第44話
「すまないなグスタフ、カール。こんな戦いに巻き込んで。お前達は無理をせず撤退しろ。命をかけてまで戦う理由はあるまい」
「自分達が住む国が攻撃を受けてるんだ。戦うには充分な理由だろう」
グスタフの言葉を聞いて、カールが笑いだす。
「違えねえ! 帝国に好き放題されるのも気分が悪いしな」
‟黒剣”の他のメンバーも、笑みを浮かべて頷いていた。
「お前達……」
オルスは熱く込み上げるものを抑えるように、持っていた槍を高々とかかげる。
「ならば最後の時まで共に戦おう。全軍、我に続け!!」
高らかに響く号令を合図に、オルス率いる騎士団が突撃する。
帝国軍の重装騎士団と、入り乱れるように衝突し、怒声と粉塵を巻き上げていく。その様子を離れた場所で見ていたガイウス。
斧を下ろし、呟くように言う。
「無駄なことを……」
ガイウスの前には片膝を突き、剣を地面に刺して自分の体を支える青騎士の姿があった。
「お前にも分かるだろう? もう勝負はついた。モルガレア軍が何をしようと、その事実は変わらん」
青騎士は何も言わず、ただ肩を上下に揺らすだけだった。
「さて、こちらも終わりにしようか……」
ガイウスは斧を持ち上げ、ゆっくり青騎士に歩み寄る。斧を高くかかげ振り下ろそうとした時、何かが聞こえてきた。
「……なんだ?」
それは小さな地響きだった。音が聞こえてくるのは、右翼軍が陣取る更に向こう。小高い丘の方角からだ。
ガイウスは構えていた斧を下ろし、丘に目を向ける。地響きはどんどん大きくなり、戦場で戦っている者達でさえ、異変に気づき動きを止めた。
――なんだ? なにか嫌な予感がする。
ガイウスが見つめていた丘から、一騎の騎兵が現れる。その体は白銀の鎧を纏い、右手には煌びやかな剣を持っていた。
距離があるため、ガイウスはハッキリと確認できなかったが、兜は被っておらず、顔は褐色の肌に見えた。
「……オルド人か?」
飛び出してきた騎兵の後ろから、溢れるように次々と出てくる騎兵団。数は数千にものぼり、アレサンドロ軍右翼に向かっていく。
「くっ! 新手か!?」
ここにきて数千の増援は戦況を左右する。今から指示は送れない。右翼の将ボアスに任せるしかないと、ガイウスは歯噛みした。
「ボアス様! かなりの数の騎兵が向かってきます!!」
「分かっておるわ!」
三千はいるであろう騎兵部隊に青ざめるボアスだったが、正規のモルガレア軍ではないだろうと思った。
それぞれバラバラの鎧を着こみ、持っている武器も統一性がない。しかも全員オルド人のようだ。
「なるほど……劣等民族の寄せ集めか」
兵士の少ないモルガレアが、国内にいるオルド人を無理矢理あつめたのだろう。ボアスはそう考えた。
「恐れることはない! 私に続け!!」
重装騎士団を従えて打って出る。例え数だけ揃えても、急造したオルド人の部隊など相手になるはずがない。
ボアスは自信の笑みを浮かべ、オルド人部隊へと駆けていく。
◇◇◇
「バゼル、一個師団が向かってくるぞ」
「問題ない」
バゼルは右手に携えた剣に視線を移す。――この剣も、着ている鎧もレイドが用意してくれたものだ。俺のことを信じて。
バゼルは、レイドの期待に応えるためにも、全力で敵を倒すと決めていた。
「突っ込むぞ!」
「「「おおっ!!」」」
重装騎士団と、オルド人部隊との距離は百メートルもない。集団の先頭にいるオルド人、白銀の鎧を着た男が将なのだろうと、ボアスは確信する。
「あの先頭にいる男を叩くぞ! 続け!!」
「「「ハハッ!!」」」
四人の騎士がボアスの左右に並び、並走する。
――恐らく、まともに戦えるのは、あの男ぐらいだろう。奴さえ潰してしまえば、後は有象無象……どうとでもなる。
ボアスは剣を天にかかげ、振り下ろした切っ先を相手に向ける。戦場において一対一の勝負を挑む時のしきたりだ。
――奴が勝負に応じ、騎馬の速度を緩めれば、その隙に左右にいる重装騎士に攻撃させればいい。
「おい、どうするバゼル。一騎打ちをご所望だぜ」
「向こうの将には悪いが、そんなことをしている時間はない」
バゼルが持つ剣が輝きだし、燃え盛る炎となって剣身を覆う。その剣を上にかかげると、炎は激しく噴き上がり、天を貫く巨大な火柱となる。
「なっ! なんだ、アレは!?」
ボアスを始め、付き従った帝国兵も、目の前の異様な光景に唖然とした。
バゼルは炎の柱となった剣を、ゆっくりと振り下ろしていく。次第に近づいてくる燃え盛る斬撃に、帝国兵はパニックに陥る。
「爆ぜろ!」
バゼルの言葉と共に、爆炎の剣は中将ボアスと、その後ろを走っていた重装騎士もろとも斬り裂き焼き尽くす。
剣閃が地面についた瞬間―― 大地が赤く膨張し、辺り一帯が爆発するように吹き飛ぶ。剣が振り下ろされた直線上の敵は、一人残らず絶命する。
帝国軍は将を失ったうえ、陣形を大きく崩された。
立て直す間も与えず、バゼルは盾を構えて敵の中心部へ突っ込んでいく。白銀の盾は風を纏い、馬とバゼルを守る障壁へと変わる。
風に触れた敵を弾き飛ばし、弾丸のように突き進む。帝国兵は態勢を立て直せないまま、オルド人部隊の総攻撃を受けた。
「うおおおおおーーーーっ!!」
雪崩れ込んで来たオルド人兵によって、重装騎士が次々と倒されていく。帝国兵にとって予想外だったのは、オルド人部隊が恐ろしく強かったことだ。
彼らは各国の戦場を渡り歩き、常に最前線の危険な場所で生き残ってきた。まさに精鋭中の精鋭。
騎馬を巧みに操り、重装騎士の槍や剣をかわしながら、的確に鎧の隙間をすいて攻撃していく。オルド人の兵士と侮っていた帝国兵は、逆にその力を見せつけられることになった。
「食い止めろ! なんとしても!!」
「ダメです! 止まりません!!」
「ぎゃあああああーーーーー!!」
帝国兵は、激流のように押し寄せるオルド人達に蹂躙されてゆく。なにより風を纏いながら疾走するバゼルを、誰も止めることが出来ない。
風の障壁は飛んでくる矢も弾き、赤く発光する灼熱の刃は、重装騎士の鋼鉄の鎧をアメのように斬り裂いた。
戦場を走り抜けるバゼルについて行く、数百の騎兵も百戦錬磨の手練れ達。
帝国兵を翻弄し、打ち倒してゆく。結果、右翼での戦闘は帝国軍が総崩れとなり、ものの数十分で勝敗は決した。




