第26話
この一週間。レイドは七つのダンジョンを攻略し、‟オルドリアの遺産”を手に入れていた。
アヴァロンに運んだ‟秘宝”は全部で七つ。
鉄騎の03 【青騎士】
沈黙の軍勢02 【弓術隊】
沈黙の軍勢05 【騎馬隊】
制圧せし飛空艇06 【ターミガン】
ユニークの03 【ザグレウスの柩】
ユニークの04 【パナケイアの楽園】
ユニークの07 【星々の眼】
バルタザールに優先的に確保するよう指示されたものだ。
『レイド様のおかげで、このアヴァロンを含む王宮の機能は、おおむね元の状態に戻すことが出来ました』
「じゃあ、前に言っていたことも出来るようになったんだな」
『ハイ、【ザグレウスの柩】は‟オルドリアの遺産”が破損した場合、その修復を行います』
バルタザールは宙に浮かんでいる映像の一つを切り替えると王宮内を映し出す。
そこはアヴァロン以外の建物。宮殿と呼ばれる場所の一角にある広い作業場だった。
『そして【パナケイアの楽園】。これは傷ついた人間を治すための部屋です。強力な回復魔法が放出されるため、通常では助からない怪我でも死の淵から救うことが出来ます』
そんな機能まであることに感心しているレイドの前に、重みのある足音を鳴らしながら、一人の騎士が現れる。
「……青騎士」
『青騎士は戦力として、とても頼りになります。かつてのオルドリア帝国でも、主戦力として数々の戦場に赴きました』
全身を鮮やかな青い甲冑に覆われた騎士。カトレアのように話すことはないが、その寡黙さが信頼できる仕事人という雰囲気を醸し出している。
兜の奥に隠れた顔は見ることは出来ない。恐らくはカトレアと同じなのだろうとレイドは推察していた。
青騎士はレイドの前で、うやうやしく膝を着き、頭を垂れた。
『青騎士は城の守備兵として配置します。他にもレイド様が持ち帰った、【弓術隊】【騎馬隊】【ターミガン】は全て城の守りを固めるために使います。これで敵となる者がいても容易に攻めてはこれません。そして――』
最後に手に入れたのが【星々の眼】
レイドは辺りを見回すが、特に変化はない。台に組み込んだ水晶が、どんな働きをするのか知らなかったレイドは、バルタザールに聞いてみる。
「この【星々の眼】って、どんな効果があるんだ?」
『この水晶、ユニークの03【星々の眼】よって、天の彼方から地上を見下ろす、新たな‟眼”を起動できます』
「眼……? いろんな物が見えるってこと?」
『実際にご覧になったほうがよろしいでしょう』
レイドでは見ることの出来ない遥か上空、成層圏を抜け宇宙にかかる空間。その銀の球体は長い眠りからゆっくりと目覚める。
動き出した銀色の表面から一つの目が現れ、ギョロギョロと動き回る。宇宙に数百とある丸い目玉は、下界を覗く‟神の眼”の如き異彩を放つ。
『映像を展開します』
バルタザールがそう言うと、大広間の天井に数多の映像が展開される。
それは大地を上から俯瞰したような映像だった。一つ一つが人々の営みを近くで見ているかのように捉えていたため、レイドは驚嘆する。
「すごい……」
『これがあれば、世界中の人々の配置や移動など実時間で把握することが出来ます。そして私が見たかった場所がここです』
映像が切り替わると、大勢の人達がいる場所が映し出される。
「ここは?」
『アレサンドロ帝国のダンジョン周辺です』
「アレサンドロ? ダンジョン周辺って……この人達、何してるんだ?」
『恐らく、ダンジョンの隠し通路を探してるんでしょう』
「えっ!?」
バルタザールがさらりと言った言葉に、レイドは驚く。
『知識の源泉によって集めた情報によれば、アレサンドロの宰相ロイス・クラインは稀に見る優秀な頭脳を持つと言われています。ならば、ダンジョンの秘密に一早く気づくと思っていましたが、案の定でしたね』
「いやいや、大問題だよ! アレサンドロには沢山のダンジョンがあるけど、もう入れないって事じゃないのか!?」
『おっしゃる通り、人海戦術で広範囲を捜索しているのは、我々に入らせないようにするためでしょう』
「そんな……」
『アレサンドロには確保しておきたかった‟遺産”があったのですが、已むを得ません。他の国から攻略をしていきましょう』
不安を募らせるレイドだったが、バルタザールの提案を受け入れ、その日は家に帰ることにした。
◇◇◇
「――ふぅ、最近、世界中のダンジョンを立て続けに入ってるから、さすがに疲れたよ。カトレアは疲れることはないの?」
レイドは一緒に戻ってきたカトレアに声を掛ける。常に無表情なので、調子が悪くても気づけないと心配していた。
『問題ありません。お気になさらず』
「そう……それならいいけど」
