第27話
「他の奴等はどうした?」
数十人の兵士が村に雪崩れ込んで来る。革の鎧を着こみ、腰には剣を差した兵士達は、長い棍棒のような物を持っていた。
奥からは、一人だけ身なりが違う兵士が出てくる。
「この村にいる村長のダニエーレ始め、計十名の捕縛命令が出ている。おとなしく差し出してもらおうか」
レイドとアゼルの前に出てきた兵長のダレイは、高圧的な態度で二人に命令する。
「今はいない。それより何の嫌疑で乗り込んできたんだ? まず、それを説明すべきじゃないのか?」
反発するアゼルに、ダレイはやれやれといった表情で一枚の羊皮紙を取り出す。
「令状だ。この村の者が国家安全法に違反したことが書かれている。国に対しての反逆行為だ。まあ、オルド人に字が読めるかは分からんが」
「ちゃんと読めるさ。村長達は子供に学校や病院に行くことを認めて欲しいと嘆願しに行っただけだ! それのどこが反逆行為なんだ!!」
表情に怒りを滲ませるアゼルに、兵長のダレイは蔑んだ視線を向ける。
「お前等のような虫けらに人間らしい権利を認めろと言うのか? 馬鹿も大概にしろ! こうやって暮らす場所を与えてもらってるだけでも感謝すべきだろう」
当たり前のように言い放った言葉に、レイドとアゼルは衝撃を受ける。自分達は人間として扱われてないのかと。
「兵長! やはり村には誰もいません」
村を調べていた兵士達が報告する。捕縛する対象がいなければ、諦めて引き上げてくれるかもしれない。アゼルとレイドは淡い期待を持っていた。
「仕方ない。罪人がいないのなら……」
ダレイが目配せすると、部下の兵士達が背嚢から松明を取り出す。火を灯して、家々を回り始めた。
「何をする気だ?」
「領主様の決定で、この村の畑や家は全て没収されることになった。元々恩情で貸し与えられていたんだから、当然だろう」
「そんな……そんなことしたら生活できなくなる!」
レイドが悲壮な表情で叫ぶが、
「ゴミが生きようと死のうと、我々には関係ないだろ? やれ!」
ダレスの命令で、兵士達は次々と家に火を放っていく。
「やめろ! 俺達の家だ、俺達が生きていくのに必要な家なんだ!!」
懇願するようにアゼルが叫ぶが、兵士達は火をつけるのをやめようとはしない。
「頼む! やめさせてくれ!!」
アゼルがダレスの腕に縋りつくが、近くにいた兵士に棍棒で顔面を殴り付けられ、地面に突っ伏す。
「アゼルさん!」
兵長は帯刀した剣を抜き、アゼルの側で振り上げる。
「やめろーーー!!」
レイドが走って止めに行こうとすると、兵士たちが立ちはだかった。
「まったく、これで反逆罪が適用されるな。殺してかまわんぞ」
ダレスの言葉に、兵士達は歪んだ笑みを浮かべ、レイドの頭めがけて鉄の棍棒を振り下ろす。レイドはかわすことが出来ず、両手を上げて防ごうとした。
次の瞬間――
打ち据えられた棍棒を片手で握り、眼前に立つカトレアの姿があった。
「なんだぁ? この女は!」
兵士の男は力を入れて棍棒を引き離そうとしたが、ビクともしない。
「くっ! おい、やっちまえ!!」
別の兵士が二人、後ろから飛び掛かってくる。カトレアは振り下ろされる棍棒を軽々と避け、相手の急所に打撃を当ててゆく。
一瞬で三人を昏倒させた少女に、ダレスは驚愕した。
「貴様ら! あくまで歯向かうというんだな……」
ギリギリと歯を噛み締めるダレスが、「やれっ!」と命令すると、周りにいた兵士達が一斉にカトレアに襲い掛かる。
敵意を向けられた少女の目は赤く輝き、体から蒸気が噴き出す。
カトレアが本気になった時の戦闘態勢。そうレイドは確信した。だが、このままカトレアが全力で戦えば死人が出てしまう。
レイドは、それだけは避けたかった。
「待って、カトレア! 止まって!!」
レイドの命令で、カトレアの動きが一瞬止まる。瞬間、振り抜かれた棍棒が少女の顔面を捉える。激しい衝突音が響き、地面に倒れた少女の顔はひび割れていた。
「カトレア!!」
常人を遥かに超える速度とパワーを持つ‟守護者”だが、青騎士のような頑丈さは持っておらず、兵士の一撃で深刻なダメージを受ける。
地面に伏したカトレアは、なんとか立ち上がろうとするが、手足がガクガクと震え、うまく動くことが出来ない。
