頭上から降ってくる。
「ごめんなさい。嫌でしたか?」
まぁ多少強引だったかなとは思ってる。
口と口でキスしてはいないとはいえ。
不安になって私の背もたれになっている先生を見上げると、先生の頬がほんのり赤いことに気づいて、ドキリとする。
「……私のことはいい。もし勢い余って……その、口にしてしまったらどうするつもりだったんだ。女性は初めては大切にするとレイヴンに聞いたことがある。君は一生後悔することになっていたぞ」
え。
私の心配?
まぁ、確かに初キスはロマンチックに、とか考えないわけではないけれど……。
先生とできるならどんなキスでも本望です!!
……とは雰囲気的に言っちゃいけない気がする。
うん、絶対に。
「後悔なんてしませんよ」
それだけは言える。
きっと、彼となら。
後悔なんてない。
「私、そんじょそこらの令嬢とは違うんで」
ニッコリと笑って振り返れば、彼の不意をつかれたような、なんともいえない表情。
そこいらの令嬢と一緒にされてはたまらない。
いろんな覚悟を持って先生とともにあるのだから。
ザァッ──と風に凪いだ葉が揺れ落ちる。
私の頭上にも一枚の葉が舞い降りて、先生はそれを指先で摘んで退かすと青々としたその葉を私の唇へと押し当てた。
「それでも、ここはきちんと守っておけ。いつか、君が大切な誰かと口づける時のために」
「っ……!!」
私が1番大切なのはあなたです!!
心の中で叫ぶも声に出すことができない。
これじゃほんと……、まるで人魚姫だ。
その穏やかなアイスブルーの瞳に吸い込まれそうになる。
私は彼の腕ごと、押し当てられた葉を退けると、もう一度しっかりと彼の瞳を見上げて言った。
「私が大切なのは、今も昔も変わらず先生だけですからね」
その言葉に眉を顰める先生に、私はなおも続ける。
「来てくれて嬉しかったです。ありがとうございました。私の……王子様」
顔面に熱がこもって、恥ずかしくてたまらないけれど、私は彼から目を離すことなく言葉を紡いだ。
溢れ出る心が伝わりますように、と願いを込めて。
それに対して一瞬だけ目を見開いてから、少しだけ眉間のしわを引き伸ばして、先生が口を開く。
「信じて待っていてくれたことには礼を言う。ありがとう──ひめ」
その【ひめ】はきっと白雪姫の【姫】なんだろう。
それでも紡ぎ出された彼の言葉に、私は頬を緩め、夕日の沈み始めた聖域で、ただ愛する王子様の胸に寄り添うのだった。
──後日──
「先生先生先生先生ー!!」
「うるさい!!」
「あうっ。この間の演劇大会で優勝した【眠りの森の白雪姫】を、また上演してほしいってオファーが来てるらしいですよ!! どうします先生!! やっちゃいますか!? シリル王子のウブなキッスを皆が待ち望んで──」
「もう二度とやらん!!」
「そんなぁ〜〜」
今日も王子とお姫様は楽しく愉快に、そして幸せに暮らしています──。
ーENDー
皆様、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!
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これからも人魚無双をよろしくお願いいたします!!