2.屋上と肝試しと告白
「こんなことってあるんだな……」
すっかりと日が落ち切った午後八時。真琴は一番乗りで学校の裏門前に集合していた。
メッセージアプリで母親から連絡があったのは二時間ほど前。今日は終電くらいまで帰らないから、晩御飯は何か適当に済ませておいて欲しいという内容だった。
織原家は元々母親と真琴の二人暮らしなため、母親の帰りが遅ければ必然的に真琴が勝手に出歩いていても問題はないことになる。
一応、終電近くには帰ってくるということを考えると、タイムリミット自体ははあるものの、たかが肝試し程度でそこまで時間がかかることもないだろうし、考えていた脱出プランは無用の長物となってしまった、
「まあ、いいんだけどね……」
ぽつりとつぶやいて、視線を泳がす。学校の裏門前、ということもあって人通りはほとんどない。周りは住宅街なので、怪しい人間が徘徊しているということもなければ、夜遊びの不良がたむろしているということだってない。
どこからかテレビの音が聞こえてくる。遅れて笑い声が耳元に届く。恐らくは一家団欒の時間なのだろう。
この時間帯の真琴はと言えば、大抵、部屋に籠って音楽を聴いているか、クソ真面目に学校の予習復習をしているかのどっちかだ。
別に勉強が好きなわけじゃない。成績が良くて困ることなんてなにもないからやっているのだ。
成績が良ければ余計なことを言われることもないし、こっちの要求も一つや二つは通ることだってある、いいことづくめだ。
ため息。
嫌でも聞こえてくる幸せな雑音を振り切りたくて、真琴は視線を空へと泳がす。所詮は都会の空だから、そこまで綺麗に見えはしないし、もし仮に見えたとしても、それで何かが出来るわけじゃない。地学で習った付け焼刃の知識では到底太刀打ちできないほどの広大な星空がそこには広がっていた。
そういえばこの間の授業では七夕にちなんで天の川がどうとか言っていた気がするのだが、具体的に何を言っていたのかは忘れた。一年に一回の出会いなんてロマンチックに聞こえるけど、真琴にはそこまで誰かに恋焦がれる感情が良く分からなかった。思い返してみると、男子に告白されたときも「ヤりたいだけじゃないの?」って言ってドン引きさせたような気がする。
でも、あの時は本気でそう思ってたし、なんなら今でもそう思ってる。恋愛なんて、そんなものじゃないのか。
「あれ、はやいね?もしかして、やる気満々?」
「ほんとだ。なんだよ、興味ありませんみたいな反応しておいて」
声がする。
視線を地上に戻すと、西村と伊藤がそこにはいた。
◇
そこから先はスムーズだった。
「結構雑なもんでさ、この女子トイレの鍵って警備員の人、閉めたりしないんだよね」
西村の事前リサーチのおかげもあり、真琴たちはなんなく夜の学校に侵入することが出来た。
もう少し早い時間帯ならば部活動で残っている生徒がいてもおかしくはないが、今は午後八時。完全下校の時間が午後七時に設定されていることもあって、校舎の中は実に静かだった。
「一応、正門の方には警備員がいるから、静かにね」
西村が言うには、“宿直”という制度はほとんど形骸化しているらしい。
それこそ学園祭や、体育祭などの、ちょっとしたイベントの前後は一応宿直室に教師が寝泊まりすることもあるようなのだが、それ以外の時期はほとんど機能しておらず、この時間だと警備員の人が正門に詰めているくらいのもので、それも九時ごろになったらいなくなるのだそうだ。
「ってことは、帰りは正門から出るのか?」
伊藤の質問に西村は、
「うーん……出られるとは思うけど、確実じゃないからやっぱり裏門からになっちゃうかな」
ちなみに、西村は何故か裏門の鍵も持ち合わせていた。一体どこから入手したというのだろうか。
廊下を歩き、階段を上り、段々と屋上に近づいてくる。時間はすっかり日が落ちた後だが、月の光が淡く照らしているため、足元はそこまで暗くはない。急いで、けれど大きな物音を立てないように目的の屋上を目指す。
やがて、
「ここだね」
三人は屋上の扉。その前にたどり着く。隣には乱雑に積み上げられた机と椅子がすっかりと埃をかぶってしまっている。昔はどこかの教室で使われていたのだろうか。ここに来るまでにも全く使われている気配の無い教室をいくつか目にした。少子化の波がここにも到達しているのかもしれない。
「よし……いくよ」
西村が一つ深呼吸をし、持ってきた鍵を使って開錠を試みる。
やがて「ガリャリ」という鈍い音がする。遅れて「ギイイイィィィィ」というさび付いた音が響き渡る。長きにわたり開けられていなかったのだろうか。
西村と伊藤が顔を見合わせ、人差し指を口の前にあてて「しー!」と合図をする。一体誰に向けたものなのかは分からないし、そもそもここから正門にある警備員の詰所までこんな音が聞こえるわけがないと思うのだが、突っ込むのはやめておいた。
扉が開き、一気に視界が開ける。遮るものの無い屋上は、思ったよりもずっと明るかった。
「ここ、だね」
「ここか幽霊が出るっていう屋上は」
「よっ……と」
三人は順番に扉を通って、屋上へと足を踏み入れる。
真琴の予測とは裏腹に、屋上の周りに張り巡らされた柵は、びっくりするほどしっかりしていた。
高さも身長の倍ほどはあるだろうか。これなら事故でも自殺でも、生徒が転落して死ぬなどということはまずありえなそうだ。
が、そうなると、不思議なことがある。
一体なぜ、この屋上は立ち入り禁止になったのか?
