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第9話

 レイドはこの日、畑仕事が終わってから【魔導書】を使って北東にあるバルクの町に、カトレアと共に来ていた。


 仕事で使う堆肥や石灰、肥料などは荷馬車で村まで売りに来てくれるので町にくることはないが、日用品などは町に足を運んで買うしかない。


 数ヶ月に一度は来ていたが、今回の目的はカトレアの服だ。


 恐らく当分は家で一緒に暮らすことになるだろうと思い、服や他にも必要な物があるなら買っていくつもりだった。


 本人を連れて来たのは、女性物の服のサイズが分からないからだ。



 「カトレア、この町で君の服を買うんだけど何か希望はある?」


 『ありません。マスターの指示に従います』


 「遠慮しなくてもいいんだよ。お金も少しはあるし、かわいらしい服がいいとか、ピシッとした感じの服がいいとか――」


 『興味ありません』


 「あぁ……そう……」



 人でないと分かっていても、冷たい言葉を言われるとグサッと心に痛みが走る。


 やはり人間らしい感情は無いんだな。と改めて思ったレイドは、カトレアを連れて町で数軒しかない服飾店に入る。



 「はい、いらっしゃい」



 店の奥から、白髪交じりの男性が出てきた。銀縁の眼鏡をし、痩せた外見は神経質そうに見える。この店の店主のようだ。


 最初は笑顔だった店主だが、レイドとカトレアの姿を見るなり態度を変える。



 「なんだ、オルド人か。この店にはオルド人に売る服なんてないよ! 帰った、帰った」



 店主は犬を追い払うような手振りで、レイドに出て行くよう促す。



 「そうですか、分かりました」レイドは素直に従い、店を出た。


 

 無表情で見つめるカトレアに、レイドは苦笑しながら説明する。



 「よくあることなんだ。俺みたいなオルド人だと、取引したくないって店も多いしね。だけど、この町には普通に買える店もあるから探しに行こう」


 『はい』



 カトレアはそれ以上何も言わず、レイドの後について行った。次の店に入ると――



 「いらっしゃいませ~」



 満面の笑みで、少し太った中年の女性が歩み寄ってきた。今度はオルド人と分かっても、偏見なく迎えてくれる。



 「今日はどのようなお洋服をお求めですか?」


 「妹の服を買いに来たんです。似合いそうな服を選んでもらえませんか?」


 「まーかわいらしいお嬢さんだこと! いいわ任せて」



 そう言って、楽しそうに服を選ぶ女性に、



 「あ! なるべく肌が隠れる服でお願いします」


 「まあまあ、お兄さんも心配でしょうからねー。特にこの年頃の女の子は……。分かったわ、肌の露出を押さえて、と」



 店主はカトレアに服を()てがいながら、甲斐甲斐(かいがい)しく選んでいく。


 一通り揃えてもらったので、女性にお礼を言って服を購入し、お店を後にした。


 選んでもらった服は女性らしいものではなく、長袖のシャツに動きやすいズボンなど、注文通り肌の露出が少ないものだ。


 ――これでフード付きのマントなんかを着せれば、人間にしか見えないだろう。


 他にも男物の靴を履かせていたので靴屋にも寄り、合いそうな靴を探す。男物の靴を履いている少女を、靴屋の店主は眉根をひそめて見ていたが、レイドは気にしないように靴を選び店を出た。



 「あとは手袋か……」



 カトレアがはめていた手袋は畑仕事に使う厚手の物だ。普段女の子がつけるような物じゃない。


 別の服飾店などを回り、適当な物を見つける。思い付く限りカトレアに必要な物を買ったレイドだが、これで大丈夫かと不安になる。


 ――女の子と一緒に買い物に来るなんて初めてだからな……。



 「あ! そうだ。髪を洗う道具とか欲しくない?」


 「……私の肌や髪は汚れが付きにくく落ちやすいので、必要ありません」


 「そ、そうなんだ……便利でいいね」



 買い物を終えると辺りも暗くなってきたので、レイドは家に帰ることにした。【魔導書】で移動しようとすると、かなり目立ってしまうのでレイドは人目につかない裏通りへと向かう。


 ――結構、お金使っちゃたな……まあ、仕方ないか。


 レイドが人のいない通りで【魔導書】を出そうとした時、急に声をかけられる。



 「おい、兄ちゃん! ずいぶんかわいい子を連れてるな」



 通りの向こうから数人の男が出てきた。腰には剣をぶら下げ、薄笑いを浮かべている。


 屈強な体格で皮鎧を着ているが、露出した肌の部分には傷跡なども目立つ。



 「え? あの……何か用でしょうか?」


 「おいおい、何だオルド人じゃねーか! いいよな、オルド人のくせに結構金持ってるみたいでよ。それに比べて、俺達は金がない貧乏人なんだぜ」


 

 ――買い物をしている所を見られていたのか……どうしよう追剥かな?


