第28話
みんなの住む場所を、自分の両親も住んでいた場所を守りたかった。
いまさら考えても意味がない。そんなことはレイドも分かっている。それでも、ああしておけば、こうしておけば、と、そんな思いが頭をもたげた。
村の人達は、レイドに優しい言葉をかけてくれる。その言葉に、よりいっそう胸を締め付けられる。
「まあ当面、どこで暮らすか考えないとな」
アゼルが明るく言うと、レイドはハッと思い付く。
「ちょっと待ってて!」
「レイド兄?」
フィーネから少し距離を取ったレイドは、上着のポケットから金属の玉を取り出し話しかける。
「バルタザール」
『ハイ、どうされました? レイド様』
「村の人達が家を無くして困ってるんだ。城に連れて行ってもいいかな? 五十人ぐらいなんだけど……」
『まだ、レイド様がダンジョン攻略者と知られるのは得策ではありませんが、緊急のご様子ですので仕方ありません。城に収容することは可能です。しかし、食料などの問題を解決する必要があります』
「分かった。それは何とかするよ」
レイドは駆け足で、みんなの元へと戻る。
「住む場所なんだけど、何とかなるかもしれない」
「えっ?」
「本当かい、レイド!」
その場にいた人々は、レイドの言葉に驚く。
しかし、レイドが真面目で優しい青年なのは知っているが、自分達と同じ貧しい農民であることも知っていた。
そんなレイドに、大勢が住む場所を提供できるとは思えない。
「レイド、気持ちは嬉しいが、これはみんなで考える問題だ。君だけに負担をかける訳にはいかない」
アゼルは自分たち年配の者が、責任を持って村のことを考えるべきだと、そう思っていた。だが――
「バルタザール、全員の転送を頼む!」
『了解しました』
村人の足元に光の円が描かれる。「わっ!?」「なんだ?」と、その場にいた者は驚きの表情を浮かべる。だが、気づいた時には転送が完了していた。
「えっ?」
「どこだ、ここは!?」
「オレたちゃ、幻でも見てんのか?」
何が起きたのか分からず、辺りをキョロキョロ見回す人々。
知らないうちに、どこか巨大な建物の中にいる。壁際に見たことのない彫像が立ち並び、高貴な屋敷を思わせる赤い絨毯が永遠と敷かれていた。
アゼルは自分達が、どこぞの貴族の邸宅にでも迷い込んだのかと困惑する。
「レイド……一体、これは?」
アゼルは肩に担いでいたカトレアをゆっくりと下ろし、戸惑いながらレイドに尋ねる。そんな時、近づいてきた銀色の兵士が、カトレアを抱きかかえて連れていった。
「城の中だよ。当面はここを使って構わないから」
「城!? どこの城だ? いや、それよりどうやってここまで来たんだ!? 俺達は山の中にいたはずだぞ!」
完全に混乱しているアゼルをなだめ、レイドは説明するため全員に集まってもらう。
「今はまだ詳しく話せないけど、ここは最近知り合ったバルタザールという人が管理する城なんだ」
みんな真剣に耳を傾けてくれているが、フィーネを始め多くの人は何が何やら分からないといった表情をしている。
「その人は不思議な魔法が使えて、みんなを一瞬でここに運んでもらったんだ。しばらくは、ここを使って生活していいから」
城の中には多くの部屋があり、水も地下から汲み上げて使うことが出来る。下水も整備され、城で暮らすのに支障はなかった。
レイドはなるべく嘘をつかないように言ったつもりだったが、当然それで納得する者などいない。
「ちょっと待ってくれ、レイド。そのバル……何とかっていうのに頼んだと言うけど、いつそんな時間があったんだ? 村が燃やされてから、俺達が山へ登ってくるまで、たいした時間は無かったはずだ」
アゼルの疑問に答えるため、レイドはポケットから銀色に鈍く光る金属の玉を取り出す。手の平に乗せ、大勢に見えるように差し出した。
「バルタザール、簡単に説明してあげて」
『かしこまりました』
金属の玉から‟声”が聞こえたことで、辺りにいた人達はギョッとする。
『私がバルタザールです。この‟玉”を通して会話することが出来るので、いつどこにいても連絡を取ることが出来ます』
「玉がしゃべってる……」
「凄い……これが魔法なのか?」
村の人達は魔法というものがあることは知っていたが、実際に見たことは無い。不思議な現象を魔法と言われてしまえば「そういうものか……」と信じるしかなかった。
「フィーネ!」
「え、は、はいっ!」
「この‟玉”を預ける。バルタザールの言うことをよく聞いて、みんなと生活していく上でのアドバイスをもらってくれ」
「私が?」
「頼んだぞ!」
「う、うん……分かったよ」
フィーネは金属の玉を手に取り、それを持ってみんなの元へ戻って話合う。バルタザールが城についての説明をして、生活するためのルールを教えているようだ。
それを見ていたレイドはポケットから、もう一つの金属の玉を取り出す。
「バルタザール、みんなのことは頼んだよ」
『お任せ下さい。それと、別にもう一件問題があります』
「なに? 問題って?」
『アヴァロンまで、お越しいただけますか』
レイドは、城の上階にあたるアヴァロンへと向かった。
◇◇◇
「カトレアは大丈夫かな?」
『壊れた体を修理するため【ザグレウスの柩】に運びました。しばらくすれば修繕も終わるでしょう』
「そうか……良かった」
レイドはバルタザールの本体がある大広間に来ていた。カトレアが直るかどうか分からなかっただけに、ホッとする。
『この映像をご覧下さい』
頭上に展開された映像を見上げると、そこには大勢の人間が映し出されている。
「この人達は?」
『どうやらモルガレアの軍隊のようです』
「ええっ!? 軍隊?」
『ハイ、ただ軍隊と言っても少数の軍人と、残りは寄せ集めの冒険者のようです。恐らく正規の国軍ではないでしょう』
「そうなんた……何人ぐらいいるの?」
『【星々の眼】で確認した所、百五十六人が城門近くまできています。いかがされますか?』
「う~ん、今それどころじゃないんだけどな……」
レイドは頭を掻いて思案する。村の人達の食料をどうするかなど、解決しなければならない問題が山積していた。
「今は対応できないよ。何とか帰ってもらえないかな?」
『かしこまりました。では、そのように』
バルタザールがそう言うと、広間の端で佇んでいた青騎士が、ガチャリ、ガチャリと鎧を鳴らしながら歩いて城門へと向かう。
それを見送って、レイドは安心する。青騎士とバルタザールなら、きっとうまくやってくれる。そう思い、レイドはフィーネ達の元へと戻っていった。




