第10話
迷いの森のダンジョン、最下層――
ギルドと国の依頼を受けたグスタフ達“黒剣”のメンバーがいた。
山間のダンジョンの最下層も調べた彼等なら、何らかの手掛かりが見つかるかもしれないと考えたデミトゥリスが派遣したものだ。
29階から階段を下り、狭い空間の部屋に入る。
「以前入った部屋に似てるな」
ランプで中を照らしながら、カールが囁く。
「ああ、造りは同じようだ」
グスタフはすぐに床の痕跡を調べ始めた。カールとダイアがランプで床を照らし、グスタフが見やすいように手助けをする。
二人の新人は邪魔にならないように後ろで控えていた。
「どうだ? グスタフ」
「やはり足跡があるな。前に見つけた男の足だ」
「同じ奴か?」
「間違いないだろう」
グスタフは床ギリギリまで顔を近づけ、うっすらと白く積もる埃と塵の上に残る足跡を辿っていく。
今回は犬の足跡が無い。代わりに別の足跡がある。
「子供……いや、女の足だな」
「こんな所に女を連れて来てたのか!?」
カールは自分の頭に手を乗せて驚く。だがグスタフは冷静に状況を分析していた。
「おかしいな」
「何だ? まだ何かあるのか!?」
「女の方は裸足だ」
「「「ええっ!?」」」
これには、その場にいた“黒剣”のメンバー全員が驚く。
「ま、まさか……こんな所で変なことしてたんじゃないだろうな!?」
ろくでもない妄想をするカールに呆れるグスタフだったが、足跡の流れは明らかにおかしかった。
「そうじゃない。だが、おかしな所も多い」
「何がおかしいんだ?」
「まず、女はそこにある大きな箱から出てきたように見える。足跡はそこから始まってるからだ」
全員の視線が部屋の中で一際目立つ“箱”に注がれる。それはまるで大きな棺桶を立てかけたような物で、蓋が開いていた。
「この中から出てきた? いやいや、それはないだろう!」
「ここは千年以上前からあると言われてるんだ。人が居るはずがない」
カールとダイアが揃って否定する。しかしグスタフはそうとしか思えなかった。女の足は“箱”から歩き出し、数歩で止まり消えていた。
「男も、どこから来たのか分からない。俺達が入ってきた扉には近づいた形跡が無い。壁際から突然現れたような……前の時と同じだ」
「だけどグスタフ、足跡もうっすらとしか見えないし、確実にそうとも言い切れないじゃないのか? 普通に考えればありえないだろ」
「……確かにそうだな」
その後も細部に渡って部屋を調べたが、人物を特定できるようなものも“秘宝”が何なのか分かるような情報も得ることは出来なかった。
グスタフは強い疑問を持つ。
――分からない……男は突然現れて突然消えている。どうやってこの部屋に来て、どうやって帰ったんだ? まさか別の出入口があるのか?