いつものようにカトレアを台所の椅子に座らせ、レイドは灯りを消し就寝する。アレサンドロのことは気になるが、今考えても仕方ないと瞼を閉じた。
次の日の朝。レイドは家の扉を叩く音で目覚める。
「ん……、なんだ?」
半開きの瞼をこすりながら戸を開ける。そこにいたのは近所の家に住むコーゼルだった。
「どうしたコーゼル、何かあったのか?」
「大変なんだレイド! 村長達が集まって話し合ってるのを聞いたんだ。この村に、領の兵士がくるって騒ぎになってる!」
「え? どういうこと?」
困惑しながらコーゼルに聞き返すレイド。眠気はすでに吹き飛んでいた。
「俺も詳しくは知らないけど、領主様に何かの嘆願に行ったみたいだ。そのせいで怒りを買ったんじゃないか?」
「そんな……」
レイドはカトレアと共に、急いで村長の家へと向かう。
村の端にある少し大きい家に飛び込むと、そこには十人程の年配のオルド人が集まっていた。村長のダニエーレと長老達だ。
「ダニエーレさん! 兵士が来るって本当なの!?」
「レイド……本当じゃよ。近くにあるオルドの村人達も捕らえられたという話じゃ。いずれワシらのところにも来るじゃろう」
「どうして!?」
長老たちは一様に俯く。唯一顔を上げた、村長のダニエーレが口を開いた。
「すまんのう、レイド。ワシらの一存で、領主様に嘆願書を出したのじゃ。子供達が学校や病院に行けるようにして欲しいと……それが良くなかった」
村長が悪いとはとても思えないレイド。だがオルド人に対する扱いを考えれば、反意ありと見なされて粛清の対象になっても、おかしくはなかった。
「別の村々では反逆的な行為として逮捕拘束されておる。反抗的な態度を取って殺された者もいるとか……」
「そんなの、あんまりだ!」
レイドの体はわなわなと震えた。村長たちが危険を顧みず、どんな思いで領主様に頼もうとしたか……。嫌というほど分かっていた。
「レイドよ、責任はワシらが取る。お主ら若い者はすぐに避難するんじゃ」
長老達は全員覚悟を決めているようだった。だがレイドは当然納得しない。
「そんなこと出来る訳ないじゃないですか! 全員で避難しましょう」
「しかしの……」
非難することを渋る長老達だったが、心強い人が来てくれる。
「レイド!」
やって来たのはフィーネの父、アゼルだ。アゼルに現状を説明し、長老達を外に連れ出すのを手伝ってもらう。
村の人達も、何事かと次々に集まって来る。アゼルが不安がる住人に説明して、全員で避難することになった。
レイドは金属の玉を取り出し、周りに聞こえないようにバルタザールと連絡を取る。
『いかがされましたか?』
「バルタザール! 村の近くに兵士達が来ていないか知りたいんだ」
『少々お待ちください』
バルタザールは【星々の眼】を使って確認しているようだったが、すぐに答えは返ってきた。
『ガレド村より、北東に10キロ。100人程の集団が見えます』
「10キロ……もう、そんな所に……」
『武装しているようです。いかがなさいますか?』
「取りあえず、みんなを避難させるよ。また連絡する」
バルタザールとの交信を切ったレイドは、村の中にいる高齢者に手を貸しながら避難を促していった。
村のほぼ全員が山の奥に行った頃、レイドが村を見回すと――
「わんわん!」
「ジャック!」
レイドの胸に飛び込んで来るジャック。戸を閉めていなかったレイドの家から駆けだして来たようだ。
「ごめんな、ジャック。お前のことを後回しにして……」
クゥ~ンと頭を擦り付けてくるジャック。謝るレイドの横で、一緒に避難を手伝っていたアゼルが声を掛けてくる。
「レイド、俺達もそろそろ行かないと」
「アゼルさん、すいませんが、ジャックを連れて先に行って下さい」
「なに!? レイド、お前はどうする気だ?」
アゼルが訝しげに聞いてくる。
「俺はここでグロスター領の兵士を待ちます。話し合いで何とか出来ないか、やるだけやってみたいんです」
「バカを言うな! お前も捕まるかもしれないんだぞ!!」
「大丈夫です。いざとなったら逃げますから」
「絶対にダメだ! お前が残るなら俺も一緒に残る」
一歩も引かないアゼル。レイドは最悪の場合、青騎士や沈黙の軍勢をバルタザールに転送してもらい、なんとか追い払えないかと考えていた。
だが、アゼルが近くにいては、それも出来ない。バルタザールからも戦力が整うまで、ダンジョン攻略のことは知られないようにと言われていたからだ。
アゼルと押し問答している間に、グロスター領の兵士が村に到着してしまう。
「お? 見ろ、オルドの豚どもがいるぞ」
薄ら笑いを浮かべる兵士達が近づいてきた。




