3.見える人、見えない人。
「えっと…………彼女ってのは、あの彼女?」
真琴は思わず聞き返す。が、当の姫乃は「なんでそんなことを聞くんだろう?」という感じに、
「そうよ?彼氏彼女の、あの彼女よ?恋人とかガールフレンドって表現でもいいわ」
さらっと言い切った。
つまりはこういうことだ。姫乃(真琴の見立てが間違っていなければ心も体も女性)は、真琴(正真正銘の女性)に告白をしたのだ。今会ったばかりにも関わらず。
最近は同性愛に関する議論も盛んにおこなわれていたりはするみたいだけど、だからといって真琴が“そう”だとは限らない。
いかに真琴が彼氏を作る気の欠片も無ければ、男子生徒からの告白をあの手この手でばっさりと切り捨てつづけていたとしても、イコール同性愛者ということにはならない。
真琴の場合は男性との恋愛に興味がないというわけではなく、そもそも恋愛に興味が無いだけなのだ。なんなら「人間に興味がない」と言い換えてもいいかもしれない。
とにかく結論としては、
「えっと……ごめん。私、そういう趣味はないんだ」
「えー、いいじゃん。付き合ってよー……」
そこで姫乃は何かにぴんときて、
「あ、ごめん。もしかして、もう付き合ってる彼女がいたりするのかしら?」
「いや、なんで彼女に限定されてるのかが分からないけど……」
「じゃあ、彼氏?」
「いや、それもいないけど」
姫乃はぷくっと頬を膨らませ、
「じゃあなんで駄目なの?もっと高身長じゃないと駄目?それとも、スタイルがいい方が好みなの?やっぱり胸か、胸なのか?くっそー……お姉ちゃんみたいにばいんばいんだったら良かったのかー……どうしてそこ似なかったんだろう……」
と呟きながら、ほぼほぼ真っ平に近い自らの胸を寄せてあげてみたり、揉んでみたりしている。
ため息。
「あのね、」
真琴が、勝手に盛り上がったり盛り下がったりしている姫乃に対してきっぱりとNOを突き付けようとしたその時、
「ねえ…………織原?誰としゃべってるの?」
背後から声がする。西村のものだ。織原は振り返りながら、
「誰ってここにいる、」
説明しようとして言葉を切る。
背後にいた二人の表情が明らかにこわばっている。これはどういうことだろうか。織原がしていたことといえば、天満高校の女子生徒と会話をしていたくらいのもので、
「あ」
気が付いた。
気が付いてしまった。
考えてみれば単純な話じゃないか。今、西村はなんていった?「誰としゃべっているの?」と、そう口にしたはずだ。つまり彼女には鷲宮姫乃という女子生徒の姿が見えていないことになる。特定の人間にしか見えない女子生徒。幽霊の噂。ありえないはずの結論が急に輪郭を帯びてくる。
「えっと……一応聞くんだけどさ。二人は私以外見えてないってことだよね?」
西村がすかさず、
「そ、そうだよ。織原と、私と、伊藤。この屋上には三人しかいないよ。ね、伊藤!」
話を振られた伊藤はしどろもどろに、
「え!?あ、ああ。そうだな。そうだよ。なんだよ織原。そんな当たり前のこと聞いてどうしたんだよ!」
空元気だ。
きっと二人はもう気が付いているのだ。
自分たちに見えていないものが真琴には見えていることに。
そして、それこそが幽霊の正体に他ならないのではないかという可能性に。
姫乃は、そんな状況などお構いもせずに、
「どうしたの真琴。もしかして、二人には私が見えないの?」
と聞いてくる。
二人には私が見えないの?
その問いはつまり、
真琴は再び姫乃の方を向いて、
「あの…………もしかして、だけどさ」
「なにかしら?」
「鷺宮さんって…………幽霊だったりする?」
姫乃はその問いに首を傾げつつも、
「うーん……厳密には違うかもしれないけど、近い存在かもしれないわね!」
と答える。そして、当然のようにそんな返事も聞こえていない西村は、
「ちょっと……冗談だよね?何か見えてるとか、そんなことないよね?ね?真琴」
とすがるように聞いてくる。声はやや震え気味だ。言い出しっぺは西村じゃなかったのか。実物を見ているわけでもないのにそんなにおびえているようじゃ、到底肝試しなんて無理じゃないか。きっと「そんなもの出るわけがない」と高をくくっていたのだろう。もっとも、真琴もついさっきまでは「幽霊なんてものがいるわけがない」と思っていたわけだが、
真琴は再び西村質の方を向き、
「うーん…………冗談だったらよかったんだけどね。えっと……ほんとに見えてないんだよね?私は一応、うちの女子生徒が見えてるんだけど」
それを聞いた西村がぽつりと、
「自殺したって噂なの、確か女子生徒……」
沈黙。
やがて、西村と伊藤は示し合わせたかのように、
「ほ、ほんものだぁ!?」
「お、おい、待てって!置いてくなよ!」
逃げるようにして屋上を後にする。
「あ、おい!どこいくのさ。っていうか鍵は……どう、したら……」
真琴必死の呼び止めもむなしく、友人二人は脱兎のごとくいなくなってしまった。
そんなに幽霊が怖いならば肝試しなんてやらなきゃいいのにと思うのだが、恐らくそうはいかないのだろう。人間と言うのは実に学習能力の無い生き物なのだ。喉元過ぎれば熱さを忘れる。怖すぎてもう二度と乗らないと誓った絶叫マシンも、一年たてばちょうどいい度胸試しの機械に過ぎない。