グスタフは辺りの壁も調べたが特に何も無い。謎を残したまま冒険者パーティー“黒剣”は、ダンジョンの最下層を後にした。
◇◇◇
迷いの森から程近い、バルクの町にグスタフ達の姿はあった。
王都に向けて報告書を書き、明日ギルドの飛脚便で送れば今回の依頼は完了だ。だが、グスタフは悶々とした気持ちで宿屋のベッドに仰向けに寝そべる。
――二つ目のダンジョンが攻略されたと聞いた時は、正直驚いた。同じ人間が攻略したなら、攻略方法を見つけ出したということだ。
――人類の夢だとされていたダンジョン攻略……羨ましいな。
グスタフが感傷に浸っていると、宿屋の階段をドタドタと昇ってくる音が聞こえる。バタンッと扉が乱暴に開くと、カールが入って来た。
筋骨隆々の腕力で扉を開けるカールを見て、扉が壊れてないかグスタフは心配になる。
「おい、グスタフ! おもしろい話を仕入れてきたぞ」
「何だ一体……」
グスタフはむくりと体を起こし、やれやれとカールの顔を見る。
「昨日の夜、冒険者崩れのゴロツキが追剥まがいの事をしたら、逆にボコボコにされて病院送りになったんだとよ」
「それのどこがおもしろいんだ?」
「チッチッチ、おもしろいのはここからだ。そのゴロツキを叩きのめしたのが若い女だったらしいぞ」
「若い女?」
「そう、しかも三人の武器を持った男を、たった一人素手で撃退したとか」
「誰から聞いた話だ?」
「この町の自警団の連中だよ。ゴロツキどもは昨日には捕まって、今は牢屋の中だ。その内の一人が漏らしたらしい。他の三人は恥ずかしくて黙ってるみたいだけどな……」
グスタフは立ち上がり、上着を取って部屋を出る。
「お、おい! どこ行くんだ!?」
「そのゴロツキに話を聞きたい。自警団の施設まで案内してくれ」
「ええっ?」
夜も遅いんで、のんびりしようとしていたカールは余計な話をしたと後悔するが、すでに手遅れだった。
◇◇◇
「もう、いいだろ……あんまり思い出したくないんだよ」
顔に包帯を巻いた男が、弱々しい声で泣きごとを言っている。
自警団に頼み込んで牢屋の中に入れてもらったグスタフとカールは、ベッドの上に座り項垂れている男を問い詰めていた。
「お前の意見は聞いてない。見たことをそのまま話せ」
グスタフが冷たく言い放つ。包帯を巻かれた男は嘆息すると、昨夜のことを渋々話し始めた。
「女の方は16~7に見えた。男の方は20代後半ぐらいか」
「男もいたのか!? どんな奴だ?」
「え? まあ、普通の兄ちゃんだったな。オルド人だけど……」
「オルド人だと? 身長は? 痩せ型か」
「あ、ああ、170ぐらいかな……確かに痩せ型だった。でも、それが何なんだ!?」
「女の特徴は?」
「女もオルド人だと思う。変な服を着ていた……そんで、やたら強ええ。あんなに強い女は初めて見た」
「どんな風に強かったんだ? 武器は持ってなかったんだろ!?」
「ああ、だが腕に手甲みたいな物を仕込んでたみたいだ」
「手甲?」
「剣で腕を斬りつけた時、金属音がした」
「金属音……」
グスタフは顎を触りながら考え込む。
――変な格好の女に、170前後の男……両方オルド人。ダンジョンの最下層にいた男女と重なる。偶然か? まだ情報が足りないな。
「その男はこのバルクの町の住人か?」
「知らねーよ! この町は周辺の村からも人が来るから、住んでるかどうかなんて分かる訳ねーだろーが!」
「周辺の村?」
「まあ、ちょっと芋っぽい感じもあったから、どこかの村の奴かもな。もういいだろ! 帰ってくれ、こっちは傷が痛むんだ!!」
グスタフ達は追い出されるように牢屋を出た。他の二人にも話を聞こうとするが、全員口を噤んでいる。
――女に負けたのが相当恥ずかしいんだろうな。
自警団の施設を出たグスタフとカールは、宿屋へと戻っていく。
「オルド人……もしそれが本当なら、ダンジョン攻略者として名乗り出ない理由も、そこにあるのかもしれない」
「なんだよ。差別されてる民族だからって、金がもらえない訳じゃないだろ?」
「確かにそうだが、彼等がどう考えるかは分からない。国を信じていない可能性もある」
いくつかの情報は集まったが、あまりに不確か過ぎて、報告書に書く訳にもいかないとグスタフは考えていた。
「グスタフ……迷いの森のダンジョンを攻略した奴らが、まだこんな所でうろついてると思うのか?」
「分からん。だが、もしそいつ等がダンジョン攻略者なら……」
グスタフは夜空を見上げ、薄雲から見える微かな星の光に目をやる。
「いずれ出会うことになるかもしれん」




