第18.5話 ラシュア・ナイヤゲル
ラシュア視点のお話です
勇者様という存在は、私にとって漫画の世界の物だった。
学校で習った歴史の中で、勇者様達について学ぶこともあったけど、それよりも漫画の世界で見かけるものの方が身近だった。
私達の世代は、ちょーど勇者様達と近い年齢で勇者様が現れるって事で憧れの強い子も多かったりする。
まぁ、実際は魔王を倒すまでは、私たちが出会うことなんてほとんどないし、倒した後でも、一般人と関わる確率なんてほんと一握りだとは思うんだけど、それでも女の子達の憧れって感じよね。
まぁ、だからって本当に出会えるなんて思ってないし、漫画みたいに死にかける様な体験はごめんだと思っていたんだけどなぁ。
最初会った時は、異国の男性だと思っていた。
勇者様達に、近しい人種の人間が異国にはいるから。
あの時はまだ、勇者様が召喚されたのは知っていたけど、顔などの情報は公開されていなかったし。
だから期待もしていなかった。
ああ、このまま死ぬんだ。
ただそう思う他なかった。
炎融熊の番の獣と出会った時は、近くに人がいればって思っていたけど、ネアが動けない中、黒衣獣と相対した時、死を悟る以外の選択なんてなかった。
バーツは彼女との結婚資金を貯める為に日々頑張っているし、ネアもいつか自分のパン屋さんを開く為に開店資金の為に、日夜頑張ってる。
私にはそう言ったものはなかった。二人から誘われたから、冒険者を始めたし、飲み代とか遊び代以外は大体貯金に回してた。
貯めたからって使い道もないんだけど。
だから、あの日も恐怖はなかった。
ネアのパン屋さんに行くことが出来ないのが悲しかったけど。ただそれだけだった。
一人で生きてまで、したいことなんてない。
そんな風に思ってた。
でも、今は違う。
私はあの日見てしまった。
腕を埋め立てるナギト様の姿を。
テンマ様が現れた後、一人でにフラフラと歩いて行く彼を、他の騎士様達が現れた事で、ネアや騎士の人を委ねて、ナギト様を追った。
そこでナギト様は、取れた腕を接着させていた。
当たり前だ。黒衣獣の攻撃を喰らっているんだ。ただで済むはずがない。
腕を犠牲にしてまで、私たちを守ってくれたんだってよくわかった。だからこそ、なんて声をかけたらいいか分からず、近くに行くことができなかった。
どうしようかと悩んでいると、ツキネ様が現れた。
ツキネ様の会話から、腕について触れられることはなかった。あんなボロボロなのに、怪我が無くてよかった、とそんな言葉が聞こえてきた。
ツキネ様の冗談にも見えないし、ナギト様もホッとして見えた。
ナギト様は、怪我の事を隠したいのかなと思ったが、何故わたしには見えているのかあの時はよく分からなかった。
ただあの時は、ツキネ様を心配させたくなかったのかなと、そう思うしかなかった。
ツキネ様が去った後、ナギト様は腕を埋め立てて、移動してしまった。
腕を犠牲にしてまで、私達を守ってくれたこと。そのことを知っているのは、騎士様は気を失っていたし、ネアも私への罪悪感泣き腫らしていた。ナギト様の戦いを目にしていたのは、私だけなんだ。
だからこそ、これを知るのも私だけ。
ナギト様が隠したいのなら、そうすべきだとは思ったが、私たちが守られた方法を、私が忘れたくはなかった。
だから、腕を取り出して、写真だけでも残した。
ここまでしてくれた人に、少しでも感謝を変えそうと、少しでも役に立ちたいなって、そう思っていた。
ただその時はまだ、それだけの気持ちだった。
助けられたことへの感謝。ネアを守ってくれたことへの、お礼を何か出来ないかなって、返せないかなと思ってた。
でも、漫画やアニメとは、現実は違う。
あの日、黒衣獣から生き延びることが出来て、私とネアは彼らが勇者様と聖女様じゃないかと、予想しその予想はすぐに正しかったとわかった。
彼らの為に出来ることを二人で色々と考えて、少しでも役に立てればと思っていた。
けれどそれと同時に、本当に勇者様だった事で、もう一度会うことは恐らく無理だろうなと、半ば諦めていた。
一般人が勇者様に会う機会は少ないし、街中で見かけても、無闇矢鱈に話しかけるのは、マナー違反だし。