 近づいてくる男の後ろで、他の男達はへらへらと笑っている。レイドは冒険者崩れの人間が、追剥などを行っていると聞いた事があった。



 「なあ、かわいそうな俺達に酒代を恵んでくれないか? 兄ちゃんは人が良さそうだし、いいだろ!?」



 男がレイドの肩に手を乗せようとした瞬間、ボキッと嫌な音が聞こえてきた。レイドが見ると、男の腕が変な方向に曲がっている。



 「なっ!? なんだ! ぎゃあああああああ!!」


 「おい! 何しやがった!?」


 「この野郎! ぶっ殺せ!!」



 後ろにいた男達が剣を抜き、レイドに向かって来た。何が起きたのか分からないレイドは慌てふためく。



 「い、いや! 俺は何も……」



 男達が襲ってくるとレイドはパニックになり、頭を守るように腕を上げ目を瞑った。


 斬られる―― そう思った瞬間、キイィィンと金属音が鳴り響く。


 ゆっくり目を開けると、カトレアが腕で剣を防いでいた。斬りかかった男が驚いていると、カトレアは男の顎を蹴り上げる。


 ぐしゃりっと嫌な音がしたと思うと、男は血を吐いて崩れ落ちる。


 ――この子……こんなに強いのか!?


 迫って来る二人の男にも(ひる)む様子がないカトレア。


 剣で斬りつけてくる男の前でくるりと回り、放たれた後ろ回し蹴りは、綺麗に男の(あご)(とら)えた。


 男はガクンッと膝を崩し、その場に倒れ込む。


 もう一人の男が振るった剣も軽くかわし、カトレアは男の顔面を殴りつけた。骨が砕ける音がして男は吹っ飛び、そのまま昏倒してしまう。


 レイドが呆気に取られていると、カトレアはスタスタと倒れた男の元へと歩いていった。



 「な、何する気だ!?」



 嫌な予感がしたレイド。カトレアは何も答えず、右手の人差し指を男の顔に向ける。


 指に光が収束していく。レイドは反射的に駆け出していた。



 「待って!」



 レイドがカトレアの腕を強くつかんで引っ張った。


 指から放たれた光は逸れ、男の顔の真横に着弾する。


 地面には深く大きな穴が空く。衝撃で目覚めた男は状況が飲み込めなかったが、すぐ横の穴を見つけると「ひいっ」と素っ頓狂な声を上げ、慌てふためいて逃げて行った。



 「ダメだよ、カトレア! あの人、死んじゃう所だったぞ!」


 『マスターを守るために必要な処置です』



 平然と言う少女に恐怖さえ覚えたレイドだったが、ここに長くいるのはマズイと思い【魔導書】で転移する。


 逃げるように家に入ると、ジャックが鳴声を上げながら近づいてきた。


 

 「ああ……ジャック、ただいま」



 日常に戻ったことにホッとするが、問題のカトレアは扉の前で無表情のまま立っている。レイドは座るよう促し、自分も椅子に座ってカトレアと向き合う。



 「カトレア……君が強いのは分かった。でも人を傷つけるのはダメだ!」


 『なぜでしょう? あの者達は襲ってきました』


 「まあ、そうだけど……お金を渡せば穏便に済んだかもしれない」



 カトレアは不思議そうな表情をして首を傾げる。ああ、理解できないんだなっと思ったレイドは、何とか伝えようと考えた。



 「カトレア、守ってくれるのは嬉しいけど、やり過ぎはダメだ。君は圧倒的に強いんだから、加減することも出来るはずだろ?」


 

 カトレアは少し考えるような表情をしたが、言っていることは理解したようだ。



 「分かりました。マスターの警護に支障が出ない範囲であれば相手に手加減することは可能です。ですがマスターが危険になった場合、その指示には従えません」


 「うん、分かった。それでいいよ」



 本当は暴力自体やめて欲しかったレイドだが、カトレアが納得しそうになかったので諦めることにした。



 「カトレア、腕を見せて」



 切られた腕を見ようとしたレイドだったが、カトレアの腕には傷一つ付いていない。切れているのは服だけだった。


 ――普通の鉄じゃないな……もっと頑丈で軽い金属だ。


 レイドは買ってきた服をカトレアに着てもらい、不自然じゃないか確認すると、その日は眠ることにした。


 この一件が、各所に波紋を残すことになるとも知らずに――

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