働き蟻は、今日も働く
全体的に土で出来た部屋の中に、彼らはいた。
「君達に集まってもらったのは他でもない。君達にはとある任務を請け負ってもらう」
椅子に座り、机に肘をついた男は、こちらを一睨みするとそのようなことを言い始めた。
集められた10名に緊張が走る。
張りつめた空気が彼らの口を閉ざさせ、男は続けた。
「先ずはこれを見てほしい」
男がそう言うと、後ろのモニターにマップと思われるものが表示された。
それは、彼らにも見覚えのあるマップだった。
しかし、普段と異なり、ある一点に黄色い五芒星が点滅していた。
「司令官殿! 質問があります!」
声を張り上げた者が手を挙げる。
「なんだね?」
司令官から許可を与えられた為、手を挙げた者が質問する。
「その星はいったいなんなのでしょうか?」
「良い質問だ」
司令官がそう言うと、再び雰囲気が変わった。全員の視線が司令官に集まる。
「これが今回のターゲットだ。先遣隊の話によると、ここには例のぶつがあったらしい」
その言葉に、集められた全員が唾を飲み込む。
「れ……例のぶつというのはもしかして……」
先程手を挙げた者がそう聞くと、司令官はニヤリと笑った。
「ああ、伝説の秘宝シュガーブロックがここにあったらしい」
◆ ◆ ◆
……というわけで、僕たち蟻三中隊は現在、とある家屋に向かっている。
この蟻三中隊は、働き蟻の隊長と副隊長以外は基本的に元怠け蟻で構成されたチーム。
僕こと蟻沢も、昨日までは普通に巣の中を歩き回っていた。
実際、昨日までは適当に動き回っても許されていたのだが、最近働き蟻が殺られてしまったらしい。
その為、今回の任務は僕たちに白羽の矢が放たれた。
いつもなら嫌だと返すが、今回ばかりは司令官様が怖いので働かざるを得ない。
行かなきゃ代わりにお前達を餌にする。なんて言われたらやるしかない。……はぁ、働きたくないでござる。
だが、今回の目的はかの有名なシュガーブロックだという話だ。
かなり危険な人間達の住み処に眠るその秘宝は、厳重な警備によって護られているという噂だ。
幾つもの扉に隔たれ、辿り着くことすら困難。なんとか目的の部屋に辿り着いても、高い位置に存在している為、落下死と隣り合わせ。それを踏破したとしても、かの秘宝は、入れ物に入れられている為、入手不可能。
だが、当然それだけではない。
僕たちが侵入する場所は、人間と呼ばれる血も涙もない種族の巣。どんなに命乞いをしても容赦なく僕らを殺し、水で溺れる様を見て笑う悪逆非道の種族達の住む場所なのだ。
しかも、彼らは僕たちを殺す為の近代兵器まで造っているという噂もある。その凶悪な兵器でお隣さんの巣が死の都と化したのは、数日前の話だ。
「……まったく……なんて危険なミッションを押し付けてきやがる……」
そんなことを呟いたのは、僕の隣を歩いていた蟻田だった。
「わかるよ、蟻田。僕も同じ気持ちさ。でも、僕たちがやらなきゃ他の誰かがその死地に向かうことになって、僕たちは子供達の養分となる。なら、行くっきゃないでしょ?」
「だよな~殺ると言ったら殺るお方だもんな~」
「だね~実際殺られた奴もいたらしいしね~」
僕と蟻田は起こりうる未来を想像して、同時に溜め息を吐いた。
「ばかもん! そんなあるかどうかわからない未来を今から考えてどうする!」
僕たちを叱咤する声が前の方から聞こえ、僕たちはそちらを向いた。
「だって隊長~」
「だってもへったくれもない。我々に与えられた使命はただ一つ。生きて、伝説の秘宝を女王様に献上することだ! それ以外のことをお前達が考える必要はない! まぁ……安心しろ。お前達全員、この隊長が守ってやるからな」
「「隊長~! 一生ついていきます!!」」
こうして結束力の固まった僕たち蟻三中隊は、目的の家に辿り着いた。
◆ ◆ ◆
先遣隊がつけてくれた匂いを辿って、僕たちはようやく中に入れた。
そこは畳張りの部屋だった。
「結構簡単に侵入出来たな~。これなら伝説の秘宝も案外簡単に手に入れられちゃうかもね。なんつって」
「しっ、静かに!」
冗談を言った蟻川の口を、隊長が塞ぐ。
隊長の表情はかなり険しく、ただ事ではないことがすぐわかった。
「あそこに新聞を読んでいる老人がいる。気付かれれば間違いなく殺されるだろう。我々の前に行った同胞も、あの老人の手によって半分が殺された。……見つかれば死ぬぞ!」
隊長の険しい口振りに、僕たちは黙って従う姿勢を見せた。しかし、それは全員の意思ではなかった。
「おいあれ見ろよ!」
蟻馬が皆に聞こえるような声の大きさで叫ぶ。
彼の手が向けられた方向には煎餅と思われるものの残骸があった。
「あの大きさならシュガーブロック程ではないけどお宝もんだ! 急いで運ぶぞ!!!」
「任された!」
「あっ、おい! 待たんか!!」
蟻馬が先頭を走ると、隊長の手を押し退けた蟻川もそれに続いた。
隊長は彼らを止めようと声をかけるが、彼らは止まらなかった。
少し遅れて他の者も彼らの後を追おうとしたその時、全員の視界が真っ白に染まっていく。
「いかん! 下がれ!!!」
顔を真っ青にした隊長の言葉で間一髪僕らはその白い煙に当たることはなかった。
だがーー
「蟻馬! 蟻川! 返事をしろ!!」
煙の先にいる仲間に隊長が声をかけるも、返事はない。
そして、白く染まった煙がようやく晴れた時、僕たちの視界に仲間の死骸だけが映った。
