第二話 異世界に召喚されました
床が眩く光ってすぐ、開かれた扉の先にいた和樺ねぇと目があった。俺が姉の名前を呼び終わるよりも前に、床の光がさらに輝きを増し、思わず目を閉じてしまう。
次に目を開いた時には、見覚えのない世界が広がっていた。
灯があるため、暗くはないが閉鎖されたような空間で、風通しがあまりない。床は大理石のような、石系の素材の為か少し冷たい。
辺りを見回すと、数名の人が視界に入る。
とりあえず、天馬と月音が目に入り、少しだけ安堵する。自分だけではないみたいだ。
「なんか突然光ったんだけど、なんだったの?」
目を擦りながら話している為か、月音はまだ事態を把握していなそうだ。
天馬については、辺りを見渡しながら、事態を把握しようとしているのだが、超常現象すぎて、頭が追いついていなそうだ。
そして、俺は何となく予想が付いている。だから、頭がショートしそうになったりはしないけど。
ふむ、異世界召喚物かぁ。俺は突然こんな夢を見るほど、疲れてしまったのだろうか。
自分の脳にバグが発生してしまったのかと、別のところが心配になってくる。
早く起きて、脳のお医者さんに会いに行く必要がありそうだ。
そんなことを考えていると、周りにいた人達が近づいてきた。
「だいぶ戸惑っているようだが、すまない。私は、レイグリッド•マルベールン。マルベールン王国の現国王をしている。誠に勝手ながら、御三方をこの世界に召喚した物だ。」
厳格な雰囲気に、彫りの深い顔と白い立派な雰囲気が、誠実さの伝わる佇まい。この中で一番偉いんだろうなと、切実に思った。
そして、そんな人が俺らに頭を下げているというのが、なんとも奇妙な話だ。
「え、国王様?てか、召喚って?」
月音のわりには小さめな声だったが、鎮まり切ったこの空間ではよく響いた。
「夢じゃ、ないのか?」
天馬からしても、そういう結論に至るのだろう。だが、疑問形なのは、夢にしては、奇妙なリアル感と体感も長く感じる為だろう。
「突然のことで、驚くのも仕方がないことだろう。まずは、ゆっくりで良いから、現状を把握していただきたい。ここではなんだから、王宮の方に、移動してもらいたいのだが、構わんだろうか?」
言葉を聞いて、3人で目を合わせる。俺と月音が首を縦に振ったのをみて、天馬が答えた。
「えっと、じゃあ、すみません。まだ、夢見心地の気分が抜けないのでお願いします。」
んー、天馬もまだ、落ち着きが無いみたいだ。
天馬の答えを聞いて、まわりにいた、騎士の様な格好をした、女性の方が前に来た。
「では、勇者様方。お外に乗り物を用意しているので、御案内いたします。」
「あ、えっと、お願いします。」
えー、勇者って言った。勇者って言ったよ、この人。ベッタベタの異世界召喚じゃん。
月音が、歩きながらコソコソっと、俺に声をかけてくる。
「え、なんか勇者って言ったよ。あの人。なに?天馬、勇者なのかな?私たち巻き込まれた系?」
まぁ、確かにそんな主人公設定付きそうなのは、天馬だよな。月音も花があるけど、勇者って言葉はピンと来ないし。
「え、いや、俺のせいなのか、これ。ナギナも可能性あるだろ。」
「いや、そんな器じゃ無いだろ。」
「自分で即答するなよ。そんなこと。」
「うっ!」
月音に、軽く脇腹というか、溝辺りを小突かれた。あたりどころが悪かったのか、少し痛い。
「でも、勇者だぞ。王道なら、イケメンで完璧超人がデフォじゃない?」
「いや、最近は日陰者の主人公も多いじゃない。」
「やめて、今大声出しづらいんだから、心にくる様なこと、言わないで。」
「本当にそれで傷つく様な人間って知ってたら、言わないわよ、こんなこと。」
フッと、笑いながら返事をする、月音。
そのスマートさが、なんだかカッコいい。ちょっと照れてしまう。
「ま、まぁ、そうっすよね。」
俺の小物感、やば。
なんて、会話をしてたら、前を歩く、天馬が軽くこっちを見てきた。
「二人とも、もう調子を取り戻してきてないか?すごいな。」
俺と月音が顔を見合わせて、首を傾げる。
「いや、どっちかっていうと、なんか喋ってた方が、気が紛れるってだけよ。」
「うん。夢でも見てるんだくらいのノリでいるよ。今のところ。」
天馬は少し苦笑いっぽいけど、安堵にも近い笑みを見せながら、また前を向いた。
