簒奪者
この広大な土地の隅で、質素に暮らしていた我々にも、変遷の時が来ていた。
近隣諸国の生き延びた敗残兵から、見たこともない兵器で蹂躙されたと報告を受けていた。
この国にもその驚異が来れば、なすすべはないだろう。
「閣下、ご決断を」
事は一刻を争っていた。
そこへ一人の兵士が王の間の扉を乱雑にひらいた。
彼はひどく傷ついている。
「王の御前だぞ!」
兵士は、今にも事切れそうな中、大声を上げた。
「申し上げます……! 国境にガス兵器がまかれました! すでに、村がガスに覆われ、避難民が押し寄せています!」
いよいよ来たかと、私は王座から立ち上がった。
私は、祖父から聞いた話を思い出す。
祖父の、さらに祖父の代では、我々はただ平和を謳歌していたのだと。
しかし、いずれその平和も打ち砕かれる。戦わねばならないと。
「この浴室は我々の土地だ! カビキラーなどと名乗る簒奪者に臆するでない! 立ち上がれ!」
私は心にもない言葉で兵を鼓舞する。
彼らは私の言葉に踊らされ死んでいく。
そして、私は自らの言葉に踊らされ死ぬのだ。
そして、数日が過ぎた。
兵士の死体が無数に横たわる大地に、私は従者を一人連れ歩いていた。
そこに大勢の「人類」の手先が現れ、私と従者を拘束した。
自害も許されず、永劫とも思える囚われの時を経て、私はとある場所に連れられた。
そこには、ニコニコと笑うコック帽を被った若い女がいた。
「ここは……?」
「こんにちは! ここはワクワクベーカリーです!」
「わくわく……?」
「あなたには、これから、たーくさんのパンを発酵してもらいます!」
「発酵食品か……。なるほど。私の従者はどうなったのだ?」
コック帽の女は言う。
「あなたのお連れ様はペニシリンになりました!」
張り付いた笑顔に闇を感じた。