あの頃とは違う。きっと今なら大丈夫なはず。そんな根拠の欠片もない自信を胸に挑んでは、再び粉々に砕け散るのだ。人間と言うのは得てしてそういう学習能力の無い生き物なのだ。
再び溜息。
それを聞いた姫乃は、
「ため息は幸せが逃げるわよ?」
と声をかけてくる。真琴は再び彼女に向き合い、
「既に逃げる幸せなんて残ってないから大丈夫」
と、良く分からない理屈をこねる。
改めて正面から向き合ってみると、最初のイメージよりもずっと小さかった。身長は恐らく150cmあればいい方じゃないだろうか。
流れるようにして腰ほどまで伸びた黒髪。純白のカチューシャ。腕組みして仁王立ちすれば、遠目からは品行方正な委員長に見えなくもなさそうだが、この身長と、凹凸に乏しい体つきはどちらかといえば「いいとこのお嬢様」と言った感じだ。ネクタイの色からして真琴と同じ高校二年生のようだが、中学二年生と言われても正直違和感が無いくらいだ。
真琴は念を押すようにして、
「あの、さ。もう一度聞くけど…………あんたって、幽霊なの?」
「そうよ?さっきからそう言ってるじゃない」
姫乃はそこで言葉を切って、小声で、
「まあ、多分、だけど」
と付け加える。多分ってなんだ。多分幽霊なんてものが存在しうるのか。
まあいい。
真琴は話を戻して、
「それで、なんだっけ?彼女だっけ?悪いんだけどさ。私そういう趣味ないんだよね。その、なんていうの、」
あえて明言を避けようとする真琴。しかし姫乃はそんなことは全く気にもせずにばっさりと、
「ああ、ノンケってこと?」
真琴はその言葉をあえて無視し、
「そういうのじゃないの。だから、彼女になってほしいって言われても、ちょっと無理かな。しかも、まだ会ったばかりでしょ?それでいきなり付き合ってって言われても困るよ」
そんな言葉を聞いた姫乃はぐいっと距離を縮めて、
「じゃあ、良く知れば可能性はあるかもしれないってことね?」
近い。
目と鼻の先、息遣いもはっきりと聞こえるような距離に姫乃の顔があった。その目には希望を携えている。
「近い近い」
そんな彼女を、真琴は根負けするような形で引きはがして、
「まあ、良く知らない状態よりは可能性あると思うけど、それでも望みは薄いと思うよ」
「どうして?」
「そもそも恋愛に興味が無いから」
「誰が?」
真琴は自らを指さして、
「私が。ほら、良くあるじゃない。誰が好きだとか、誰が気になるみたいなそういう話。私、そういうのって全く興味ないんだよね」
事実だった。
女子同士で花を咲かせるコイバナというものが、真琴は凄く苦手だった。周りの友達みんな、誰がいい、誰が人気だなんていって盛り上がっているのだけど、その輪にいまいち入りきることが出来ない。
結果として「今は特に誰ってのはないかな」と「まあ、かっこいいっちゃかっこいいんじゃない」という二つの「切り札」を使ってやり過ごすのが常になっていた。
前に西村に「ほんとーに好きな男子っていないの?すっごい年上とか、年下とかでも馬鹿にしないから、教えてよ、ね?ね?」とまでせがまれたことがあるが、本当にいないものだから、ただただ「ごめん」と言うしかなかった。なんで謝っているのかは自分でも分からなかったが、あの時はそれが一番丸く収まるだろうとも思っていた。
だから、恋愛感情なんてものは自分には備わっていないのだ。最近はそう思うようにしている。
期待させても良くない。いくら仲良くなっても結局は友達止まりだ。それ以上になんて発展しようがない。男女の関係だってそうなんだから、女性同士なんて夢のまた夢だろう。
が、姫乃はそうは思わないようで、
「じゃあ、興味を持たせればいいのね?」
あっさりと言ってのけた。真琴は少し引っ掛かり、
「そんなこと、出来るわけが」
「出来るよ」
瞬間。
空気がぴたりと動きを止めた気がした。
純粋無垢で、天真爛漫。そんな印象を持つ姫乃の瞳が、力強く真琴の目をまっすぐと射抜いてくる。そこには確かな“確信”の光が灯っていた。
「……な、なんでそんなことが言えるのさ」
怖気づく。なんの根拠もない言葉に後ずさりする。
姫乃が淡々と、
「彼女が欲しい。それが私の願いだから。だから、こうやって出会った」
そこで言葉を切って、
「実はね、私の姿を認識したのはあなたが初めてなの」
真琴は戸惑いながら、
「それは……私がその、所謂霊感があるとかそういう話じゃないの?」
姫乃は首を横に振り、
「ううん、違うと思う。今まで屋上に来た人の中には「幽霊が見える」ってはっきり言ってる人もいた。だけど、その人には私は見えなかった。だから、私が見えるかどうかは、霊感があるかじゃないんだと思う」
「じゃ、じゃあ、なんで私には見えるのさ?」
姫乃は両手を背中に組んで、にっこりと笑い、
「それは、貴方が……真琴が運命の人だから、だよ」
運命の人。一世一代の告白のような小綺麗なフレーズをはっきりと言い切る。月の光が淡く二人を照らし出す。出前のバイクが気前のいいエンジン音を鳴らして走り去っていく。救急車が道を開けてくれと嘆願する。どこかで誰かが自販機のルーレットを揃えて祝福される。日中の猛暑を避けるようにして現れたセミが、今頃大合唱を開始する。
次回更新は明後日(8/25)の0時です。




