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第2話

 「この穴……」



 恐らく熊の巣穴だと思ったレイドは、必死でジャックの名を叫んだ。



 「ジャック! ジャーーック!!」



 返事はない。ただ暗闇に自分の声だけがこだましている。


 子熊が向かう先には、親熊がいる可能性が高い。下手をすれば興奮した親熊に、ジャックが殺されてしまうかもしれない。



 「戻って来い、ジャック!」



 いくら待っても、呼び掛けても反応が無い。



 「仕方ない……行くしかないか……」



 レイドは意を決して穴の中へ入って行く。これが熊の巣穴なら、かなり危険だがジャックを放っておく訳にはいかない。


 中は真っ暗なので、手でぺたぺたと土壁を触りながら前に進む。


 大人が屈んでやっと通れる穴だったが、レイドはジャックの名前を呼びながらゆっくり歩いて行く。


 ――結構、深い穴だな……どこまで続くんだろう?


 進むにつれ、レイドの不安は大きくなってゆく。突然熊が出てこれば、逃げるのは難しいだろう……そう思いながら更に進むと、不思議なことが起こる。


 明かりのまったくない穴の中に、(わず)かに光が灯っていた。


 最初は気のせいかと思ったレイドだったが、奥に進むとより明るくなってきたことで、穴の先に光源があると確信する。


 穴は緩やかな下り坂で、入口付近は(せま)かったが、今は立って普通に歩くことが出来る。人一人が通るには充分過ぎるほどの大きさだ。


 もう十分以上歩き続けているが、まだ先は見えない。


 永遠に続くのではないかとさえ思ったレイドだったが、引き返す気は無かった。それは、この穴が一本道だったからだ。


 もしも分岐する場所が複数あったなら途中で引き返しただろう。


 だが、一本道なら迷う心配はない。ジャックを助けるために、行ける所まで行こうとレイドは決めていた。



 「あれ?」



 しばらく歩いた後、目に入ってきた光景にレイドは足を止める。


 洞窟の先にあったのは、人工的に作られたコンクリートの床と壁だ。真四角に切り取られた空間は、どこまでも長い下り坂になっていた。


 更にその壁は(あわ)く発光して、穴の先を照らしていた。



 「何なんだ、ここは……」



 熊の巣穴でないことは間違いない。自分が住む家の近くにこんな所があったなんて……レイドは困惑しながらもジャックを探すため先へ進む。


 ――どれくらい歩いただろう……かなりの距離は進んだと思うけど。


 レイドの顔に疲労の色が浮かび始めた頃、目の前に回廊の終わりである扉が見えて来た。淡く光る扉には何かの文字が書かれているようだが、レイドは読むことが出来ない。


 触れようとして手を伸ばすと、扉は自動的に左右に開く。



 「……これは……?」



 中に入ると、それほど大きくない部屋だったが、至る所が青く発光している。キョロキョロと見渡していると――



 「わんっ!」


 「あ! ジャック、やっぱりここにいたのか!」



 駆け寄って来たジャックを撫でながら、レイドはホッとする。だが、訳の分からない部屋に居ることが不安になり、すぐにジャックを連れて帰ろうとした。


 その時――



 『――最下層到達者を確認しました』


 「え?」



 部屋の中心にあった円台が輝きだし、脳に直接響くような“声”が聞こえてきた。



 「誰だ!? 誰かいるのか?」


 『魔道の07【空の書】の解放を認証、権限の委譲を承諾します』



 その声が聞こえた後、部屋の中央にあった円台の中心が輝きだし、光の柱が立つ。一瞬眩しくて目を逸らしたレイドだったが、光の中に本があることに気づく。


 それは辞書のような、年代物の分厚い本だ。



 「なんなんだ一体!? 君は誰だ?」



 訳の分からないレイドは、部屋を見渡しながら姿の見えない“誰か”に質問する。


 『ここはダンジョンの最下層、私はダンジョンを攻略した者にオルドリア帝国の英知を授けるための存在』



 レイドは、その国名に聞き覚えがあった。かつてオルド人が築いた帝国。この国が世界中で非道の限りを尽くしたと言われているため、オルド人達は差別されるようになったと伝えられている。


