第33話
アレサンドロ帝国・北部――
帝国と隣国カスリュートとの小競り合いは長きに亘って続いていた。国境線沿いに伸びた戦線を維持していたのは、雇われた傭兵の部隊である。
その戦場となった平原にオルド人の姿があった。
「へへへ、カスリュート兵の情けねえ顔見たか? ビビリまくってたぞ!」
「まあ、俺らにかかっちゃ、相手にならねえのも仕方ねえがな」
「バゼル、お前がこの戦いで一番功績を上げてるんだ。そろそろ千人規模の隊長に昇格してもいいんじゃねえか?」
夕暮れ時、褐色の肌をした兵士達が野営地にて火を囲み酒を酌み交わしていた。その中心にいたのは、屈強なオルドの戦士バゼル・ベルージだ。
短く刈り込まれた灰色の髪は全て逆立ち、切れ長の目は火を見つめる。
顔や体には無数の傷跡があり、戦場での過酷な戦いを思わせる。そんなバゼルは、コップに注がれた酒を静かに飲んでいた。
「まだ戦いが終わった訳じゃない。気を抜くなよ」
「分かってるよバゼル。相変わらず硬い奴だな」
そんな話をしていた時、わずかに人の気配を感じたバゼルが手をかざす。
「どうした?」
「……誰かくる」
全員が剣を取り、警戒態勢に入る。野営地とはいえ、ここは戦場。敵の兵士が奇襲をかけてきても、何ら不思議は無い。
そう思っていたバゼルだが、手を振ってくる人影に違和感を持つ。
「バゼル兄!」
「フィーネ!?」
現れたのは妹のフィーネだった。突然のことで、うまく頭が回らないバゼル。
「どうしてこんな所に? そもそもどうやって来たんだ!?」
困惑しているバゼルだったが、更に後ろから見知った顔が近づいてくる。
「レイド!」
幼馴染のレイドと、その隣にはフードを被った知らない女がいた。後ろで剣を構えていた仲間達が、戸惑いながら声をかけてくる。
「誰なんだ、あいつらは?」
「ああ……心配ない。こいつらは俺の知り合いだ」
バゼルは仲間に断り、レイド達と話をするため野営地から離れた場所に移動してきた。
「こんな所に、何しに来たんだフィーネ! レイド! ここがどれだけ危険か分かってるのか!?」
「急に来て悪かったよ。話したいことがあったんだ。フィーネ、頼めるか?」
「うん、任せて!」
ピョンっと前に出たフィーネは、「顔が怖いよ、バゼル兄!」と言ってバゼルに笑顔を返す。
自分に顔が強張っていたことに気づき、バゼルは「ハーッ」と息を吐く。
「それで……どうやってここまで来たんだ?」
「レイド兄に送ってもらったの! あっと言う間についたんだよ」
何を言っているのかバゼルはよく分からなかったが、取りあえず要件を聞くことにした。
「俺に話ってのは何だ? まさか親父やお袋に何かあったのか!?」
「ううん、違うよ。父さんも母さんも元気だし!」
「じゃあ、何の用だ!」
強い口調のバゼルに、フィーネは悲しい表情をする。
「私達が暮らしていた村が焼き払われて、住む場所が無くなったの」
「何!?」
「でもレイド兄が住む場所を用意してくれて、今は父さんや母さん、村の人達と一緒に暮らしてるんだよ」
「そうか……そんなことが……。すまなかったなレイド、家族が世話になった。礼を言うよ」
「いや、いいんだ。それより村が焼かれた理由を聞かないのか?」
「察しはつく。オルド人の扱いなんて、どこの国でも同じようなものだからな」
そう言って、バゼルは視線を落とした。
「でねっ! バゼル兄にも来て欲しいの!」
「俺に? どうしてだ」
「みんなで協力して暮らせる場所を作ろうとしてるんだけど、まだ安全じゃないから守ってくれる人が必要なんだよ」
バゼルは考えた。どこか山間で暮らせる場所を造ろうとしているのだろうが、再び焼き払われるかもしれないし、野生の獣に襲われる可能性もある。
集落の男達は高齢な者が多く、若くて戦える者が欲しいと思うのは無理もない。
思考を巡らせたバゼルの予想は概ね合っているが、集落の人間が城で暮らしているなど、夢にも思っていなかった。
「フィーネ、気持ちは分かるが、ここの戦いは終わっていない。簡単には帰れないんだ」
「……そうなんだ」
フィーネは肩を落とし、悲し気な表情をした。マズイっと思ったバゼルは何とかフォローしようとする。
「ま、まあ、戦況が一段落すれば帰ることは出来ると思う。それまで待っててくれないか?」
「本当!?」
パッと明るくなる妹を見て、バゼルはホッとする。
「約束だよ!」
「ああ、約束する」
バゼルは、レイドに向き合う。
「レイド……俺はすぐに行くことは出来ない。すまないが、しばらくの間フィーネ達のことを頼む」
「……分かったよ。残念だけど、バゼルにも都合があるだろうし、仕方ないよ」
「悪いな」
「じゃあ、少しだけ両親に会うのは出来るだろ? すぐに帰ってくればいいし」
「は? 何言ってる。ここからモルガレアまで、どれだけ距離があると思ってるんだ! 簡単に行ける訳――」
バゼルがそう言いかけた時、足元に光輝く魔法陣が現れた。
「――何だ!?」
瞬間、バゼルは光に包まれる。目を開けた時、見たことのない巨大な建物の中にいた。そこには笑いながら生活する、ガレド村の人々がいた。
バゼルは何が起きたのか分からず、目の前の光景に絶句する。
「バゼルじゃないか!」
「親父……」
父のアゼルと母のマリーが、突如として現れた息子の元へ駆け寄る。マリーは息子の無事を喜び、抱きしめて安堵の息を漏らす。
「どうして!? 俺はアレサンドロにいたはずじゃ……?」
「レイドよ。レイドがどんな遠くでも連れて行ってくれるの。そのおかげで私達も暮らせているのよ」
「レイドが……?」
バゼルが振り返ると、別の魔法陣から現れるレイドやフィーネがいた。バゼルはレイドに詰め寄り、一体どうなっているのか説明するように迫る。
「分かった。この機会に全部話すよ。俺に起こったこと……全部を」




