第4話
その日、最初に異変を感じたのはダンジョンの内部で階層攻略を進めていた冒険者のグループだった。
「どうなってんだ!? モンスターがいなくなったぞ!」
夜の時間帯ではあったが、上位の冒険者達はダンジョンの安全地帯で寝泊りしながら少しずつ下の階に行こうとしていた。
そんな彼らが見たのは異常な光景。
ダンジョンの中に常にいた魔物や植物、小さな虫に至るまで一匹もいなくなっている。それはダンジョンが発見されて以来、初めてのことだ。
ダンジョンは地下にあるにもかかわらず、淡い光が壁や天井から注がれるため、ランプや松明を使わなくても活動に支障は無かった。
だが今はその光も無く、辺りは真っ暗だ。
そんな状況に、一人の男がキャンプから離れ、闇に沈んだダンジョンを見つめている。男の元へランプを持った別の男が近づいて行く。
「どう思うグスタフ、何かあったんだろうか?」
「分からん……まるでダンジョンが死んだようだ」
「おいおい、縁起でもないこと言うなよ」※誤適用にご注意を※ “” なのですが、別の括弧で言う (」 このような状態が気になってしまって……しつこいようですがご報告させていただいています。
グスタフと呼ばれたのは屈強な体躯をした冒険者で、黒髪をオールバックにし、左頬には目立つ傷跡がある。
国の冒険者の中でも屈指の実力を持つ“黒剣”という冒険者グループのリーダー、グスタフ・モーガン。
そんなグスタフに話しかけたのは黒剣の副リーダー。色黒の肌にスキンヘッド、筋骨隆々の体躯が目を引くカールだった。
「こんな事は初めてだな……どうする。モンスターがいないなら、今のうちに下の階層に進むことも出来るが……」
「いや、この状況で動くのは危険だ。軍やギルドに報告するために、何人か上に送ろう。ギルドからの指示を待って、どうするか決めよう」
カールが「分かったよ」と言ってキャンプに戻って行った。
グスタフにとっても初めての経験だっただけに、判断に窮している。国外でも聞いた事のない事象……。
こんなことになる事態は一つだけ考えられた。だが、ありえない。グスタフは心の中で否定する。
――まさか……な。
◇◇◇
ダンジョンの入口周辺には、冒険者ギルドの分局が設置されていた。
登録されている冒険者の管理やサポートを行うためだ。そんなギルドに、ダンジョンが異常な状態になったという報告はすぐに入ってくる。
「どういうことだ!? モンスターが消えただと?」
ギルドの役員の一人であるコーダは、ギルド職員の報告に耳を疑った。ダンジョンの内部の環境は常に安定しており、変化自体起こることが無い。
それが動植物が全て消えたなど、前代未聞である。
「今、ダンジョンに入っている冒険者は何人いるんだ! 軍の人間は全員引き上げているはずだろう」
「はい、四つのパーティーが10~20階層で長期遠征をしております」
もう夜中のため、泊まり込みで攻略を続けている冒険者以外はダンジョンから出ていた。コーダは少し考え込む。
「“黒剣”が20階層にいたはずだな……」
「はい、彼らが最も下の階層にいるはずです」
コーダの頭に、ある考えがよぎる。
「まさか……成功したのか? 攻略に?」
「“黒剣”がでしょうか!? 確かにありえますね!」
モレガレア公国でも指折りの冒険者パーティーである“黒剣”は、国外の冒険者と比較しても最上位に位置する力を持つ。
その彼等なら世界で最初のダンジョン攻略者になってもおかしくない。
それは大変名誉なことであり、ギルドとしても喜ぶべき歴史的快挙だ。コーダは自分がその快挙に立ち会えるのかと胸が躍った。
だが―― 数時間後、彼の期待は撃ち砕かれることになる。
「何!? “黒剣”のマルコとダイトスが来ただと?」
「はい! ダンジョンの異変についてギルドの指示を仰ぎたいと……」
「この異変の原因は“黒剣”ではないのか!?」
「違うようです。リーダーのグスタフも困惑しているとか……どういたしますか? “黒剣”に調査の依頼を出すことも出来ますが」
「うぅ~~ん」
その話を聞いて、コーダも余計に混乱した。最も下の階層にいた“黒剣”にも分からないのであれば、誰にも分かるはずない。
コーダは少し悩むが、この事態を調べられるのは彼等しかいない……多少費用がかかるが、正式に調査依頼を出すことにした。
「すぐにマルコとダイトスを呼べ! 正式依頼だ!!」
◇◇◇
ギルドの依頼を伝えるため、マルコとダイトスは急いで地下20階層を目指した。“黒剣”の中でも若手で体力もある二人だが、さすがに20階層の往復には時間がかかり、グスタフに指示が伝わったのは次の日の昼近くになる。
「そうか……分かった」
そう短く返答したグスタフは、ゼィゼィと息を切らす若手二人に労いの言葉をかける。「後は俺たちに任せろ」と言ってベテラン三人で最下層を目指そうとした。
「待って下さい、グスタフさん! 俺達も行けます。行かせて下さい」
マルコが食い下がるが「無理はするな」とグスタフに言われ臍を噛む。
「まあ今回は俺達に任せとけ、お前らは充分がんばったよ」
副リーダーであるカールがマルコの肩をポンポンと叩き、悔しそうな顔を浮かべる二人に優しく声を掛ける。
不愛想で無骨なグスタフと、陽気で面倒見がいいカール。“黒剣”はそんな二人のベテランでバランスを取っているパーティーだ。
グスタフ、カール、ダイアの三人が準備をし最下層を目指して出発した。
◇◇◇
ダンジョン最下層……未だかつて誰も到達したことのない未知の領域。
そもそもダンジョンの最下層が何階なのか知る者はいなかった。グスタフ達は29階にある階段を見つけ下っていく。
そこは今まで見た階層と明らかに違っていたため、30階層が最後の階なのだと彼等は気づいた。
三人はランプを掲げながら、辺りを警戒して進んで行く。しばらく歩くと扉があった。グスタフは、二人の顔を見て合図を送る。
警戒態勢を取ったのを確認すると、グスタフは扉に手を掛けた。
ゆっくりと取っ手を引くと、ギイィィと重厚な音がして扉が開く。何か飛び出して来るかと思っていた彼等だが、中は静かな暗闇だった。
三人が部屋に入り、辺りをランプで照らすが、そこにあったのは円台のある狭い部屋だ。これといって何も無い。
「何だよ……スゲーお宝があるって話だったのに、何にもねーな」
カールが不満そうに愚痴る。だがグスタフは冷静に辺りを観察していた。そして床にある痕跡を見つける。
「これは……」
「どうしたんだ? グスタフ」
「足跡だ。俺たちが来る前に誰か来てたんだ」
グスタフはしゃがんで、床に残る足跡をそっと手で触れる。
それは比較的新しい足跡で、ここ数日で付けられたものだとグスタフは考えた。足の大きさは成人男性、それに四足歩行の動物のような足跡も……。
――犬、もしくは狼をつれている。
「間違いない――」
確信を持った言葉に、その場にいた冒険者達は息を飲む。
「ダンジョンは攻略された」