第13話
『――最下層到達者を確認しました』
いつもの“声”が聞こえてくる。
『ユニークの03【アヴァロン】の解放を認証、権限の委譲を承諾します』
レイドとカトレアが黙って見守る中、重い金属音を鳴らしながら扉がゆっくりと開き始める。手前に開かれた入口に困惑していると――
『お入り下さい』
“声”に促されてレイドは足を踏み入れる。暗い廊下をカトレアと共に歩いて行くと、大きな広間のような場所に出た。
そこは天井がとても高く、別の部屋につながる扉もいくつかある。
――ここに秘宝があるってことかな?
広間の中央までいくと丸い台座があり、その中心部から光が天井に昇っていた。それ以外は特に何も無い。
『名前を教えて下さい』
「レイド・アスリルだ」
『レイド・アスリル……登録を完了、オルドリアの遺産【アヴァロン】を正式に委譲しました。私の役割を終了します。あなたがオルドリアの遺産を正しき事に使うことを祈ります』
「え?」
レイドは呆気に取られた。
「いやいや、まだ何も受け取ってないよ!?」
“声”は消え、辺りは静寂に包まれる。今までは明確な対象物があっただけに、レイドはどうしていいか分からなかった。
その時、かすかに足元が揺れていることに気づく。
「何だ?」
ドンッと縦に揺れた後、今度は横揺れが襲って来る。レイドは立っていることが出来ず、後ろに転倒した。
頭を地面に打ち付けそうになるが、俊敏に回り込んだカトレアがレイドの体を支える。
「あ、ありがとう……」
――何だか、男女の役割が逆なような……。
レイドは複雑な気持ちになるが、揺れは収まりそうになかった。
◇◇◇
夜の帳が下りた王都で、明らかな異変が起きていた。夕食を取っている家庭では、スープの表面に波紋が起きる。
「ん? 何だ?」
空から地響きが聞こえ、辺りが揺れている。住民は地震かと思ったが、そうではない。異変を確かめようとした者は外へと飛び出す。
空は暗すぎて何が起きているか確認できないが、音は空に浮かぶ島から聞こえてくるようだった。“島”に何かあったのは間違いない。
「おい、どうなってんだ!?」
「分からねーよ! こんなこと初めてだぞ」
「お母さん、怖いよ……」
「大丈夫、大丈夫だから!」
アレサンドロの市民は、不安と混乱に飲み込まれていた。そしてその異変の報告は、直ちに王城にももたらされる。
「た、大変です! ロイス様!!」
宰相ロイスの執務室へ、勢いよく行政府の文官フォレスが入って来た。
「何です、慌ただしい」
ロイスは冷めた目でフォレスを一瞥する。ノックもせずに部屋に入ってくるなど礼儀をわきまえていない。
そう心の中で呟くロイスだったが、フォレスの次の言葉に息を飲む。
「空に浮かぶ島……“オルブレス”が落下しているようです!!」
「……本当ですか?」
信じられなかったロイスは、フォレスと共にオルブレスが見える窓まで足を運ぶ。だが、暗すぎて何も見えない。この日は月明りも無かった。
「まったく見えませんね」
「報告によれば、城下街の住人たち地鳴りのような音と、落下する岩などを目撃しているそうです。状況から考えてオルブレスが落下しているとしか……」
ロイスは顎に手を当て、しばし試案する。
「用意できる照明弾を集められるだけ集めて下さい」
「照明弾ですか?」
「そうです。軍部なら大量の照明弾が常備されているはず、大臣に言ってすぐに用意させて下さい」
「それならロスト様、建国祭で使われた打ち上げ花火も残っているかもしれません。照明弾と一緒に使ってはいかがでしょうか?」
「花火……いい案です。急いで取りかかって下さい!」
「はい!」
ロイスの指示を受けた軍部は、照明弾や花火の筒を兵士に持たせた。兵士達は騎馬に乗り、王都を駆け抜け“オルブレス”の真下にある平原へ向かう。
目的の場所に着いた兵士達はすぐに準備に取り掛かった。
花火の筒を設置し、それぞれが所定の位置に就く。一斉に発射しなければ充分な光量が得られないため、兵長のカウントを待つ。
「用意はいいな! 五、四、三、二……放てっ!」
上空に向けられた照明弾を一斉に放ち、わずかに遅れて花火の三尺玉が七発、夜の闇に打ち上げられた。
漆黒の闇を切り裂く光は、巨大な影を映し出す。そこには信じられない光景が広がっていた。
帝国が“オルブレス”と呼んでいた空飛ぶ島は真っ二つに割れ、大きい方の片割れがゆっくりと落下している。
残っている島の方も、ボロボロと表面が崩れ落ちていた。
刹那の光ではあったが、その情景を多くの帝国市民が目撃する。人々の間に動揺と混乱が広がってゆく。
「島が……オルブレスが落ちていく……」
「何でこんなことに……?」
「うわっ! 岩が空から落ちて来てるぞ。こっちに来ないだろうな!?」
「敵国からの攻撃じゃないのか!?」
帝都が大騒ぎになっている時、王城ではロイスが臣下と共にバルコニーにいた。嗜好品であり、貴族しかもたない遠眼鏡で上空を見ている。
「いかがですか? ロイス様」
遠眼鏡に映るのは、空から落下してゆく大地。だがロイスの目を引いたのは残っている方、上空に浮遊している島の一部だ。
その島の片割れを見ていたロイスは、あることに気づく。
「あれは……」
岩が崩れるにつれ、岩の中にある物の表面が見えてくる。青と金色の金属が闇の中に浮かび上がるが、照明弾や花火の光が消えたため漆黒の空と同化していく。
「明日、日が昇りしだい捜索隊を出して徹底的に調べて下さい」
「はい!」
翌日――
日が昇って、姿を現したそれを見た人々は絶句した。
朝日を反射する外壁はキラキラと煌めき、美しい彫刻が至る所に施されている。ゆっくりと回る様子は、まるでその荘厳さを示すかのようだった。
アレサンドロの上空に浮かぶ造形物は、この世の誰も見たことがない物。王城の窓から空を眺めたロイスでさえ、感嘆せずにはいられなかった。
それはまるで――
「空に浮かぶ……“城”ですね」
上空にあるのは金と白金、そして色鮮やかな青銅を用いて造られた、まさに王城だった。その風格を漂わせる造形美は、貴族社会で育ったロイスでも見たことが無い。
――今まで、島がなぜ浮いているのか分からなかったが、あの城の浮力で浮いてたということですか……。
「ロイス様!」
昨日にも増して文官のフォレスが慌てた様子で駆け付ける。今度は何だと思っているとフォレスは汗を拭った後、息を整え姿勢を正す。
「朝、落下した島の一部を調べていた兵士からの報告です。落下したのはダンジョンがある部分だったのですが、ダンジョン内の生物が全て消えており、機能が停止しているようだとのことです」
「ダンジョン?」
ロイスは思考を巡らせる。立て続けに起きる異常事態、前例の無い事象……生物がいなくなったダンジョン。
――まさか……。
ロイスは戦慄を感じた。
「攻略された……ダンジョンが!?」




