第12話
天空に浮かぶ島“オルブレス”。飛空艇が降り立つ近代的な建築物と、風化した古代の遺跡が混在する場所。
島全体には緑の草木が生い茂り、白く壊れた建物の残骸がその姿を晒す。
レイドは仕事が終わってから【魔導書】で転移してきた。すでに日が沈み始め、辺りは薄暗くなっていたため、色鮮やかな島の新緑は見て取れない。
代わりに夕日に染まる空と、赤く照り返された島の美しさだけが目に残る。
「完全に暗くなる前に入口を探さないと」
レイドはここに来る前、入念に光の地図で“島”を調べていた。
抜け穴はダンジョンの中心から、五キロの円周上にある。それを島にあてはめると、ほとんどが島の外、空中になってしまう。
島にかかる部分も平地が多く、抜け穴だと思えるような目ぼしい場所は見つからない。レイドは仕方ないので、実際に来て探すことにした。
「取りあえず来てみたけど……やっぱり、簡単には分からないな」
島の端まで歩いて行く。空に浮く島の直径は長い部分で約四キロ。かなりの大きさと体積で、なぜこんな物が浮いているのか誰にも分からない。
レイドは恐る恐る下を覗く。
眼下にはアレキサンドリア帝国の城下街が広がるが、とても小さく霞んで見える。レイドは怖くなって離れ、また抜け穴を探すため歩き出した。
その後ろを、フードを被ったカトレアが付いて行く。
◇◇◇
空に浮かぶ島のダンジョン入口。冒険者のパーティーが上がって来た。
ダンジョンの出入口に設置されたギルドの施設で、攻略状況や持ち帰った品などを報告して外に出てくる。
パーティーの一人が、ふと島の端を歩く男に目を止める。
女連れのようだ。何をこんな所でイチャついてるんだと腹が立ってきたが、どうも様子がおかしい。何かを探しているようにキョロキョロしていた。
「おい、あれ見てみろよ」
「あ? 観光に来た奴等だろう、別に珍しくもない」
「今日、最後の飛行艇がもうすぐ出発するのに、島の奥へ行こうとしてるぞ。帰れなくなるんじゃないのか?」
「ほっとけよ。空飛ぶ島で一晩中イチャつきたいのかもよ」
「まあ、そうだが……」
男は引っかっかるものを感じたが、自分達には関係ないと思い直し、帰り支度を始めた。
◇◇◇
「カトレア、家にいてくれって言ったのに、何で無理矢理ついてくるんだ」
『それが私の役割ですので』
「何かあっても【魔導書】で帰れるから心配ないって」
『魔導書の発動には時間が掛かります。その間に襲われないとも限りません』
「それは、そうかもしれないけど……」
ここに来る前。カトレアに散々ついて来るなと説得したレイドだったが、転移する瞬間ピョンッと魔法陣の中へ入って一緒に来てしまった。
この調子だと何度でも同じことをしそうだとレイドは諦める。
「やっぱり無いな」
三十分ほど掛けて島の遺跡部分を見て回るが、抜け穴などは無い。
――そんなのがあれば、とっくに見つかってるか……。
そんな中、島の南東に止まっていた飛行艇が離陸していく。恐らく今日最後の便なんだろうとレイドは考えた。
――もう、日が沈む。明かりが無くなれば探すのはより困難になるし、まだこの島に在中している国の職員に見つかるのも厄介だ。
「しょうがない、今日は帰ろうか」
無表情なカトレアの顔を見た時、ふとある考えがよぎる。
「そう言えばカトレア、ダンジョンの構造とか抜け穴の場所とかって分からないの?」
『分かりません』
「はっきり否定するな……いいよ、自分で探すから」
とぼとぼと歩きながら、当てもなく見て回ると島の端に辿り着く。それこそ空中にあるんじゃないかと冗談交じりに思い始めていたが……。
「……待てよ。まさか、本当に……?」
レイドは近くにある小石を拾い始めた。抜け穴があるかもしれない円周上、陸地の端に立つが、そこには何もない。
さすがに一歩踏み出す勇気は無いため、小石を投げて確かめていく。
空中に投げた小石は、そのまま下に落ちていった。何度やっても結果は変わらず、何かあるようには思えない。
「ダメか……」
抜け穴があるかもしれない円周上で、島と空中にまたがる場所は計四ヶ所ある。レイドは場所を変え、もう一度小石を投げてみた。
「ここも違うのか」
小石は弧を描いて落ちていくだけで、何の変化も無い。辺りは暗くなってきた。これ以上調べるのは時間が掛かるため、今日は帰ろうと考える。
そんな時、最後に投げた小石を見失った。
暗くなっていたので単に見えなくなっただけかと思ったレイドだが、もう一度投げた小石は落下の途中で完全に消える。
「まさか、ここか?」
小石を何度投げても、ある場所で消えて無くなる。間違いなくそこに何かあると考え、レイドは覚悟を決めた。
念のため【魔導書】を出して、すぐ転移できるようにしておく。
振り返ってカトレアを見て「ちょっと行ってくるから、ここで待ってって」と言い、空中に目を落とす。
ここから飛び下りるのは勇気がいるが、レイドはやるしかないと目を瞑り小石が消えた場所へ飛び込んだ。
視界が暗転し、腰や尻に衝撃が走る。「いたたた」と体を起こしたレイドが辺りを見回すと、いつも入っていた抜け穴の中だった。
「やっぱり、見えないように偽装されてたんだ。魔法か何かの効果かな?」
レイドは立ち上がり、体に異常がないことを確認して奥に進もうとする。その時、後ろからドスンッと大きな音がした。
振り返って見ると、カトレアが片膝をついて着地している。
「カトレア! 待っててくれって言っただろ」
『私の役割はマスターをお守りすることです。お供します』
当たり前のように淡々と言うカトレアを見て、ハアーッと大きく息を吐いたレイドは、諦めて暗い抜け穴を下って行った。
――やっぱり同じだな。途中まで自然の洞窟のようで、いきなり人工の回廊になり淡く光っている。
レイドとカトレアが二時間近く歩き続けると、行く先に扉が見えてきた。
扉は左右に別れて自動で開く。ここまでは全て以前と同じ、レイドはそう思って中に入ると、今までとは違う物がある。
「これは……」
そこにあったのは金属で造られた重厚な扉。部屋の奥へと進むための、固く閉ざされた入口のようだった。