「今だ! やっちまえ!!」
五人がかりでカトレアを囲んだ兵士達が、殺意の籠った棍棒を容赦なく振り下ろしていく。メッタ打ちにされた機械の体を持つ少女は、右手をわずかに上げると、徐々に動かなくなっていった。
「やめろ! やめてくれ!」
カトレアに近づこうとするレイド。前にいた兵士に殴り飛ばされる。
「がっ!」
「おい、近づくんじゃねーよ。虫けらが!」
口から血を流し、地面に倒れたレイドに向かって棍棒を叩きつけようとする兵士。だが、横から飛び掛かってきた黒い影に押し倒される。
「な、なんだ!?」
慌てふためく兵士、腕に噛みついたそれを、必死で引きはがそうとしていた。
「ぐぅぅぅ、わんっ!」
「ジャック!!」
レイドを助けに来たジャックは、カトレアを囲む兵士にも飛び掛かっていく。
「なんだ、コイツ!」
「おい! そっちに行ったぞ」
「くっそ、ちょこまかと!」
縦横無尽に走り回るジャックに、兵士達は翻弄されていく。元々、熊と戦う猟犬だけに、兵士相手でも怯むことがない。
その隙をついてアゼルが、カトレアの腕を引き、何とか救出する。
「レイド! 今の内だ、行くぞ!」
「は、はい!」
レイドは後ろを振り返り、ジャックを呼ぼうとした。その瞬間―― 兵士が剣を抜き、振り上げる。
「――ジャック!」
冷酷に振り下ろされた凶刃は、ジャックの体を深々と切り裂いた。大量の血が噴き出し、弱々しい鳴き声が響く。
地に落ちた犬の体は痙攣し、立ち上がることはできない。
レイドの叫びが、虚しくジャックの体をすり抜ける。
手を伸ばし、ジャックを助けに行こうとしたがアゼルに止められる。何も出来ないまま、ただ逃げるしかなかった。
アゼルは肩にカトレアを担ぎ、レイドの手を取って山林の茂みに飛び込む。兵士も追ってくるが、地の利は圧倒的にアゼルが勝っていた。
兵士達を巻いたアゼルは、山の斜面から見下ろす。そこには燃え盛る自分達の村があった。
これからは住むことが出来ない場所。
レイドとアゼルは燃えていく村を、ただ見ているしかなかった。
◇◇◇
「おい! アレを見ろよ……俺達の家が燃えてるぞ!!」
山に避難していた人々が麓にある自分達の村に目をやると、家が次々と燃えていくのが見えた。
「ああ……」
村人は絶望的な気持ちとなり、その場にへたり込んでいく。
「また……住む場所を無くしてしまったのう」
村長が悲し気に言うのを、フィーネは側で聞いていた。オルド人は流浪の民。住む場所を奪われることは、決して珍しいことではない。
「落ち込むなよ! 俺達は生きてる。生きていれば、またやり直せるじゃないか!」
コーゼルが、努めて明るく言う。
「……ああ、そうだな」
「確かに……落ち込んでても仕方ないか」
「まさか、気弱なコーゼルに励まされるとはね」
コーゼルの言葉で、顔を上げる者がポツリポツリと出てきた。彼らはオルド人。どんなに虐げられ、差別されても前を向いて生きていくしかない。
◇◇◇
レイドとアゼルは力なく山を登っていた。二人ともボロボロになり、アゼルが担ぐカトレアはピクリとも動かない。
――俺のせいだ……。俺がカトレアを止めたから、こんなことに……。俺が、俺が余計なことさえしなければ。
レイドは激しく後悔していた。カトレアの実力なら難無くあの場を切り抜け、全員無事に逃げられただろうと。
だが現状、カトレアは破壊され、ジャックは殺されてしまった。
「レイド兄!」
「おお、アゼルとレイドも無事じゃったか」
駆け寄ってきたフィーネ、村長や村の人々も安堵の声を漏らす。
「良かった二人とも無事で、心配してたんだよ!」
「ごめん……村を守れなかった」
肩を落とすレイド。そんな二人の元に、村人が集まってくる。
「二人とも、ありがとうね。あんた達のおかげで命拾いしたわよ」
「無事に帰ってきて良かった。レイド、アゼル」
「「レイド兄ちゃん、ありがとう」」
「アゼルは年甲斐もなく、無理しすぎだよ」
年配の人から子供まで、アゼルとレイドに感謝の言葉を口にする。二人が逃がしてくれなければ、どうなっていたか分からないと。
それを聞いたレイドは、いたたまれない気持ちになった。