 とは言え、千年以上も前に突如姿を消した国の話だ。


 そんな国の話よりも、レイドには気になった言葉があった。



 「ちょっと待ってくれ、今()()()()()()()()()って言わなかったか!?」


 『ハイ、ここは山間にある【B06】ダンジョンの最下層です』



 レイドは眩暈(めまい)がするのを感じた。自分には無縁で入ることは無いと思っていたダンジョンの、それも最下層にいるという。


 とても信じられないが、よく考えれば思い当たる節があった。


 ――俺が熊の巣穴だと思っていた場所から、ダンジョンの中心部までの距離は5キロはあったはずだ。そこから地下に向かって歩き続けた。


 確かにダンジョンの真下まで来てもおかしくはないと思ったレイドだったが――



 「いや待ってくれ! ダンジョンの最下層に到達した人間はいないはずだ。ダンジョンが発見されてから一度も! そうだろ!?」


 『ハイ、ダンジョンが攻略された記録はありません。したがって()()()()()()()()()()となります』



 驚き過ぎて口をパクパクさせるレイド。やっと絞り出した言葉は……



 「俺……ダンジョンに入ってないけど……」


 『関係ありません。ここに到達したものがダンジョンの攻略者と判断され、オルドリア帝国の遺産を受け取ることが出来ます』



 あまりのことに放心していると、心配そうにジャックが見上げてくる。



 「くぅ~~ん」


 「あ、ああ、大丈夫だよジャック。大丈夫……」



 レイドは頭を整理して“声”に対して質問した。



 「それで、その遺産て何なんだ?」


 『光の中にある【魔導書】に触れて下さい』



 レイドは光の中に浮かぶ“本”に目をやる。何か危険があるかとも思ったが、触れるだけなら大丈夫じゃないかと考え、恐る恐る手を伸ばす。



 「わっ!?」



 “声”の言う通り本に触れると、一瞬光が弾け、レイドの腕を光の輪が昇ってきた。驚いて手を引いたレイドだったが、光はすぐに消える。



 『あなたの名前を教えて下さい』


 「え?」


 『名前です』


 「あ、ああ、俺はレイド・アスリルだ」


 『レイド・アスリル……登録を完了しました』



 光の中にあった分厚い本は忽然(こつぜん)と無くなり、光の柱も消えていった。



 「消えちゃったぞ? どうなったんだ!?」


 『オルドリアの遺産【空の書】を正式に委譲しました。これであなたは魔導書を自由に使うことが出来ます』


 「魔導書って……どうやって使えばいい?」


 『手のひらを上に向け、本の形をイメージして下さい』



 レイドは半信半疑だったが、言われる通りやってみる。



 「こ、こうかな?」



 すると手の上に、さっき見た本が突然現れた。驚いて息を飲むが、恐る恐る浮かんでいる本の表面に触れる。実態のあるしっかりした本だ。


 とても高級そうな感じがするものの、それで何が出来るか分からなかった。



 「本は出せたけど、その後どうするんだ?」


 『委譲の完了により、私の役割を終了します。あなたがオルドリアの遺産を正しき事に使うことを祈ります』


 「え?」



 “声”がそう言うと、部屋の青い光が徐々に消えていく。



 「え、ええええ? ちょっと待ってくれ!」



 部屋に灯った最後の明かりが消え、真暗になった空間に大人一人と一匹の犬が残された。どうしていいか分からず、レイドは絶句する。



 「くぅ~ん」



 ジャックの鳴声だけが、暗い空間に静かに響いていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回の物語も爽快感満載の無双系になりそうですね。 楽しみ(^ー^)
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