お礼ぐらいと言いたいが、今後もたくさんの人を救う方々なんだ。
お礼状という形で国に届けたり、SNSで思いを飛ばすことは出来るのだから、実際に話すのは難しい。
まぁ、それは仕方ないことだ。お礼はしたいけど、勇者様達の邪魔はしたくないからね。
だからこそ、ネアと二人で出来ることをたくさん考えたんだから。
自己満かもしれないけど。
だけど、そんな中でとある事が起こってしまった。
会えないことはわかってる。わかってるけど、でも道ゆく人の中に、勇者様が混ざってたら良いなとか、この人が勇者様だったらなとか、思っても仕方ないと思うんだ。
そんな風に人を見る事が多くなっていたときに、一人の人が突然見え方が変わった事があった。
この国の一般人のように見えていた人が、突然ナギト様の容姿に変わって見えたのだ。
しかし、他の人は気にも留めていなかった。
写真も公開されていて、この国の人とは異なる、勇者様らしい顔立ちの人間が目の前に立っていて、一切視線を向けないとか、この国の人だったら有り得ない。
みんな声をかけずとも、視線くらい飛ばすものだ。
なのに、誰も気に留めていない。
とうとう私はおかしくなったのか?
そんな風に思ったが、明らかにナギト様だった。でも、声をかけるわけにもいかないし、そう思い、心の中でお礼を言って、ネア達と合流して、気を散らした。
けれど、数日おきにナギト様は顔を見せるようになった。
しかしその事実に気づいているのは、私だけのようにも思えた。
ナギト様はソロ用の狩りにしか行ってなさそうだし、困ったりもしてないから、助けたりは出来ないけど。
会えた時に、遠くから眺めるのが少し楽しみだったりした。
だからこそ、ナギト様がソロ以外の依頼を見始めた時はどーにか仲間になれないかと考えていた。
でも、最初数日は、見るだけで仲間を探している雰囲気もなかったし、ソロ狩りに出てしまったから、見てるだけかなって思ってたけど、ある日周りを見ながら悩んでいる姿が目立つようになった。
これは、仲間を探しているの?そうじゃない??話しかける勇気がないって事なら、もしもに備えて作っておいた理由もある。
余計なお世話かもしれないけど、困っている可能性があるなら、助けない理由なんてない。
まぁ、人となりを少しでも知りたいなっていう、下心は多少あったけど、助けになりたい気持ちに嘘はなかった。
ただその下心が良くなかった。
ナギト様は知れば知るほど、これまでの勇者様と比べると凡人に近い能力の持ち主だった。
これまでに不遇な扱いを受けた勇者様は何人かいたが、誰もが何かしらの能力に秀でていた。
現在魔法属性は24に分けられているが、昔は10とかしないこともあった。存在しない魔法属性を得た勇者様達が無能扱いされるって言う、最低な出来事だけど能力がなかった人はいなかった。
唯一、魔道具の機能を爆発的に上げた勇者様だけは、本当に魔法の適正が凡人以下の人がいたけど、豊富な知識と発想でこの世界の文化を驚異的に引き上げた事があったけど、その人を除くとナギト様は、最も魔法能力に優れていなかった。
全ての魔法属性を使えるのは、魅力的ではあるが、本当に基礎的な魔法しか使えず、実用に値しないものもある。
彼が今の時代、不遇な扱いを受けることなんてないけれど。
あの時、黒衣獣と相対し生き残った事が奇跡と言っても良かった。
ナギト様の性格的に、能力や技術が明らかに足りないこともわかっているし、不可能だとも思ったはずだ。
それでも、大怪我をしてまで、私達を守り戦うことを選んだのが、ナギト様なのだ。
そのことに気づいた時、だんだんと体が熱を纏うようになっていた事に気がついた。
それでも、気持ちを悟られないように、自分自身でも気づかないように心がけていたのに。
名前も違う彼だから、あだ名で呼ぶ事だけを唯一の願いとして、彼を見ていたはずなのに。
ナギト様にもう一度助けられて、自分の気持ちに完全に気づいてしまった。
漫画の様な恋愛に、憧れたことなんてなかったのに。
私には、この腕しかないのに。
作り物の手で触れられた頬が熱を帯びた。




