第29話
アヴァロンから離れること数キロ。新大陸を進む集団があった。数十人は騎馬に乗り、残りは歩いて付き従う。
「しっかし、なにもねーな。見渡す限り岩場と平地だけだぞ」
"黒剣”のカールが額の汗を拭いながら愚痴る。
「仕方がないだろう。つい数日前まで海に沈んでいた大地なんだ」
グスタフは顔色一つ変えずカールに答えた。その横を歩くダイアが立ち止まり、足元の土を手に取る。
再び歩き出し、手に持った土の匂いを嗅いで少量を口に含む。
「おいおい、何やってんだダイヤ! 暑さでおかしくなっちまったのか!?」
ダイアの奇異な行動に、カールは訝しがる。
「おかしいな……」
「どうしたダイア、何か気になるのか?」
グスタフが聞くと、ダイアは持っていた土を地面に捨て、パンッパンッと手を払う。
「ずっと深海に沈んでいた土地なら、塩分を含んでいるはずだ。そんな土地は塩害で作物は育たない……。だが、ここの土は塩分をまったく感じない。それどころか、かなり良質な土壌のようだ」
「あ~そう言えば、お前の実家は農家だったな。まあ、どっちにしろ俺等には関係ないが……」
呆れた顔でカールが呟く。そんなことを言っている間に、目的の建物が見えてきた。
「おお……あれが……」
「とてつもなく大きいな。モルガレアの王城を遥かに凌ぐ」
新大陸を進む集団の視界に入ってきたのは、広大な平地の中にポツンとそびえ立つ立派な城だった。
長く巨大な城壁に囲まれ、装飾を施された壮大で荘厳な王城だ。
「ホントにあったぜ。こんな所に城があるなんて眉唾だったが、俄然やる気が出てきた! お宝が眠ってるかもな!」
喜び勇むカールを見て、やれやれと息を吐くグスタフ。だがグスタフもまた、見たことも無い城に期待と不安を募らせていた。
「鬼が出るか蛇が出るか……行ってみなければ分からんな」
◇◇◇
「アラン殿下、偵察隊の報告通り城がありましたね」
「ああ、ずっと海底にあったとは思えない美しさだな。ここはモルガレアの領土だ。あの城は接収して我々が使うことになるだろう」
集団の先頭を行くアランと近衛騎士団隊長のブレストは、馬上から遠くに見える城を眺めていた。歩兵に合わせて馬を歩かせていたが、アランはすぐにでも城に辿り着きたいと思っていた。
二時間ほどでようやく城壁の前まで辿り着く。
壁沿いを歩いて行くと、大きな城門が見えてきた。
「しかし、どうやって入ればいいんだ?」
集団は城門の前で立ち止まり、それぞれが感嘆の声を上げる。アランは巨大な門を見上げ、どうしたものかと思い悩んでいたが……。
『遠い道のりをお越しいただき、感謝いたします』
突然、門全体から頭に響くような声が聞こえてくる。
「だれだ!? どこにいる?」
急に聞こえてきた声に慌てるアラン。周りにいた近衛兵や冒険者達も、急な出来事に困惑する。
「おいおい、どうなってんだグスタフ?」
「分からん。だが、気を抜くな! 敵かもしれん」
全員が警戒態勢を取った時、再び門から"声”が聞こえてきた。
『せっかく来て頂きましたが、今は皆様のお迎えする用意が出来ておりません。日を改めてもらえると助かります』
「お前が、この城の主か!?」
アランが語気を強めて、門に問いかける。
『いいえ、主は只今不在です。ご用件は私が伺います』
「その主というのがダンジョンを攻略した者だな! 秘宝を簒奪した罪人としてひっ捕らえる。門を開けよ!!」
『…………』
アランの言葉に冒険者達は騒然となる。攻略者が居るなどと聞いていなかったからだ。
カールとグスタフは、そびえ立つ城門を見上げる。
「この中にいるのかよ!? "攻略者”が?」
「そのようだ。歴史上、誰も成しえなかった"ダンジョン攻略”。それを行った奴が、ここにいるんだ」
「でも何で、こんな所にいるんだ。グスタフ? ここは突然出てきた大陸だぞ」
「理由は一つしかない……。この城や、新大陸自体が"ダンジョンの秘宝”なんだ。だからこそ攻略者が城にいる!」
カールとグスタフは門を見つめながら額に汗を滲ませる。彼らは気づいた。これは貴族が新大陸で行う、ただの調査ではない。
恐らくこの隊を率いているのは国政の人間だ。
自分達は図らずも、モルガレアと攻略者の争いに巻き込まれたのだと臍を噛む。グスタフは、それがどれほど危険なことなのか充分理解していた。
「今すぐ門を開けよ! 我らは王国の使者であるぞ!!」
アランの言葉に反応は無かった。舌打ちをしたアランは近衛兵に対して、手を上げて合図する。隊長のブレストは頷き、近衛隊全員に号令をかけた。
「門を破壊しろ! 魔導士隊、前へ!!」
ブレストに促され、宝玉のついた杖を構える魔導士達。杖の先端が光輝き、炎の魔法が撃ち出される。
門に当たると苛烈な光を放ち、次々と爆発した。
冒険者達が唖然としている中、城門は煙に覆われる。一陣の風が吹き、門にかかっていた煙が払われる。
そこには傷一つ無い、変わらぬ姿の城門が目に飛び込んできた。
「ぬ、ぐぐ……」
歯ぎしりするアランを尻目に、門から聞こえてくる声は至極冷静だった。
『仕方がありません。あまり事を荒立てたくありませんが……』
声がそう言うと、巨大な城門は地響きのような音を立てながら、ゆっくりと開いてゆく。その光景を息を飲んで見つめる近衛兵や冒険者達。
「は……はは、ようやく投降する気になったか。誰かは知らぬが、国と対立することなど出来ようはずがない」
アランが意気揚々と城門の中へ入ろうとした時、向こうから誰かが歩いてくることに気づく。
それは青い甲冑を纏った、一人の騎士だった。
アラン達に緊張が走る。
『どうしても、我が主と対立すると言うのであれば、この【青騎士】がお相手することになります。争いを避けたければ、このままお帰り下さい』
「ふざけるな! たった一人で何が出来る。行け! ブレスト、我々の力を思い知らせろ!!」
「ハッ!」
ブレストが隊を率いて青騎士に向かってゆく。騎馬三体が、ほぼ同時に斬りかかる。逃れることは不可能な状況であったが――
三体の騎馬は動きを止め、彼らが持っていた三本の剣が空から落ちてくる。
近衛兵は馬ごとガクンッと態勢を崩し、そのまま倒れた。青騎士に三名が斬り伏せられたことを、ブレストは一瞬分からなかった。
だが、鞘から振り抜かれた剣を見た時、ブレストの背筋に悪寒が走る。己の経験が、この者と戦うなと警鐘を鳴らしている。
「何をしているブレスト! 早くそいつを倒せ!!」
「ハ、ハイッ!」
残った隊に指示を出し、ブレストも青騎士に向かって馬を走らせた。




