第25話
モルガレアの王都、リンデンブルに置かれたギルドの本拠地。
多くの冒険者が出入りし、国にいくつかあるギルドの中でも、もっとも多くの依頼書が張り出されている。
そんな掲示板の前で、冒険者達が集まり話題にしていた依頼があった。
「何だ? どうした、何かあるのか?」
たまたまギルドに寄った‟黒剣”のグスタフとカール。二人は人ごみを掻き分け、一枚の依頼書に目を通す。
「貴族からの依頼書か……」
「ああ、結構な報酬だな。新大陸に行く調査隊の補佐と護衛か、話題の新大陸に関する依頼だ……どうするグスタフ?」
モルガレアの沖合に謎の大陸が現れたことは、当然ギルドや冒険者の間でも話題になっていた。しかし詳しいことは分からず、調査隊が出ること自体は何らおかしなことではない。
だがグスタフは、ある一文が気になった。
「引っかかるのは‟護衛”の文言だな。何から守れというんだ?」
「よく分からんが、未知の場所へ行くんで怖いんだろう。港町に住む酔狂な貴族からの依頼だ……のんびりしてると締め切りなるぜ。いいだろ、なっグスタフ!」
結局、カールに押し切られる形で依頼を受けることにしたグスタフだったが、何か嫌な予感がしていた。
――考えすぎならいいんだが……。
◇◇◇
新大陸出現の情報は数日をかけ、全世界へと広がっていった。
信じられないといった反応があった一方で、それ以上に衝撃を与えたのは、各国のダンジョンが次々と攻略されたことだ。
【カスリュート国・王城――】
「どういうことじゃ! 我が国のダンジョンが攻略されたじゃと!!」
語気を強めて居並ぶ臣下に問いただしたのは、カスリュートの国王ペドロⅢ世。背は小さく、でっぷりとしたお腹を揺らして憤る。
彼がここまで怒りを露にするのは、カスリュートでは一般にダンジョンは公開しておらず、その探索の全てを国が担っていたからだ。
国の与り知らぬ所でダンジョンが攻略されるなど、決してあってはならないことだった。
「間違いないようです。洞窟内の明かりは落ち、魔物もおらず、調査隊が入った最下層の部屋ですら何もなかったと報告がありました」
「バカな……」
歯ぎしりをして悔しがる国王を見て、臣下の男は肝を冷やす思いだった。
【ヨトン共和国・首都ベナン――】
石炭を始め、多くの資源が取れることで有名なヨトンの宰相マゼラン。かなりの老齢で、自身の執務室に籠ることが多くなっていた。
そろそろ引退して後進に道を譲ろうかと考えていた彼に、二つの異常な報告がもたらされる。
「モルガレアの領海に大陸……大きな地殻変動でも起きたのだろうかのう?」
マゼランが更に問題だと思っていたのが、ヨトン共和国にあるダンジョンが二つ攻略されたという報告だ。
――アレサンドロの‟空に浮く島”が落ちたと聞いた時、空のダンジョンが攻略されたのではないかと噂が流れた。信憑性の無い話だったので一笑に付したが、今考えれば本当だったのかもしれぬのう……。
マゼランは自分の執務室で、白く長い顎髭を触りながら、答えの出ない問答を繰り返していた。
【西の大国ゲルマンド――】
重厚な扉に閉ざされた会議室。厳かな空気の中に十二人の将軍たちが、年季の入った長机に着席していた。
どの将軍も歴戦の強者であり、その身に纏う厳格な威圧感は軍事大国として知られるゲルマンドをよく表している。
定例の軍事会議で議題に上ったのは、やはりダンジョンについてだった。
「どうなっておるのだ!? 新大陸が現れたと前代未聞の報告を受けたと思ったら、今度はダンジョンが攻略されたなどと!」
「我が国でも数百年かけてダンジョン攻略に力を入れてきたが、その糸口すら掴めなかった……それを、どうやって攻略したのだ?」
軍議に集まった将軍からは、次々と驚嘆と戸惑いの声が漏れる。
侃々諤々と議論が交わされる中、総大将であるカサエル・バジャットが口を開く。今まで話をしていた将軍達は、会話をやめカサエルに視線を向ける。
「何にせよ、ダンジョンの攻略はゲルマンド国にとっての悲願だ。それを成し遂げた者は、英雄と呼んで差し支えなかろう。見つけ出す必要がある」
「しかしカサエル様、攻略者は名乗り出る様子がありません。探し出すのは困難ではないでしょうか?」
「うむ……軍の人間ではないのなら、名のある冒険者だろう。先刻、王に謁見し攻略した者には爵位と領地を与えてもよいとお言葉を頂いた」
議場内から「おおっ」と、どよめきが上がる。
「確かに、それならば名乗り出る可能性はありますな!」
「だが代わりに‟迷宮の秘宝”は国に提出させるのだ。伝説では古代の兵器がダンジョンの最奥に眠っていると言われている。それがあればゲルマンドは軍事強国として、更なる発展を遂げることが出来る」
カサエルは立ち上がり、そこに居並ぶ将軍達を見渡す。
「何としても探し出せ! この国の威信にかけて」
◇◇◇
「何? またダンジョンが攻略されたのか!」
「ギルドからの報告です。南西部の農村にあったダンジョンが機能を停止したそうです。国内三件目の攻略で間違いないかと……」
モルドリア公国の宰相デミトゥリスは、将軍のオルスからの報告を溜息交じりに聞いていた。ここしばらくはダンジョンに関する報告が無かったため、攻略者が海外に行ったのではと考えていたからだ。
「また戻って来たということか……」
執務室の椅子に腰かけ、改めてオルスに尋ねる。
「それで……アラン様の様子はどうだ?」
「はい、それが……朝、近衛兵を率いて城を出て行った後、トロムソの町に入ったようです」
「……そうか」
大陸調査に国軍の派兵を進言したアランだったが、王に断られていた。
そのためアランは自分の動かすことの出来る若干名の近衛兵と共に、新大陸に近い海岸沿いの町トロムソに向かう。
率いた近衛兵は二十名もいないため、特に問題にはならないだろうとデミトゥリスは考えていた。しかし、その後の動きの予想がつかないため不安を抱く。
「監視する者の数を増やして、アラン様の動向を探ってくれ」
「はっ!」
大きく時代が動こうとしている。デミトゥリスはそんな予感がしていた。
◇◇◇
アヴァロンの大広間。レイドはゲルマンドのダンジョン最下層で手に入れた水晶を、円台の中心に組み込む。
台は強い光を放ち、徐々に収まっていく。
「どうかな? バルタザール」
『ハイ、問題なく起動できました』