「それでも、その感じで入れんのが凄いと思うけどな。」
ふむ?俺的には天馬のが断然凄いけどなぁ。知らない異国の大人と普通に間とってくれようとするんだから。
今日は本調子ではなさそうだったけど、少し後ろで縮こまっている俺たちをみて、前に出てくれるんだから、十分凄いと思うのに。
「ちなみに、一つよろしいですか?」
前から女性の声がした。案内してくれていた人が口を開いたようだ。
「どうかしましたか?」
すかさず、天馬が聞き返してくれる。
「いえ、話している内容が聞こえたので、補足をしておこうかと。」
「なんでしょうか?」
「勇者様とお呼びさせて頂きましたが、我が国では、召喚によってやってきた男性の方を勇者様。女性の方を聖女様と呼ぶのが慣しになっています。どちらがということはなく、私たちから見たら、どちらも勇者様なんです。」
「あぁ、そうなんですね。……月音は聖女様なのか。」
「なによ?不満そうね。」
ジトッとした目で、月音が天馬をみる。
「いや、そんなことはないさ。」
「うんうん、月音は見た目だけなら、聖女様でちゃんと通る器だと思うな、おれは。」
「見た目だけ?」
来る前のことを忘れるなよ。トロッコ問題を心理テストなんていうやつを、聖女様なんて呼べんだろ。
「ま、私も、自分の心そんなに綺麗だとは思ってないから良いけどさ。でも、この国ではそう呼ばれるのかー。」
ふーん。って、軽く思考した後、月音はまた、口を開いた。
「うわぁ、なんか照れるー。」
えへへと、笑いながら言う月音をみて、俺と天馬は多分同じことを考えた。
いや、恥ずかしがれや、そこは。っと。
そんな気持ちを抱きつつ歩いていると、四角い何かが見えてきた。
なんていうか、結構ギラギラと外に装飾品が備えられた、半身浴でも出来そうな浴槽みたいな何かが浮いていた。
「え?なんですか?これ?」
「こちらがお話していた乗り物。風浮車になります。」
「え、なんか、豪華すぎませんか、これ?」
羽とか何もなしに浮いている物体を目の当たりにしているのに、それ以上に豪奢すぎる装飾に、月音が先に突っ込んでしまっている。
いや、でも本当になんだこれ?宝石とかちゃんと見たことないし、同じ世界じゃないにしたって、これは明らかに高そうだなって、感じてしまう。だって、ほら、箱の部分とか純金じゃないのこれ?金箔だとしても怖さあるよ。
最初から、疑ってかかるのも良くないと思っていたが、これは下手に触って傷つけて、法外な賠償金を請求されるパターンではないだろうか?そのまま、奴隷の如く働かされそうだ。
「どうでしょう?気に入っていただけましたかな?我が国で、1番豪華な風浮車であることに間違いはないでしょう。」
王様が凄い自慢げに語っている。そして、どうぞと俺たちに進めてきてる。
そこへ騎士団らしき人達が近づいてきた。
「ほら言ったではありませんか、父上。過去のデータから考えて、庶民的な方が多いから、下手に派手な物だと引かれてしまうと。」
ギラギラの風浮車なる物に気を取られて、気づかなかったが、この遺跡?のようなものの外には、結構な人がいたようだ。近づいてきた人達以外にも、同じ鎧を付けた人が視界の端に映った。
その一部を率いて現れたのが金髪に碧眼の、絵に描いたような王子様だった。
俺たちに王様だと言ったおじさんを父上と呼んだということは、本当に王子様ということなのだろう。
「ううむ、だからこそ気に入って貰えるかと思ったんだがな。」
納得いかなそうに、首を傾げてますが、王子様の言う通りです。成金趣味はないからねぇ。
「うーん、王様には、申し訳ないけど、こんな派手なのはねぇ。インスタとかあれば違うんだけど。」
「こんなところまで来て、フォトジェニックっすか?」
「だって、映えそうじゃない?」
いや、否定はしないけどもさ。
「ありますよ、インスタ。」
王子様が、なんのことなさそうに言うが、3人揃って一度思考が止まる。
「……え?あるんですか!?」
あれ?ガチの異世界転生したと思ってたのに、夢落ちルート入りやがった。
よし、そんな異世界があってたまるかとツッコミながら目覚めよう。
「はい。前回の勇者様が立ち上げて、今もなお、国民から愛されているコンテンツの一つです。」
全然、目覚めない。てか、あれ?前回の勇者?そういう世界線なのか?
