第45話
オルド人達が勝どきを上げる様子を、ガイウスは離れた戦場で見ていた。
「バカな……バカな、バカな、バカな!!」
戦力差はすでに逆転している。しかも明らかに劣勢だ。
圧倒的な軍勢で臨んだモルガレア攻略戦。必勝のシナリオが音を立てて崩れてゆく。わなわなと震えるガイウスの後ろで、青騎士がゆっくりと立ち上がる。
「……最後まで戦うと言うのか……いいだろう」
ガイウスは斧を振り上げ、青騎士と向かい合う。
この戦場からは一旦引いて、立て直すしかない。ガイウスはそう考え、青騎士に止めを刺そうとした。
踏み込んでくる青騎士の斬撃を斧で受け止め、ジリジリと武器と武器を合わせ睨みつける。
ガイウスは青騎士の実力を認めていたが、自分の方が上だという自負があった。力で打ち負けることはないと。だが――
青騎士の剣が、ガイウスの斧を徐々に押し込んでいく。
「……ぐっ、なんだ!?」
よく見れば青騎士の体は淡く光り、体全体からゆらゆらと湯気が上がっている。
――力が急速に強くなっている。これは……。
青騎士が振り抜いた剣に押され、数歩あとずさるガイウス。力負けなど経験したこともない。
頭に血が昇り、激高して斧を振り上げる。
「俺が一騎打ちで負けるなど、絶対にありえない!!」
斧を叩きつけるが、青騎士は片手に持った剣で受け止める。体は青く輝き、至る所から蒸気が噴き出す。
今までは見えなかった、兜の奥の目が赤く輝いた。
「うっ!」
その時、ガイウスは初めてこの騎士が人間でないことに気づく。
「お前も、あの歩兵達と同じなのか……?」
斧を弾かれ、後ろに後退するガイウス。青騎士が踏み込み、上段から振り下ろした斬撃を斧で受け止めようとした。
二つの武器が衝突した瞬間、斧に大きな亀裂が入る。
「なっ!?」
メリメリと金属が悲鳴を上げ、亀裂は更に進む。
斧を両手で支えるガイウスの顔が、恐怖に染まってゆく。
「こんな……こんな所で俺が……」
次の瞬間、鋼鉄の斧は砕け、剣はガイウスの肩口に食い込む。勢いは止まることなく、肩から腹にかけて胴体を深々と切り裂いた。
ガイウスは両膝をつき、口から血を吐き出す。
恐る恐る見上げると、悠然と佇む青騎士が見下ろしていた。
「……ば……化物め……」
その言葉を最後に、アレサンドロの猛将、ガイウスは事切れた。青騎士は全身から激しい蒸気を噴き出し、一切の活動を停止する。
それは、モルガレア公国とアレサンドロ帝国との戦争に、決着がついた瞬間だった。
◇◇◇
一報は、すぐにモルガレア城にもたらされる。
「急報! 急報です」
王や宰相、各大臣が控える会議場に戦場の様子を伝える武官が駆けこんで来た。すでに空軍、海軍に勝利したことは報告されていたが、陸軍との戦いで苦戦していると伝えられていたため、大臣達は息を飲む。
「して、どうなった?」
王が身を乗り出し、報告を促す。息を切らせていた武官は、呼吸を整え姿勢を正したあと、震える声で報告する。
「アレサンドロ帝国軍、陸戦部隊が壊滅。残存兵は撤退とのこと……」
議場の時間が止まったかのように、辺りに沈黙が訪れる。一瞬、その場にいる者は武官が何を言っているのか分からなかった。
「我が軍の……モルガレアの全面勝利です!!」
ようやく意味を理解し、歓喜が爆発する大臣達。王は気が抜けるように椅子にもたれかかり、宰相のデミトゥリスは信じられないとばかりに虚空を見上げた。
「……やってくれたか……オルド人達が……レイド・アスリルが!」
そして情報は、遥か遠くアレサンドロ帝国にも伝えられた。
「た、大変です! ロイス様!」
執務室に飛び込んで来たフォレス。それを見たロイスは肩眉を吊り上げる。
「何度も言いますが、部屋に入る時はノックしなさい」
「あ、は、はい! でも、それどころじゃないんです! アレサンドロ軍がモルガレアで敗北! 部隊は壊滅状態とのことです!!」
「そうですか」
「えっ!?」
