第22話
モルガレア公国の西にある海底遺跡。
それが見つかったのは、たまたまだった。漁師が沖に出た際、天候が悪化して高波を受け船が転覆する。海に放り出された男は、水中で藻掻き苦しむ刹那、海底に壊れた建造物があることに気づく。
命からがら助かった漁師は、町でその話をしたが信じてくれる者はいなかった。酔狂なトレジャーハンターを除いては。
それが数十年前の話……。海底で見つかったのは古代の神殿跡。その一角にダンジョンに通じる入口があったのだが……。
「でも、海底にあるせいで攻略するのが恐ろしく難しいんだろ? 君が居た【龍の巣】と並んで難攻不落って聞いてるけど」
レイドは不安げに、バルタザールに尋ねた。
『おっしゃる通りです。海の中にあるため、行くこと自体が困難で、抜け道を探すことも至難の業でしょう』
「じゃあ、どうやって……」
『まずは海の捜索を可能にする【魔道書】を手に入れる必要があります』
バルタザールの提案を、レイドは困惑しながら聞いていた。
◇◇◇
翌日から指定されたダンジョンを攻略することにしたレイド。海底遺跡に行く前に、手に入れて欲しいと言われ“秘宝”は二つある。
一つは西にあるウートベルム国のダンジョン。レイドはその最下層に、カトレアと二人で来ていた。
『――最下層到達者を確認しました。魔道の04【海の書】の解放を認証、権限の委譲を承諾します』
台の上に光と共に浮かび上がる【魔道書】を手に取る。
「これが【海の書】か……」
レイドは手の上でふわふわと浮かぶ本を自分の意思で消すと、上着のポケットから丸い金属の玉を取り出した。
「終わったよバルタザール、戻してくれ」
『かしこまりました』
金属の玉は点滅し、そこからバルタザールの“声”が聞こえてくる。
レイドとカトレアが立つ床に光の魔法陣が描かれた次の瞬間、二人は【アヴァロン】の広間にいた。
「じゃあ、収めるよ」
『お願いします』
レイドがバルタザールを組み込んだ円台の側面に【魔導書】を差し入れる。円台は一瞬光を帯びるが、すぐに収まる。
『これで海の水を引かせ、海底のダンジョン周辺に入ることが出来ます』
バルタザールによれば【魔導書】は個人が持つものではなく【アヴァロン】に組み込み、城自体の魔力を使って発動させることで100%の効果を引き出せるとのことだった。
レイドは【魔導書】を円台に組み込んだままにして、バルタザールの分身体である金属の玉を通して間接的に力を使っている。
「次のダンジョンは明日だな」
抜け穴が開くのは夕暮れ時だけなので、一日に何度もダンジョンに入ることは出来ない。レイドは一日一回のペースで攻略していくことにしていた。
翌日―― モルガレアの北東にあるオリオン諸島。経済発展が進んでいない途上国であるため、国の治安が悪くダンジョンの管理もろくにされていない。
レイドがカトレアと一緒にダンジョンの周りで隠し通路を探していると、いかにも悪そうな三人組に絡まれた。
言葉が違うため何を言っているのか分からなかったが……。
「カトレア、お願い。手加減はしてね」
『了解しました』
30秒で静かになったので、そのまま抜け道の捜索を続けた。そして――
『――最下層到達者を確認しました。ユニークの02【知識の源泉】の解放を認証、権限の委譲を承諾します』
部屋の中央には正方形の台があり、その上に丸い水晶のような物が浮かんでいた。レイドが手を伸ばし取り上げると、ポケットの“金属の玉”がしゃべり出す。
『これで現代の知識が手に入ります』
「こんな水晶で知識が得られるのか?」
『この水晶は世界に散らばった教団“神聖教”の書庫と繋がっています。“神聖教”は、かつてオルドリア帝国が世界中の情報を集めるために意図的に作り出したものです。まだ残っているのなら意味があります』
「確かに“神聖教”は今もあるけど……」
『昔の知識しか無い私は、世界の国の名前も分かりません。これがあれば今後、よりレイド様のお役に立てると思います」
レイドは名前の登録を済ませ、バルタザールに転移の魔法を使ってもらい【アヴァロン】に戻った。水晶を円台の中央近くにある穴に入れると、【魔導書】を差し込んだ時と同じように、光が点滅し次第に収まってゆく。
『これで準備は整いました。明日、海底のダンジョンに挑みましょう』
「ああ、分かった。【アヴァロン】の移動は頼んだよ」
『お任せ下さい』
ダンジョンを攻略するため【アヴァロン】はゆっくりと移動を開始する。レイドとカトレアは家に転送してもらい、明日に備えることにした。
そして翌日、仕事を終わらせたレイドは畑の畔にいるカトレアとジャックに目をやる。カトレアは農作業の時もついて来ると聞かないためレイドは困っていた。
そんな時――
「レイド兄ーー!」
「フィーネ! どうした?」
突然畑にやって来たフィーネにレイドは焦った。カトレアは親戚の子だと話していたが、嘘がバレないかとヒヤヒヤしていたからだ。
「最近全然会わないから来ちゃったよ!」
屈託なく笑うフィーネ。だが畑の端にジャックと一緒にいるカトレアを目にすると、急激に表情が曇る。
「ねえ、レイド兄。あの子、本当に親戚なの?」
「え? ああ、そうだよ。母親の弟の子供の……とにかく遠い親戚なんだ」
「ふ~ん……そう」
――完全に怪しんでるな……。
納得しない顔をしたままのフィーネを、レイドはしどろもどろになりながら何とか家に帰し、ポケットから金属の玉を取り出した。
「バルタザール、転送してくれ」
『かしこまりました』
レイドとカトレア、そしてジャックの足元に魔法陣が現れ、二人と一匹は光の柱と共に【アヴァロン】へと転送される。
◇◇◇
「もお! 絶対怪しいんだよ。レイド兄」
フィーネは家に帰るなり、母親に不満を漏らしていた。
「だって最近、私を避けるように畑に行くし、帰るのだって凄く早いんだよ。おかしいよレイド兄は」
「ウフフフ、レイド君も年頃だからね。そりゃ~色々あるわよ」
「お母さん!」
「ハイハイ、ごめんなさい」
母の言葉にフィーネは憤慨していたが、今日レイドの畑で見た女の子を思い出す。
――親戚だって言ってたけど、絶対違う!
フィーネは女の感を働かせ、レイドの嘘を見破っていた。台所にある机に突っ伏し、モンモンとしていた時、父親が村の集会から帰ってきた。
「あなた、お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
どこか浮かない顔の父親に、フィーネは少し不安な気持ちになる。
「父さん、何の話だったの?」
「うん、まあ……二人とも、ここに座ってくれないか」
父に促されて、フィーネと母親のマリーは台所にある椅子に座り、上着を脱いで席についた父のアゼルに視線を向ける。
「これはまだ決まった話ではないんだが……」
いつになく深刻な表情のアゼルに、二人は戸惑う。
「近く、この村から出て行くことになるかもしれん」