「まぁ、近しいものなんですが。こちらが、僕のアカウントです。」
そう言って、空間に画像が表示される。何もないところに、何かを表示出来るのか。まぁ、風浮車の時点から予想できていたが、魔法世界ではあるようだ。
「これは画像ですが、こうやって立体的に表示することもできるんですよ。」
「うわぁ、凄い凄い。えー、やばいよぉ。なんかもう、やばいよぉ。」
あ、月音が語彙崩壊を始めてる。だいぶテンション上がってる証拠だな。もう緊張とか、不安とか色々とんでそうだ。順応し始めてる。
なんとなく少し引いて、周りを見渡すと、天馬が見えた。
「うわ、動いた!おお、凄い。結構簡単に動かせますね。」
「いえいえ、流石勇者様です。最初から、全く暴走させずに動かせる人なんて、ほとんどいませんよ。本来は、私が入れすぎた魔力を調整するんですが、全く必要無さそうです。」
さっきのお姉さんに、風浮車の乗り方を教わってやがる。てか、もう扱えてるみたいなんだが、流石過ぎないですか?
ていうか、二人とも流石のコミュ力だなぁ。俺どうしたらいいんだよ?
あの豪華な風浮車の前で悲しそうに佇んでる王様に話しかける能力は、おれは持ち合わせてないし。
ふむ、悩んでる間に、天馬は風浮車乗りこなし始めてるしなぁ。
「ナギナぁ!」
月音に呼ばれた気がして振り返ると、パシャッと音はしてないが、そんな雰囲気がした。
「月音、なんかした?」
「うん!3D撮影の仕方、教えてもらったの。」
「え?もう、そんなの出来るようになったの?」
これが異世界チートってやつなのかなぁ。なんなの君たち。
「多分、ナギナもすぐ出来るよ。誰にでも簡単に使える魔法だからこそ、流行ってるらしいし。」
あぁ、なるほど。確かに娯楽に近い魔法が高位魔法だったら、手が伸びないもんな。
「ほら、みてみて!今撮ったナギナの顔面取り出してみた!」
ゴロッと、掌サイズの俺の顔面が月音の掌で転がっている。
「なんだそれ!?グロ過ぎないか?完全に生首じゃねーか!」
「ね?可愛くない??こういうキーホルダーとかあるよね。」
「俺たちはなんて罪深いことをしてたんだろうな。デフォルメの力って偉大だ。」
「なんか、ネジとかないかな?」
「やめろやめろ、ホラーすぎんだろ。そんなリアル顔面カバンにつけてたら、悲鳴しか上がらんぞ。」
「外れたネジを戻してあげようと思ったのに。」
「おい、どういう意味だそれ?」
隣で一通りの流れを見てた、王子様が驚いて止まっちゃってるじゃねーか。
と、思ったんだが、突然、くふふ、と笑い出した。
「今回の聖女様は、結構変わった方なんだな。」
そう言いつつ、口元が緩んでる。
えぇ!?王子様ダメだよ。軽くでも、こんなので好感度を上げちゃうのはまずいよ。
「え?そうかな?みんなはしないの?」
「3D画像をそのままアクセサリーにしたり、フィギュアにするのは難しいですが、確かに3D画像を元にそういったものを作ってくれるサービスは沢山ありますよ。」
「おお!いいね。いずれやりたいな。」
「画像は厳選しろよ。」
「うん。これはとりあえず、候補に入れとくね。」
「逆だ。とりあえず候補から外して欲しいんだ。」
そんな感じで、異世界に軽く触れることで、俺たちは一応気持ちを落ち着かせることは出来た。
一通り遊んで、そろそろ移動かなぁという雰囲気が出始めてる。
そこで、何かに気づいた月音が口を開いた。
「あれ?王様、落ち込んじゃってるのかな?」
「あぁ、まぁ、そうかもな。」
「みなさんが気にすることではありませんよ。父上のミスです。」
結構、お父さんには辛辣なんだな。まぁ、年代は俺らに近く見えるし、そんなものか。
「あの姿撮ってさ、インスタにあげたら日本だったら総叩きだよね。」
「やめてやれよ。そういうの!」
まぁ血税って考えると、ほとんど納めたことのない俺らでも、引いてしまうところはあるよな。
「一応フォローしておくと、あれは父上の魔力が根幹となっているので、値の張るようなものではないですよ。」
あ、はい。申し訳ないです。王子様に、フォローさせるような形を取ってしまった。
「はい!ですので、すでに国王様用のアカウントで、ツイート済みです!」
知らない間に、天馬と騎士のお姉さんも来ていたようだ。結構、酷いことを勝手にするんだな。
「国民の反応も上々ですよ。王様可愛いなど好意的な意見が多数を占めています。」
めっちゃ現代的じゃねーか。上手いこと、部下に使わせてやがる。
節々に感じるこの現世感は、なんなんだろうか?
世界説明はまた次話になります。
ノロノロですいません