4.好奇心みたいなものだよ、多分。
実は壮大な夢だったのではないか。
真琴は一時、そういう結論にすら至った。
当たり前だ。友人に煽られて、何の主体性もないまま参加した肝試しで、もっともやる気が無かった自分だけに見える幽霊に遭遇したうえで、その幽霊──姫乃は真琴のことを大層気に入って、「彼女になってほしい」と告白までしてくるなんて、夢として片づけるのが一番しっくりくるじゃないか。
けれど、そうはしなかった。
その理由はよく分からない。
もちろん、伊藤や西村が「誰もいない空間に向かって話しかける真琴」をみていたというのもある。だけど、それだけが理由ではないような気がする。
鷲宮姫乃。
彼女のことが気になっているのだ。
多分、大方は好奇心なんだと思う。自分にまつわる大半の出来事に関してはどこか他人事で、遠くのことのように思える真琴だったが、姫乃の存在に関してはどうしても気になって仕方がなかった。
恋愛感情、ではないと思う。
どころか、友情のようなものですらないと思う。
言ってしまえば、そう。未確認生物を発見した時のような感覚。姫乃は間違いなく、真琴には無い世界や感覚を持っている。それがどうしても気になったのだ。
だから、
「まさか一人で行くことになるとはねぇ……」
西村曰く「本物の霊はちょっと勘弁」とのことで、屋上の鍵と、侵入方法だけ託されてしまった。本当は彼女たちもいてくれた方が何かと都合がいいのだけど、流石に姫乃のことが見えないのでは仕方がない。
もし仮についてきたとしても、真琴が姫乃と(もっとも西村たちに姫乃は見えないので、実際は真琴の独り言のように見えるのだろうが)会話しているところを見守るくらいしか出来ないのに無理強いは出来ない。
そんなわけで真琴は今、一人で二度目の“肝試し”を敢行している。
事前に件の女子トイレの窓の鍵を一か所開けておいたうえで、裏門から侵入し、昨日と同じ経路で屋上に向かう。一人しかいないせいか、二回目ということで手慣れたのか、昨日よりも時間はかからなかったような気がする。
やがて、屋上への扉の前にたどり着く。真琴は大きく深呼吸をして、持ってきた鍵で開錠し、やや錆びついて、建付けの悪い扉をゆっくりと開け、屋上へと一歩足を踏み入れ、
「……いた」
姫乃だ。
昨日と同じところにしゃがみこんでいる。一体何をしているのだろうか。
真琴はゆっくりと、姫乃の隣まで行き、
「や、やあ」
なんとも間抜けな挨拶だと思う。
けれど、実際どうやって接したらいいのかが良く分からない。なにせ相手は“自称”幽霊だ。
触ることも出来れば、こうして会話も出来る相手が幽霊というのもなんともおかしな話ではあるけれど、実際に伊藤や西村は認識していない以上“普通の人間”でないのは間違いない。
姫乃は呼びかけでぴくっとなり、顔を真琴の方に向け、
「お、もしかして気が変わった?私と付き合ってくれる気になった?」
真琴は一つため息をつき、
「ならんわ。一晩で私に何があったんだよ」
姫乃は、
「そりゃあもう、うちに帰って悶々としながら私のことを思い出して、自らを慰」
「してません」
姫乃はしょんぼりとして、
「じゃあ、私のことなんてきれいさっぱり忘れて、考えてなかったのね……よよよ……」
顔を伏せて、涙をぬぐう仕草をする。真琴は慌てて、
「あ、いや、考えてないってことは無いよ。うん。一応、鷲宮さんのことは、考えてた、かな」
それを聞いた姫乃は顔を上げて、悪戯っけたっぷりの笑顔を浮かべて、
「私のことを考えてたの?ねえ、なにを考えてたの?ねえねえ」
ぐぐぐぐいっと近寄ってくる。相変わらずパーソナルスペースが狭い。いっそそんな概念なんかないんじゃないかとすら思う。
真琴は迫りくる姫乃を押し戻しつつ、
「近い近い……別に大したことは考えてないよ。ただ、昨日のあれはなんだったのかなって」
「なんだったって?」
「いや、だって……鷲宮さんって幽霊なんだよね?」
「うん、多分」
多分、と来たよ。
