第8話
「すまなかったな、グスタフ……」
城門の前で別れる際、オルスはグスタフ達に謝罪した。
「お前が悪い訳じゃない……俺が宰相の立場だったら、同じように疑っただろう。まあ、何にせよ疑惑が晴れて良かった」
そう言ってグスタフは仲間と共に、城を後にした。
「グスタフ達は帰ったか……」
「はい、城を出たそうです」
執務室で腕を組みながら、考え込むように座るデミトゥリス。机の前には行政長官が、額の汗をハンカチで拭いつつ立っていた。
「彼等には申し訳ないことをした」
「しかしダンジョンを攻略したのが“黒剣”でないのなら一体誰が……」
迷いの森のダンジョンが攻略されたことは城内でも話題となり、王の耳にも入ってしまう。そのためデミトゥリスは説明に追われた。
「まさか、立て続けにダンジョンが攻略されるとは」
「この国の者でしょうか?」
行政長官が口にしたように、登録されていない者がダンジョンに入っているなら他国の人間である可能性もある。
だが国境管理も厳格に行われているため、国内の人間が攻略したのではとデミトゥリスは考えていた。それが一人なのか、グループなのかは分からない。
「どちらにせよ、ダンジョン攻略の方法を知った者だな。恐らく他のダンジョンも攻略しようとするだろう」
「いかがなさいますか? 国内のダンジョンを閉鎖することも出来ますが」
「いや、それより我が国のダンジョンが攻略されたことを他国に知られないようにするのが先だ。我々が古代の秘宝を手に入れたと思われれば、帝国との余計な摩擦が生まれるやもしれん」
「分かりました。ではギルドや、城内の者に箝口令をしきます」
行政長官は一礼し、執務室から出て行った。考え込むデミトゥリスだが、予想を超えた事態が次々起こるため、彼もまたどうすればよいか分からなかった。
◇◇◇
迷いの森の迷宮から帰って来た翌日、朝目覚めたレイドは異様な光景を見る。
ピンクの髪の少女が、部屋の中にある椅子に姿勢正しく腰を掛け、無表情に一点を見つめていた。
「あ、あの……一晩中そうしてたの?」
ベッドから起き上がり、恐る恐る聞いてみるレイド。昨晩「布団を用意しようか?」と聞いた所、必要ないと言われ、そのまま就寝した。
まさか、ずっと起きているとは思わなかったレイドは、かなり困惑している。
『はい、私は眠る必要がないので』
「ああ、そうなんだ……」
レイドはこの少女をどうすればいいのか悩んでいた。明らかに人間ではないが、かと言って物扱いする訳にもいかない。
――食事はいらないし、寝なくても自然に体力は回復するって言うけど。今後どうしていけばいいんだろう?
答えは出ないが、畑仕事には出かけないといけない。
「ちょっと出かけてくるよ。悪いけど家で待ってて」
レイドが鍬を肩に担ぎ、扉を開けて外に出ると――
「え? ついてくるの?」
少女は当たり前のように、レイドの後について来る。
『私はマスターをお守りするのが役割ですので』
「いや、でも連れて行けないよ。留守番しててくれないかな?」
『それは出来ません』
「ああ……ダメなんだ……」
レイドは仕方なくジャックと少女を連れて畑に向かった。途中でフィーネがレイドに気づき近づいてくるが、ピンクの髪の少女を見ると怪訝な顔になる。
「レイド兄、その人誰?」
「うん、姪っ子が遊びに来てるんだ。畑仕事が見たいって言うから、連れて行こうと思ってね。ハハハ」
「ふ~ん、そうなんだ」
フィーネは怪しむような目で、少女の全身を見る。
――マ、マズイ……俺の服を無理矢理着せているし、金属の部分を隠すため手袋やスカーフなんかも巻いている。
――フィーネみたいに若い子が見れば明らかにおかしいだろう。
「さ、さあ行かないと! フィーネも仕事がんばれよ」
レイドは逃げるように話を切り上げ、少女の手を引いてその場を後にする。残されたフィーネは、疑いをより濃くしていた。
「ふぅ~……絶対変だと思われたよな」
――このままじゃ、いずれ問題になりそうだな。
レイドは畑仕事を一通り終えると、帰り道でフィーネに会わないよう、【魔導書】を使って家に帰ることにした。
転移して家に入ると、少女は立ったまま動かない。
「座ったら?」と言うと、昨日と同じようにダイニングの椅子に座る。少女は基本的にレイドが話しかけない限り、自分から話す事は無かった。
「君、名前は【カトレア】って言うの?」
――確かダンジョンの最下層で、そう言っていたはずだ。
『はい、それは私の識別ネームになります』
「そうか、じゃあ今後はカトレアって呼ぶよ。明日町まで買い物に行くから、カトレアも一緒に来てくれ」
「はい、マスター。お供します」
町には日用品なども買いに行かなければいけない。レイドはそこでカトレアの服も買おうと考えていた。
今の格好のままでは、あまりにも不自然すぎる。
そして今日もカトレアは椅子に座ったまま、一点を見つめ夜を過ごすつもりだ。何とも落ち着かない気持ちになるレイドだが、慣れないといけないと思い、我慢して眠りに就いた。
◇◇◇
モルガレア公国・王城――
国王ルドルフ・モルガレアの部屋に、王女のニーナが来ていた。国王のルドルフは最近体調を崩し、ベッドに横になっている。
「お父様、ダンジョンが攻略されたと城で噂になっておりますが、本当でしょうか?」
ニーナがベッドの脇に寄り添い、父親に話かける。
「ああデミトゥリスが報告してきた。間違いないそうだ」
「そうなのですか……攻略されたダンジョンはどうなったのでしょう?」
「中にいたはずの魔物や植物が消え、採掘していた資源も取れなくなったようだ。ギルドの長官は、ダンジョンが機能を停止したと言っていたな」
「では、国の資源採掘に支障が出てくるのでしょうか?」
「いや、ダンジョン内はもともと危険だからのう。採掘量が多い訳ではない。ダンジョンが機能を停止しても、直ちに国が困ることはない」
「そうですか、安心しました。でも“秘宝”の行方は分からないのでしょ? 何故攻略した方は名乗り出ないのでしょうか?」
王は顎髭を撫でながら、考え込むように目を閉じる。
「詳しくはまだ分からん。だが、もし攻略したのが他国の間者なら名乗り出ることは無いだろう」
「そのようなことが!?」
「あくまで可能性の話だ。だが、アレサンドロ帝国ならばやりかねまい。今のままでは、いずれ帝国と戦争になるやもしれん。我々には自国を守るための“力”が必要なんだ」
ベッドの上で咳込む王の背中を優しく摩るニーナ、王の心労が分かる彼女にとっても、心苦しい話だった。
「何にせよ“秘宝”を手にした者は必ず探し出さなければならない。そうしなければ、この国に未来はないだろう」