第46話
戦いに参加していたオルド人の傭兵が息をつく。
「ほんとに帝国軍に勝っちまったな」
「ああ、バゼルに言われてついて来たが、嘘みたいだぜ!」
大規模な戦闘に参加して生き残れてたことに安堵し、喜び合った。
そんな時――
「あれー、もう終わっちゃたんだ。せっかく来たのに残念だな~」
やけに明るい声が聞こえてくる。一人の傭兵が目を向けると、そこには腰に剣を携えた華奢な男が立っていた。
「何だお前! 帝国兵か!?」
周りにいた傭兵達は剣を抜き、臨戦態勢に入る。
「いきなり剣を抜くなんて物騒だな。まあ、面白いからいいけど」
近くにいたオルド人傭兵も、騒ぎに気づき集まってきた。帝国に勝利したことで緩んでいた緊張の糸が、一気に張り詰める。
「ふふ~ん、十一……十二人か……少ないけどしょうがないね」
金色の髪の青年は、煌びやかな鞘から妖しく光る剣を抜く。鮮やかな赤いマントが風になびき、その口元に微かな笑みを浮かべた。
「さあ、始めようか」
◇◇◇
レイドとカトレアは、戦いの終わった戦場に転移してきた。
そこにはグスタフやカールなど‟黒剣”のメンバー、将軍オルスを始めとするモルガレア兵が、傷ついた者達を介抱している。
「みんなお疲れ様」
「おお、レイド殿!」
真っ先にオルスが駆けつける。
「この度の助力、王に代わって感謝する。ありがとう」
「役に立てて良かった」
感極まっているオルスの側に、グスタフが歩いて来る。
「俺からも礼を言う。俺達が住む国を守ってくれて、本当にありがとう」
「こっちこそ、グスタフ達が協力してくれて心強かったよ」
レイドとグスタフは、固い握手を交わす。
そんな中、カールが近づいてくる。片手でレイドを持ち上げ自分の肩に乗せると、笑いながらクルクルと回り出した。
「わっわっわっ! ちょっと!?」
「ハッハッハッ、見ろ、レイド! 俺達の大勝利だ!!」
肩車されたまま苦笑いするレイドと、大喜びするカール。何とか降ろしてもらい、怪我人の治療に関してオルス達と話し合うことに。
「怪我をしてる人は【アヴァロン】の治療室に運んでほしいんだ。他の人は、宮殿で休めるよう用意してるから」
「「食い物はあるのか!」」
マルコとダイトスの、重なった声が飛んでくる。
「ああ、もちろん! たくさん用意してるよ」
「へっへっへ、やったぜ。酒もたんまりあるってこったな!」
カールや‟黒剣”のメンバーから歓喜の声が聞こえてきた。
グスタフ達は全員無事だとバルタザールから聞いていたが、実際無事な姿を見てレイドは心の底から安堵する。
自身も怪我人を運ぶのを手伝おうとした時、上着のポケットに入れていた金属の玉から声が聞こえてきた。
『レイド様、問題が起きました』
「ん? どうした、バルタザール」
『ここから東の戦場にいた。オルドの傭兵十二人が――』
いつものように抑揚の無い無機質な話方だったが、どこか緊張感に満ちた声のようにレイドは聞こえた。
『――倒されました。敵はすぐ近くまで来ています』
「敵? 敵って……!?」
レイドは辺りを見回す。特に異変は無いように見えたが、モルガレア兵の声が聞こえてくる。
「何だお前! どっから来た!?」
レイドが目を向けると、一人の男が剣の切っ先をカラカラと地面に引きずりながら、真っ直ぐに向かって来る。
他の者も気づき始め、その男に注目が集まる。
「やあ、レイド! ここにいたんだね。やっと会えたよ」
屈託なく笑うその顔に、レイドは見覚えがあった。
「君は……【龍の巣】ダンジョンにいた……」
「アーサーだよ。レイド! 君の噂はいろんな所で聞いたよ。君と別れてから、ずっと探してたんだ」
「止まれ!」
剣を抜いたままのアーサーに、周りの者達は警戒を強くする。だが、グスタフはその男の顔を見てハッとした。
「あいつは……まさか」
ガチャンっと、アーサーの前に立ちはだかる人影。それは動くことが出来るようになった青騎士だった。
「あれ? 何、この強そうな人……もしかして僕とやろうって言うの?」
危険な臭いを感じた青騎士が剣を振り上げる。対してアーサーは剣をだらりと垂らし構えることはない。
張り詰めた緊張感にレイドは動けなくなっていた。
一瞬の静寂の後、踏み込んだのは青騎士だった。振り下ろされた剛剣は、真っ直ぐアーサーの頭上に落とされる。
特に動きのない男に、周りの者は勝負が着いたと確信した。だが――
「えっ!?」
宙に舞い上がったのは、剣を握ったままの青騎士の両腕だった。ドサリッと地面に落ちた瞬間、周りの者達は一斉に剣を抜く。
青騎士は膝を着き、そのまま動かなくなる。
「ああ~ごめんね。いい太刀筋だったから、手加減できなかったんだ。まあ、斬り合いなんだから、恨みっこ無しだよね」
笑顔のままレイドに近づくアーサー。グスタフは今にも飛び掛かろうとする周りの者達に向かって叫ぶ。
「待て! 手を出すな! そいつは世界最強の冒険者‟紫電一閃”のアーサー・バンティスだ!!」
その名前に冒険者達は息を飲む。彼らの間では、あまりに有名な名前だったため誰もが一瞬たじろいだ。
だが、レイドに迫って来るアーサーの前に、カトレアが立ちはだかる。両の拳を前に突き出し構えを取る。
カトレアの目は赤く燃えるような色を帯び、体は発熱して蒸気を噴き上げる。それはカトレアが最大限の戦闘態勢に入ったことを表す。
目の前にいる男が極めて危険だと、全身で感知していたからだ。
「ああ、やっぱり君は強いね。伝わってくるよ。君の覚悟が」
揺らめく剣の切っ先を上げ、カトレアと対峙する。バルタザールはあらゆる映像を通して現状を把握していた。
そして後悔する。レイドを早くに転移させ、城の中に避難させるべきだったと。
今から転移させるには、最速でも三秒はかかる。
この相手は一秒もかからず、レイドの喉元へ剣を突き付けるだろう。カトレアが全力を出しても勝つ見込みは無い。
故に、レイドを逃がす三秒を作り出すため、カトレアはこの戦いに臨んでいる。それはカトレア自身も分かっていた。
緊迫した空気が流れる中、アーサーは微笑み、口を開く。
「僕が生まれた家は騎士の家系でね。必ず王に仕えなければいけないんだけど、僕はそれが嫌で仕方なくてね~」
レイドはアーサーが何を言いたいのか分からなかった。
ただ、笑顔のまま異様な雰囲気で近づいてくる姿には恐怖を覚える。
「そうは思わないかい、レイド。僕は自由に生きたいんだ。他人に人生を決められるなんてまっぴら御免だね」
カトレアが大地を蹴る。一気にアーサーとの距離を詰めるが、渾身の拳は軽くいなされる。
「速いけど、まだまだ僕には当たらないよ」
背後に気配を感じ、後ろ回し蹴りを放つも、そこには既にいない。
カトレアが振り返ると、アーサーはレイドのすぐ近くまで迫っていた。




