第36話
「彼がオルド人の代表であるレイド・アスリルです」
グスタフに紹介されると、レイドを始め、村長や他の者も立ち上がり歓迎の意を示した。
「こちらはモルガレア公国の宰相デミトゥリス様です。国においては国王の次に偉い方なので、くれぐれも失礼のないように」
レイドはグスタフの言葉に一つ頷き「お座り下さい」と席を勧める。
全員が席に着いた所で、デミトゥリスが口を開く。
「今回、モルガレアの皇太子であるアラン様が武力を持って、こちらの城に攻め込んだこと、国王に代わって深くお詫びします」
あまりに率直な謝罪に驚くレイド。
モルガレアの権力者が下々の者……ましてオルド人に謝罪するなど、本来であれば考えられない。
レイドは会談前に、バルタザールから聞いていた話を思い出す。
◇◇◇
『レイド様。恐らく向こうは、こちらと同盟を結ぼうとしてくるでしょう』
「同盟? こんな小さな勢力と?」
まだ貴賓室に誰もいない時、レイドは内ポケットに忍ばせている金属の玉を通し、バルタザールと話をしていた。
『‟星々の眼”で確認すると、モルガレアの国境沿いにアレサンドロの軍勢が集結しています』
「それって……」
『モルガレアはアレサンドロから、戦争を仕掛けられているということです。大国対小国、結果は明らかでしょう』
「つまりこちらに協力させて、アレサンドロを押し返したいってこと? 都合が良すぎるんじゃないか?」
『おっしゃる通りですが、こちらにもメリットがあります』
「メリット?」
レイドは眉根を寄せる。アレサンドロは世界でも一、二を争うほどの超大国だ。その国と戦争してまで得られるメリットが想像できなかった。
『第一に生活支援です。レイド様が望まれるように、ここに‟国”を造るのなら人々の暮らしを安定させる必要があります』
「それをモルガレアに援助してもらうの?」
『ハイ、距離も最も近いですし、モルガレア側もこの提案には乗ってくるでしょう。第二に国としての認定です』
「国としての認定? そんなものが必要なのか?」
『‟国”はただ名乗れば新たに生まれる訳ではなく、周りの国が認めて初めて国となりえます。つまりモルガレアに後ろ盾になってもらい、国として内外に知らしめるのです』
「そうなんだ……他にも何かある?」
「第三にモルガレア国内にいるオルド人の入植です。国として安定してくれば、より多くの国民が必要になります。レイド様がオルド人の国を造りたいと望むのならば、モルガレア国内に多くいるオルド人を無視する訳にはいきません』
「確かにそうだな」
『そして最後に最も大きな理由として、我々はいずれアレサンドロと戦うことになります』
「アレサンドロと!? どうして?」
『アレサンドロの宰相ロイス・クラインは、すでに我々の存在に気づき様々な対策を打ち出しています。いずれ戦うことを想定しているのでしょう』
「そんな……」
『それはアレサンドロだけではなく、他国においても我々の建国を認めず、対立してくる国も出てくるかもしれません』
「だからこそ、モルガレアとの同盟が重要ってことか……だけど」
レイドは苦い表情になる。自分達オルド人がモルガレアでされたことを考えると、素直に受け入れることが出来なかった。
『レイド様、私には感情がありません。しかし人間には理屈や損得だけで割り切れない感情があることは知っています』
「バルタザール……」
『決めるのはレイド様です。私はどんな結論になろうと、最善を尽くしてレイド様をお支えします。是非、後悔の無い選択を』
◇◇◇
その場で答えが出なかったレイドは、会談を通して結論を出そうとしていた。
「我がモルガレア公国は、あなた達と敵対するつもりはありません。今回の賠償なども含め、建設的に話をさせて頂きたい」
デミトゥリスの言葉を静かに聞いていたレイド。村長は交渉の全てをレイドに任せると事前に言っていたため、俯いたまま何も言わない。
「お話は分かりました。我々も無用に対立するつもりはありません」
「おお、そうですか! それは良かった」
レイドの言葉を聞いて顔を綻ばせるデミトゥリスだったが、対してレイドの表情は曇ったままだ。
「では捕虜の引き渡しの条件を話し合いたい。そして出来れば、あなた方と友好的な同盟関係を築きたいと思っているのだが、どうか検討して――」
「その前にデミトゥリス様、ここにいるオルド人がどこから来たか分かりますか?」
唐突な質問に戸惑うデミトゥリス。
「う……それは、モルガレアの地域にいた方々だと考えているが……」
「ここにいるのは、全員村を焼け出された者達です」
「村を焼け出された? どういうことですか」
その場にいたオルド人達は、つらい記憶を思い出していた。その雰囲気を感じ取ったデミトゥリスは、困惑したようにレイドを見る。
「我々はガレド村の住人です。先日領主によって村は焼き払われ、みんな住む場所を失いました」
「ガレド村……」
それはモルガレア公国の西部にある片田舎。確かグロスター伯爵領にあったはずだと、デミトゥリスは思い返していた。
「ワシ等の村では、子供は教育を受けられず、病気になっても医者に診てもらうことが出来ませんのじゃ」
村長のダニエーレが口を開く。国の宰相と話をするなど恐れ多かったが、どうしても伝えずにはいられなかった。
「伯爵様に、村の者も医療を受けさせて欲しいと頼みに行ったんですがの、その行動が国家安全法に違反すると言われて、村を焼き払われ家を失ったんですじゃ」
「……そんなことが」
デミトゥリスは衝撃を受けていた。国家安全法は、かつてオルド人を押さえつけるために使われた差別的な法律だ。
現国王になって廃止され、今では存在しない。
それが現在も使われているなど、あってはならないことだった。
「ワシ等は命からがら逃げ出し、このレイドに助けられてここにおる」
ダニエーレはレイドに目を向け、悲し気な表情になった。
「この子の両親も病に倒れた時、医者にかかることが出来ず、流行り病で亡くなってしまった。治療を受けられれば、あるいは助かったかもしれん」
「ダニエーレさん……」
俯いたダニエーレの肩に、レイドはそっと手を乗せる。
「ワシ等は人間らしい暮らしがしたかっただけ……ただ、それだけなんじゃ……」
話を聞いてデミトゥーリスは、居た堪れない気持ちになっていた。
「……信じてもらえないかもしれないが、今の国王はオルド人を差別することなく、他の国民と同じように扱うようにと御触れを出していた。それが徹底されなかったのは、ひとえに国の行政を担う私の責任だ。本当に申し訳ない」
それは心からの謝罪だった。




