第38話
モルガレアの国境沿い。集結する軍人の中に、将軍ガイウスの姿があった。
ガイウスはアレサンドロの猛将として知られ、巨大な斧と漆黒の鎧を纏う巨漢。その武勇は他国にも轟き恐れられていた。
「準備は整ったか?」
「ハッ! いつでも出発できます!」
副官の言葉通り、眼前にはアレサンドロの十万の軍勢が壮観に並び立ち、出陣の時を待つ。
今回の進軍ではモルガレアの完全制圧を目指しているため、海上からも百隻の軍艦、空からは五隻の軍事用飛空艇が投入される。
モルガレアのような小国相手に、少し大げさではないのか? と思っていたガイウスだが、それだけに失敗は許されない。
「進軍の予定日時は明日だが、律儀に待つ必要もなかろう」
ガイウスが合図を送ると、副官を通して全軍に通達される。軍事大国と名高い、アレサンドロの重装騎士団と歩兵が一斉に進み出す。
地鳴りのような歩みと共に、モルガレアの国境へと迫っていた。
◇◇◇
アレサンドロ帝国・王城――
執務室で書面に目を通していたロイスの元に、フォレスから報告が入る。
「そうですか……始まりましたか」
「ロイス様は今回の進軍に懸念を持たれていたようですが、このままで良かったのでしょうか?」
モルガレアの侵攻に反対していたロイスを、フォレスが気遣う。
「王の決定に異を唱えることなどありませんよ。成功することを祈るだけです」
仕事をこなしながら、淡々と語るロイス。その様子は、どこか諦めているようにも見えた。
「それよりダンジョンの調査はどうなっています?」
「はい、目下全力を挙げて捜索しておりますが、やはり抜け道のようなものは見つからないとのこと。本当にあるのでしょうか?」
「あります。人材を増やしましょう。当面はそちらに注力して下さい」
「わかりました」
フォレスが部屋から出て行くと、ロイスは椅子から立ち上がり窓の外を眺める。この遠征でダンジョン攻略者がどう動くのか……。
それが今後の世界情勢を決定すると、ロイスは静かに考えていた。
◇◇◇
モルガレア公国の王城では、緊急の軍事会議が開かれていた。
集まったのはデミトゥリスを始め、国政を担う各大臣。将軍のオルスや軍の関係者も参加している。
「国境沿いの城塞で、すでに交戦状態に入っているそうです」
「奴らめ……三日も待たずに攻めてきたか」
デミトゥリスは唇を噛み締めた。ただでさえ、圧倒的に軍の規模が違う上、準備もままならない。
それに対して帝国は、万全の準備の元、大兵団を送り込んでいる。
「デミトゥリス様、新大陸のダンジョン攻略者から連絡はないのですか? このままでは王都に攻め込まれるまで、数日もかかりませぬぞ!」
国防大臣のハイゼンが悲壮な面持ちで尋ねる。だがデミトゥリスは首を振る。
「この国が彼等にしたことを考えれば、期待は出来ないだろう」
会議の出席者からは、重い空気が漂う。
「我々の独力でなんとかするしかありません。軍としては全力で帝国軍の侵攻を食い止めます」
将軍のオルスは強い表情で議場にいた者達に宣言する。会議は解散となったが、デミトゥリスとオルスだけはその場に残った。
「どう思う、オルス……」
「アレサンドロは本気です。王都にくれば三日とかからずに城を占拠するでしょう」
「国民に被害が出ないよう、降伏は早めにしなくてはならない。だが帝国に支配された後、国民がどんな扱いを受けるか……」
「レイド殿は、やはり動いてくれませんか?」
「期待する資格が我々には無い。自分達の国は、自分達で守らねば」
その時、文官から知らせが入る。レイド達の村を焼き払ったというグロスター伯爵が、呼び出しに応じてやって来たと言う。
デミトゥリスは、自分の執務室に通すように文官に伝えた。
◇◇◇
「これはこれは、デミトゥリス様。ご息災で何よりです」
でっぷりとした体形で、禿げあがった頭を下げ、デミトゥリスのご機嫌を窺う。身なりだけは一流だが、その卑しい笑みにデミトゥリスは不快感を覚える。
「遠路はるばる来て頂いて、感謝します。グロスター伯爵」
「いえいえ、呼ばれればいつでも馳せ参じますぞ」
そう言ってクツクツと笑うグロスターに、デミトゥリスは厳しい表情を向ける。
「聞いた話によれば、領地においてオルド人の粛清が行われたと聞いております。事実でしょうか?」
「オルド人? はてはて……ああ、そんなこともありましたな」
グロスターは特に気にする様子もなく、さも当然と言うように話を続ける。
「領地内で国家に反抗的なオルド人の組織がありまして、国王陛下に成り代わりまして、このグロスター、成敗したしだいです!」
「その際、国家安全法が適用されたとか」
「いや、それはどうでしょう……細かいことは分かりませんが、国家に仇為す集団であったことは間違いありません。そのことで呼ばれたのですか?」
薄笑いを噛み殺すように、困惑した表情を見せる。
「デミトゥリス様、私は国のためを思って行動したのです。そのことは、ご理解いただきたい」
「それが国家を存亡の危機に陥れたとしてもですか?」
「え? そ、それは、どういうことでしょう?」
訳が分からず、狼狽するグロスター。対するデミトゥリスは冷静な表情を崩さない。
「王からの言伝です。グロスター伯爵、王命に背き、国の法すら軽んじる態度は目に余る。爵位と全ての領地を没収する。追って伝えるまで謹慎せよとのことです」
「お、お待ちください! 私が何をしたと言うのです!!」
激高したグロスターが詰め寄ってくる。デミトゥリスが机にあった鈴を鳴らすと、部屋の外から護衛兵が入り、グロスターを拘束した。
「離せ! 離さんか!!」
身をよじって暴れるグロスター。悲壮感漂う目で、眼前のデミトゥリスにすがろうとする。
「デミトゥリス様、私が殺したのはオルド人です! モルガレア人ではありません! 奴らに国の法が適用されるはずがない!!」
恥ずかしくもなく、よくそんなことが言えるものだと呆れるデミトゥリス。
「もう一度お考え直しを! もう一度――」
護衛兵はのたまうグロスターを力ずくで部屋から連れ出す。叫び声が続いていたが、しばらくすると静かになった。
もっと早くこうしていれば……。デミトゥリスは後悔せずにはいられなかった。