フォレスは呆気に取られる。アレサンドロの歴史においても、稀に見る大敗。しかも負けることは無いと言われていた相手に。
今、国の上層部は上を下への大騒ぎになっている。戦争を主導した国防および国務大臣が責任を問われるのは間違いないだろう。
フォレスはそう考えていたが、ロイスは興味が無さそうだった。
「そうですかって……たったそれだけですか?」
「ええ、それだけですよ。予想された事態ですからね」
淡々と書類仕事をこなすロイス。自分が舵取りをする国が戦争に負け、長年の政敵がいなくなっても関心を示さない。
フォレスは少し呆れてしまうが、その豪胆さに驚いてもいた。
◇◇◇
「あー、疲れたぜ!」
カールが地面に大の字に寝転がり、戦いに勝ったことを実感していた。傍らにはグスタフや、‟黒剣”のメンバーも座りこむ。
オルスは馬から降り、グスタフの元へと向かう。
「終わったな、グスタフ」
「ああ……」
オルスとグスタフは、残存する帝国兵を追い払っているオルド人部隊に視線を移した。
「彼らが来てくれなければ、我々は敗北していた」
オルスの言葉に、グスタフも同意する。
「本当に凄い奴らだ。心底、敵じゃなくて良かったと思うよ」
その場にいた全員が、顔を綻ばせ笑い合う。生きて帰れないと覚悟した戦場で、生き延びた喜びを噛みしめていた。
安堵する気持ちは、戦場にいる全ての兵士達にも広がっていく。
◇◇◇
「間に合って良かった……」
アヴァロンの大広間。展開されている映像を見上げるレイドと、隣にはカトレアの姿があった。
『ハイ、バゼル様を信用された、レイド様の勝利です』
「俺は何も……」
レイドは決戦のギリギリまで、ダンジョンに入って‟秘宝”を集めていた。
持ち帰ったのは、英雄の武具03【アストラルの鎧】、06【アストラルの手甲】の二つ。鎧は体力を向上させ、傷を自動的に回復させる。
手甲は、腕力を大幅に上げる効果があった。
‟英雄の武具”を集めるのに拘ったのは、全て武具を集めると無敵に近い戦力を有すると聞いたからだ。
バゼルが来てくれると信じていたレイドは、援軍に期待する一方。バゼルの安全も確保したいと思っていた。
そのためバルタザールの反対を押し切り、武具を集めることに注力する。
結果的に、それが功を奏した。
「あんなに大勢のオルド人傭兵を集めてくれるなんて……説得するのも大変だったろうに」
『良いご友人を持たれました。今回は序盤から、概ね作戦通りに進んだのは良かったと思います』
頭上にある映像の一つが拡大される。そこに映し出されていたのは、戦闘用飛空艇を退けた鳥のような飛空艇だ。
『制圧せし飛空艇【ターミガン】は、強固な守りと高い攻撃力を兼ね備えていますが、機動力は低く、魔力も長く持ちません』
「もし戦闘用飛空艇に反撃されたら負けてたのか」
『ハイ、もはや魔法障壁を張る魔力も残されていませんでしたから、本来はアヴァロンから魔力供給を受けて戦う、守りに特化した飛空艇です』
「こっちの思惑通り、相手が引いてくれて助かった」
『アヴァロンでの奇襲もうまくいきました。アヴァロンよりも戦艦の方が速いため、散開されれば【海の書】で海流に巻き込むことは出来ません』
「出来れば、もっと犠牲を少なくしたかったけど……」
レイドは、帝国の艦隊が海に沈んでいった光景を思い出す。
『やむを得ません。下手に手心を加えれば余計に戦いが長引くこともありますので』
「ああ、分かってる。壊された歩兵や弓兵は直せるのか?」
『少し時間はかかりますが、全て修復することは出来ます』
「すごいよな……相手からしたら壊しても壊しても出てくる兵士なんて、悪夢でしかないと思うぞ」
『かつては‟不死の軍勢”とも言われておりました』
バルタザールが誇らしげに言っているように聞こえたので、レイドは少し笑ってしまう。
「じゃあ、行こうか」
『ハイ』
魔法陣が発動し、レイドとカトレアは戦場へと転送された。