まあいいや。
「だったらさ、なんで私は鷲宮さんのことを触れるわけ?」
それを聞いた姫乃は不満げに、
「姫乃」
「はい?」
「姫乃って読んで欲しい」
「え、なんで?」
姫乃は眉間にたっぷりとしわを寄せて、
「なんで?じゃなくて。何、「鷲宮さん」って。その他人行儀っぽい呼び方。彼女に対してそれは無いんじゃないの?」
「いや、彼女にした覚えはないけど……」
姫乃は更に語調を強め、
「だとしても!友達だとしても、ちょっとよそよそしすぎるよ!だから、ね?ほら、姫乃って呼んでよ。ね?」
ね?と言われても困る。
正直、呼び方なんてどうでもよかった。
友人の呼び方は昔から苗字で統一しているし、それ以外の呼び方は一切したことがない。これには特に理由なんてなくて、強いてあるとすれば苗字を先に知ることが多いからということくらい。
だから別に名前で呼んでもなんの問題もないはずなんだけど、
「ひ、姫乃?」
言い淀んでしまう。
なんでだろう。下の名前で呼ぶということに特別な意味なんてないはずなのに、どうしてか気恥ずかしさが混じりこんでしまう。
しかし姫乃はそんな真琴の思考回路など気にもせずに、
「よし!やっぱり第一歩は名前呼びだよね。心のハードルが低くなる気がするんだー」
心のハードル。
言われて納得してしまう。
きっと真琴は心にハードルを設けていたのだ。苗字で呼ぶか名前で呼ぶかに大した意味がないなんてとんでもない。名前呼びはそれだけ親しくなった証。それを良く知っているんだ。だからこそ自分からは絶対に、
「真琴?どうしたの?」
「あ……えっと、なんだっけ?」
姫乃が口を尖らせ、
「んもー……話の途中でしょー……はっ!まさか他の女のことを考えて、」
「考えてません。誰だ、他の女って」
「さあ?」
さあ?じゃない。
姫乃が言い出したことじゃないか。
まあいいか。
真琴は一つ咳払いをして仕切り直し、
「それで、さ。なんで私はその……姫乃、のことを触れるわけ?」
「うーん……なんでだろうねー?」
「分からんのかい」
「うん」
あっさりだった。姫乃は補足するように、
「っていうかね。幽霊っていうのも私が勝手に仮説してるだけなんだ」
「え?そうなの?」
「そ。まあ多分そうだろうって感じで」
「え、どういうこと?」
姫乃は「うーん……」と唸った上で、視線を屋上にある小さな建物に視線を移し、
「そっか……ここでは使われてないんだ」
少し、寂しそうな表情を浮かべ、
「そこの建物。それ、天文部の部室なんだ」
「てんもんぶ……」
真琴は思わずリピートしてしまう。
天文部。
聞いたことがなかった。
いや、名前自体は聞いたことがある。中学時代も、関わったことは無かったが存在自体はしていたはずで、なんなら全国各地のあらゆる高校に存在していてもなんらおかしくはないはずである。
けれど、
「天文部はね、元々私しか部員がいなかったの。だから、今、この部室は使われてないんだと思う」
そう言うと姫乃は、天文部の部室に近寄って、壁面を撫でるようにさわり、
「天文部にはね、一つの言い伝えがあるの」
「言い伝え……?」
「そう。代々伝わる笹の葉があってね。それに願いを書いた短冊を結びつけるの。それでね。その笹を七夕の夜に飾って、この屋上から飛び降りることで願いが叶う。そんな言い伝えがあるの」
「飛び降り……え、ここから?」
思わずフェンスの方に視線を移す。が、姫乃はそんな真琴の考えをくみ取るようにして、
「飛び降りられるようには見えないでしょ?このフェンスね。意外と目が粗くてね。案外簡単によじ登れるのよ。もちろん、そこまでしないと飛び降りられないから、事故防止にはなってるんだけどね」
と言い切る。真琴は未だに話についていけずに、
「いや、っていうか……飛び降りるって……それ、死んじゃうよね?願い事なんてかなわなくない?」
疑問をぶつける。そんな言葉に姫乃は、
「そうだよ。だから私は幽霊なの」
淡々と告げた。
次回更新は未定です。