ざっと見渡す限り、そこまで広い空間ではないものの、明らかに「人が入るため」に整備された節がある。
隅の方にはベンチとゴミ箱が設置されており、生徒たちの憩いの場になるようにと考えて作られたのはまず間違いないと思う。それが、何故。
「なんだろ、これ」
考え込む真琴をよそに、伊藤と西村は二人して、屋上にある建物に注目していた。コンクリートの壁と屋根で覆われた、平屋つくりの無骨な“それ”は、カーテンが閉まっているのか、窓から中の様子をうかがい知ることは出来なかった。ドアもついてはいるようだが、
「だめだ、あかない」
鍵がかかっているらしかった。真琴も近くまで行き、
「なんだろ、これ?物置き?」
西村が、
「物置きだったらカーテンは必要ないと思うんだよねー」
その通りではある。
が、それ以外に思いつくものがないのもまた事実である。
なにかヒントらしきものはないものか。そう思って真琴が視線をさまよわせると、
「…………ん?」
ある一点で、ぴたりと止まった。
女の子だった。
しゃがんでいて、後ろ姿なので分かりにくいが、恐らく真琴たちと同じ天満高校の生徒に違いない。制服が全く同じだ。
しかし、こんな時間に制服で、というのも珍しいものだ。そういえばどこかで「外出時も制服着用」みたいな形骸化しすぎて誰も覚えていない規則を見たような気がする。それを律儀に守っているのだろうか。だとしたらなかなかに不思議な話だ。だって、そんなことよりも、完全下校から一時間も経ったこんな時間に、屋上に忍び込むことの方がよっぽど校則違反甚だしいのだから。
とはいえ、同士であることに変わりはない。真琴は女の子に話しかける。
「ねえ、君。うちの生徒……だよね?」
そんな言葉に女の子は一瞬びくっとなると、ゆっくりと振り向いて、
「…………願いが叶ったかもしれないわ」
ぽつりとつぶやくと、立ち上がり、ずんずんと真琴の前まで歩いてきて、
「私、鷲宮姫乃っていうの。よろしくね!」
にっこりとほほ笑んで自己紹介をする。その顔に思わずドキっとする。なんと純粋そうな……いや、純粋な笑顔だろうか。真琴が言うのもなんだけど、会ったばかりの相手にここまで曇りの無い笑顔を振りまけるのはちょっと凄いと思う。
「貴方はなんていうの?」
女の子に質問され、真琴は慌てて、
「あ、えっと……真琴。織原真琴」
「真琴っていうのね。私は鷲宮姫乃っていうの!よろしく!」
手を差し出してくる。握手をしようということなのだろうか。真琴は取り合えず手を差し出し返すと、しっかりと両手で握ってぶんぶんと振りまわしてくる。なんともパワフルな女の子だ。是非ともそのエネルギーの一部でもいいから分けてもらいたいものだ。
「ねえ、真琴。早速一つお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかしら?」
姫乃のパワーに押され、真琴は流されるように頷き、
「う、うん。いいよ。私に出来ることなら」
それを聞いた姫乃は更に表情をぱあっと明るくさせ、
「よかった。それじゃあね──」
言葉を切って、
「私の、彼女になってほしいの」
とんでもないことを言い出した。
次回更新は来週月曜日(8/23)の0時です。




