第39話
ダベニール共和国――
鬱蒼とした森の奥に、ひっそりと存在するダンジョン。
その最奥にレイドとカトレアの姿があった。
『――最下層到達者を確認しました』
狭い室内に女性の声が響く。部屋の中心には長方形の台があり、その上に鞘に収まった剣が置かれていた。
『英雄の武具01【アストラルの剣】の解放を認証、権限の委譲を承諾します』
それは美しい装飾が施された長剣だった。
『あなたの名前を教えて下さい』
「レイド・アスリルだ」
『レイド・アスリル……登録を完了しました。あなたがオルドリアの遺産を正しき事に使うことを祈ります』
いつもの言葉を残し、声と部屋の明かりが消える。
「バルタザール、転送してくれ」
『かしこまりました』
光と共にレイドとカトレアは部屋から消え、次の瞬間にはアヴァロンの広間に移動していた。
レイドは、持ち帰った剣を円台の上に置く。
「この剣、そんなに役に立つのかな?」
今まで見てきたオルドリアの遺産に比べると、剣一本は少しばかり物足りない印象を受ける。素朴な疑問をバルタザールに聞いてみると、
「これは遥か昔、オルドリアの英雄アストラルが使っていた剣です。世界で最も硬い金属【オリハルコン】で作られ、強力な付与魔法が施されています」
「へ~そうなんだ……」
レイドは剣を手に取り、鞘から抜いて、その刀身を眺める。
剣については素人のレイドさえ、刃に描かれる美しい波紋に心を惹かれる。
「取りあえず時間的には、これが限界かな……」
レイドはデミトゥリスとの会談の後、ダンジョンを攻略して三つの‟秘宝”を入手していた。
一つは、沈黙の軍勢01 【歩兵隊】
一つは、英雄の武具02 【アストラルの盾】
そして今持って帰ってきた、英雄の武具01【アストラルの剣】の三つだ。
レイドはモルガレアに加勢することを決めていた。そのための戦力を揃えようとしていたのだが、心のモヤモヤが消えた訳ではない。
『本当によろしいのですか? モルガレアに対する感情は複雑かと思いますが、それでも彼等を助けますか』
バルタザールに問われて、レイドは視線を落とす。
「俺も完全に納得した訳じゃない。今だって赦せない気持ちはある。だけどオルド人のために、国を造ると決めたんだ」
『そのための戦いで、大勢の犠牲が出るでしょう。かと言って手を抜けば戦いが長引き、より多くの死者が出ます。全力で戦う覚悟はおありですか?』
「覚悟はできてる!」
雑念を振り払うように声を強める。剣を鞘に納め、再び台に置く。レイドは気持ちを抑え込むように大きく息を吐く。
「そのためには自分の感情は二の次にしないと……バルタザール、君は全力で手伝ってくれるんだろ?」
『もちろんです』
レイドは笑みを零し、アヴァロン内で自分が使っている部屋に戻る。自分の意思は固まったが、まだやることはあった。
村の人達に、モルガレアと一緒に戦うことを伝える必要がある。
それは彼等に取って赦せない行為かもしれない。場合によっては、レイドを激しく罵倒するかもしれない。
それでもやるしかない。レイドはそう考え、村の人達に集まってもらうことにした。
◇◇◇
宮殿の中の一室。広い部屋に五十脚の椅子が置かれ、そこに座った村人達の前でレイドが話し始めた。
レイドの話を聞いた村人達は、一様に複雑な表情を浮かべる。
オルド人の国を造りたいと言った時は、驚きながらも喜んでいた。
しかし、そのためにモルガレアと協力する必要があると言うと、あからさまな反対はしないものの、納得もできない様子だ。
村人が押し黙る中、村長のダニエーレが口を開く。
「レイドよ、話は分かった。ワシは賛成じゃ。確かに、ワシらの住んでおった村の領主は酷い方じゃった」
ダニエーレは何かを思い出すように瞼を閉じ、深い息を吐く。
「しかし王様は違うはずじゃ。オルド人に対する差別をやめさせようとしていたと、デミトゥリス殿が言っておったからのう。信じてみたい」
俯いていた村人も、徐々に顔を上げる。
「そうだな……命を取られた訳でもない。こうやって生活も出来ているし」
「それもレイドのおかげだよ。アンタが思うようにやりな! 私たちは信じてついて行くから」
「俺も賛成だ!」
「レイド! お前のやりたいようにやれ!! 全力で手伝うぜ」
異論は出なかった。たくさんの不平や不満はあるはずなのに、彼らはそれを飲み込んでくれる。
レイドは熱い気持ちになった。
そんなレイドを見て、おもむろに立ち上がるダニエーレ。
「レイドよ。お主が不思議な力を持ち、その力を使ってオルドの国を造りたいと言ってくれた時、わしは嬉しかった」
「ダニエーレさん……」
「本当に国が出来れば、多くのオルド人が差別や偏見、苦しみから解放されるかもしれん。そのためなら、わしらの恨みや苦しみなど、大したものではない。全て忘れよう」
周りを見渡せば、他の村人たちも力強い眼差しで見つめてくる。
レイドは国を造ろうと決めてはいたが、どこか不安に思っていた。だが、村の人達の想いや願いを受けて、心に迷いは無くなった。
◇◇◇
何度となく行われた軍議を終え、デミトゥリスは自分の執務室へと戻ってきた。
疲れから椅子に深く座り、溜息をつく。
眼鏡をはずし、目頭を押さえたあと、再び眼鏡を掛け直す。ふと見上げると、机の上に何かあることに気づく。
それは封蝋がされた手紙だった。軍議に行く前には無かっただけに、誰かが置いていったのだろうとデミトゥリスは思い至る。
封を開け、中を確認すると、その内容に言葉を失う。
デミトゥリスは椅子から跳ねるように立ち上がり、王の間へと向かった。
「どうしたデミトゥリス? このような時間に」
国王のルドルフは、王女であるニーナと話をしている最中だった。
「はい、無礼は承知で参りました。どうかお許し下さい。急ぎ伝えなければならない報告がありましたので……」
「ふむ、して報告とはなにかのう?」
「たった今、オルドのダンジョン攻略者から連絡がありました」
「なんと!」
「まあ、ダンジョンの攻略者様が!?」
王と王女のニーナは、共に驚く。
「して、どのような内容じゃ!」
普段穏和な王が急かすようにデミトゥリスに話を促す。
「今回の国土防衛戦に……全面的に協力すると」
「おお……そうか……協力してくれるか」
王は安堵の息を漏らし、座っていた椅子の背もたれに体を預ける。
「お父様……本当に良かった」
ニーナは目に涙を溜め、心の底から喜んだ。ここ数日、父親がどれほどの緊張に晒されていたのを、よく知っていたからだ。
「詳しくは、また連絡するとのことです」
「そうか……デミトゥリス、後のことは任せる。頼んだぞ」
「はい! お任せ下さい」
王の間を後にしたデミトゥリスは、強い決意を胸に、自身の執務室へと戻っていった。




