第24話
レイドは歩いて建物に近づいて行く。ポケットの中に入っていた金属の玉から、バルタザールの声が聞こえてくる。
『レイド様、右手にある“正門”より、お入り下さい』
指示に従い、大きな門に向かう。目の前にある城壁は美しい曲線を描き、どこまでも続くようにそびえ立つ。
城壁の中には宮殿のような物も見えてきた。贅を尽くした絢爛な建物の中心に【アヴァロン】が、ゆっくりと降りてゆく。
宮殿に組み込まれると、わずかに地面が揺れる。
見上げたレイドの視線の先にあるのは、壮観で荘厳な“王宮”だ。レイドは一度だけ、モルガレアの王都で王宮を見たことがあったが、とても比べものにならない。
それほどの建物にレイドは感動すら覚えていた。
正門の巨大な扉が、重厚な音と共に開かれる。
『お入り下さい。レイド様』
バルタザールに促され、レイドはカトレアと二人で中へと足を進める。門の中は完全に別世界、そこには木や花など植物が生い茂り建物には傷一つ無い。
とても千年以上も海に沈んでいたとは思えない光景だった。
しばらく進むと王城の内部へと繋がる扉が見えてくる。扉には凝った彫刻が施されていた。
重々しい音を鳴らし、自動で開かれた扉をくぐる。
中へ入るとアヴァロンによく似た構造になっていた。大理石の床、白く美しい壁、至る所に年代物の彫刻が置かれている。
そこから、いくつかの部屋を通り過ぎ、階段を昇って最後はアヴァロンに入り、バルタザールが居る広間に辿り着いた。
『いかがでしたか、レイド様』
「凄すぎるよ。何なんだ、ここは?」
『ここは千年以上前、世界に君臨したオルドリア帝国の王宮です』
「オルドリア……大昔に滅びたって言う? そんな物がダンジョンの“遺産”なのか? 一体ダンジョンって……」
『ダンジョンの最奥にある遺産とは、オルドリアの国そのものです。かつて栄華を極めたオルドリア帝国は、その力を分割しダンジョンへと封じたのです』
「どうして、そんなことしたんだ?」
『詳しくは教えることができません。私に与えられた役割は、私を目覚めさせた者を次のオルドリア帝国の王として支えよ。と言うものです』
「王なんて……とても俺には務まらないよ」
『レイド様が望まなくとも、世界はもう止まらないでしょう』
「どういうこと?」
『この大陸が現れたことは、すぐに世界中の国に知れ渡ることになります。領土を巡る戦争に発展するかもしれません』
「戦争!? そんな……」
『ですが戦争を回避する方法が一つだけあります』
「なんだ? その方法って!?」
戦争という言葉に焦りの色を見せるレイドに、バルタザールは冷静に答える。
『ダンジョンの遺産を全て解放し、圧倒的な“力”を得ることです。そうすれば争ったり、傷つけあう必要はなくなります』
「そんな……だって、攻略してないダンジョンなんて山のようにあるんだろ!? それを全部って……」
『それしか方法がありません』
「俺には無理だよ。バルタザール」
不安がるレイドの迷いを断ち切るように、バルタザールが言い放つ。
『それがあなたの運命です』
◇◇◇
その日、一羽の鳥がモルガレアの街から放たれる。鳥は風に乗り雲を超え、遥か地平の向こうアレサンドロ帝国の王都へとやってきた。
「ロイス様、モルガレアの間諜から火急の知らせのようです」
フォレスが持ってきたのは、連絡に使う鳥の足につけられた小さな筒だった。ロイスは受け取った筒を開き、中の手紙に目を通す。
手紙を見たロイスは一瞬顔をしかめた。ロイスが表情を変えるのは珍しい、とフォレスは気に留めるが、いつもの冷静な声が返ってくる。
「フォレス、すぐに会議の招集を」
「は、はいっ!」
午後に開催された緊急の会議は、かつて無いほど紛糾することになった。
「モルガレアの領海に大陸だと!? バカな、何を言っているんだ!」
国防大臣のクラーク・マーシャルが立腹しながら語気を強める。それを見て王も口を開く。
「ロイス、本当なのか? 私も容易に信じられん」
「お言葉はごもっともです。ですが、この報告は立て続けに何通も送られてきており、事実と考えるのが妥当かと」
責任ある宰相のロイスが言う以上、王といえど信用しない訳にもいかない。
アレサンドロの国王ハイマン・アレサンドロは、まだ五十代と若く、威厳のある快活な王だ。実力至上主義を掲げ、身分や年齢に関わらず才ある者を要職に次々と採用していた。
「なぜ、そのようなことが起こったのだ? 其方なら分かるのではないか?」
ハイマンはロイスの頭脳を高く評価していた。国に取って重要な判断をする際には、ロイスに助言を仰ぐのは常となっている。
「恐れながら、大陸が浮上したとされる場所は“海底遺跡”があった真上だと記憶しております」
「難攻不落のダンジョンか……では、そのダンジョンが攻略されたと?」
「はい、その可能性が高いかと」
ロイスの言葉に「う~む」と言って、王は沈黙する。今まで経験のない外交問題だけに、どうしたものかと思案した。
「陛下! モルガレアの沖合とはいえ、あの近くにはアレサンドロ帝国の飛び領地の島があります。我々の領土内に現れた大陸と言うことです」
国務大臣であるエドムンドの発言に、議場はざわついた。
「そもそも、空飛ぶ島のダンジョンを攻略した者はモルガレアの人間ではないかと聞いております。だとすればアレサンドロの重要な遺跡を持ち去ったことになり、明らかな敵対行為ではありませんか! モルガレアに追及すべきです」
エドムンドの意見に頷く者は多かった。ロイスもまた、その意見には納得する所もあったが、モルガレアと対立するのは時期尚早と考えていた。
「大陸が現れたのが本当なら、その領有権はモルガレアではなく、アレサンドロに帰属すべきです! モルガレアと領土交渉するために使節団を送ろうと思うのですが、陛下よろしいでしょうか?」
意見を求められた王は、チラリとロイスの方へ視線を向ける。ロイスは黙って頷いたため、王はモルガレアに使節団の派遣を了承した。
ロイスは思考を巡らせる。
――この状況……帝国にとって何が吉凶か、見極める必要がありますね。
◇◇◇
モルガレア公国、王城。
その中にある王の寝室。ベッドに臥せっている王ルドルフの傍らに、皇太子アランの姿があった。
「父上! どうか私に軍の指揮権を与えて下さい。偵察隊によれば、大陸に空を飛ぶ城が降り立ったと報告がありました。つまり、あそこにダンジョンを攻略した者がいるのです。どのような意図を持っているのか分かりませんが、この国の脅威になるのは明らか! 私が捕らえてまいります。どうか……」
「ならん! 相手と無用な対立を生むことになる。デミトゥリスも言っておったじゃろう、今は相手の出方を窺うべきじゃ」
「デミトゥリスは臆病風に吹かれているのです。手をこまねいていては取り返しがつかなくなるやもしれません! 父上!!」
「結論は変わらぬ。下がりなさい、アラン」
病に侵され弱った体であっても、王は力強い威厳を放ちアランを気圧した。仕方なく寝室を後にしたアランに側近が声を掛ける。
「アラン様……やはりダメでしたか」
「父やデミトゥリスは危機感が希薄なのだ。この国を真に憂いているのは、この私だというのに……」
悔しさを滲ませるアラン。何かを決意したように側近に指示を出す。
「ギルドに依頼を出せ。冒険者を集めるのだ!」