「わしの煎餅は誰にもやらん」
そんな声が老人の口から放たれ、死骸となった仲間達はティッシュに包まれてゴミ箱へと放り投げられた。
その一部始終を、僕たちはただ、見ていることしか出来なかった。
あっさりと殺された仲間。あっという間すぎて、現実かどうかも理解できない僕たちに、隊長が真剣な表情を見せながらこう言った。
「あれが……人間というものだ」
そう言った隊長は、悔しそうに涙を流していた。
僕たちはこの日、改めて人間という存在の恐ろしさを知った。
◆ ◆ ◆
仲間の死という現場を見ても、僕たちのやるべきことは変わらない。
でも、空気は先程よりも遥かに重かった。
そんな僕たちの悲劇は、まだ終わらなかった。
赤ん坊を抱えた女性が引き戸を開けて入ってきたのだ。
「すみません、お義父さん。この子、お願いしてもいいですか? ちょっと今から掃除しようと思ってまして」
女性はそう言うと、赤ん坊を和室に解き放った。
(……赤ん坊だけか……よかったぁ……)
そうは思いつつも、人間の赤ん坊は自分達より遥かにでかい。結局、危険な相手にかわりないのだ。
しかし、あの老人よりかは幾分マシだろう。
煎餅に近付いた瞬間、仲間が死んだ。だったら、新聞を読んでいる今が、ここを切り抜けられる最大のチャンスだと思った。
「隊長。我々は隊長の判断に従います。煎餅の欠片は……諦めます……」
すごい残念そうに言った蟻秋だったが、気持ちはわかる。それでも、先程の光景を見た以上、煎餅に近付こうとは思えなかった。
だから、それを避けて僕たちは前に進もうとした。
だけど、隊長の表情は先程よりも焦っているようにも見えた。そして、隊長が叫んだ。
「待て! まだあの子がこちらを見ているんだぞ!!」
その叫びは時既に遅しだった。
僕たちがそちらに目を向けると、人間の赤ん坊がこちらにすごい勢いで近付いてきたのだ。
「人間の赤子は動くものに敏感なのだ! 総員動くな!!」
その言葉で、急いで全員が動きを止めようとする。しかし、人間の赤ん坊はこちらから目を離そうとしていない。
「た……隊長! 人間の赤ん坊はそんなに危険なんですか!!」
その言葉に少しの間を要した後、隊長は説明してくれた。
「話によると、この子は最初に行った同胞の残りを殺した化け物だ。一番恐ろしい点はそのサイコ的な行動。屈託のない笑顔で容赦なく我々を殺し、慈悲すら与えることなく見つけた瞬間、殺しにかかる。……そのうえ、笑いながら死体を何度も何度も床に叩きつけてくるんだ」
「きょ……狂気じみてる……人間の赤ん坊こえぇ」
そんなことを思っていると、急に人間の赤ん坊が手を振り上げた。話を聞いた後ではそこに浮かぶ笑顔が狂気じみてるようにしか見えなかった。
そして、その手は容赦なく振り下ろされた。
場所は自分の近くではあったが、回避不要な場所だった。僕だけは。
「蟻田!?」
「蟻秋!!」
彼らのいる場所に手が振り下ろされた。
そして、キャッキャッという笑い声と共に、手が退かされると、そこには叩き潰された蟻秋の死骸と腹を潰されて動けなくなっていた蟻田の姿があった。
僕は急いで蟻田のもとに近付いた。
「大丈夫か、蟻田!!」
「……蟻……沢? ……お前こそ……無事……なのかよぉ……」
「僕なんかどうだっていい! 今すぐ助けてやるから! 早く僕の手を取れ!!」
「……はは……わりぃな……」
力無く笑った蟻田は、手を伸ばしてきた。
それに手を伸ばした瞬間ーー
「お前だけでも生きろ」
そう言われ、胸を押された。
「俺の分も頼んだぞ」
不意をつかれて後ろに押された僕の体を隊長が受け止めた次の瞬間、蟻田の体に向かって勢いよく手が振り下ろされた。
「あ……あぁ……蟻田ぁああああああああああ!!!!」
蟻田の体を、人間の赤ん坊は何度も何度も叩く。
楽しそうに、何度も、何度も叩いていく。
「急いでリビングへ向かえええええ!!!」
「離して! 蟻田が、蟻田が死んじまう!! 隊長! 蟻田が死んじまう!!!」
隊長に引きずられながら、僕は、何度も何度もそう言うが、隊長は僕の体を引きずったまま、離そうとはしてくれなかった。
「もう……無理だ……蟻田はもう……死んだよ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は抵抗する気力を失った。
◆ ◆ ◆
リビングへと向かう蟻三中隊。彼らは和室を抜けた後も人間の赤ん坊に追われていた。
何度も何度も叩かれるが、相手の命中率にむらがあるのか全て避けることに成功。なんとか少しばかり下が空いていた新聞紙を使って隠れるも、人間の赤ん坊はなかなか諦めてくれなかった。
しかし、そこに現れる救いの手。赤ん坊の母親であった。彼女は赤ん坊を和室に戻すと、その扉を閉めて、中に入れなくした。
「なんとか脅威は去ったな……さて、行くか」
隊長はそう言うと、一人だけその命令に従わない者がいることに気付いた。
蟻沢だった。
いつもなら、こういう時は見捨てる選択肢を取っただろう。
しかし、今回は事が事だけにそういう選択肢は取りたくなかった。
どうしたらいいのか迷っていると、急に蟻沢が口を開いた。
「……先に行ってください」
その言葉には、怒りの感情が込められていた。
「……一応聞いておこう……なにをするつもりだ?」
「当然! あの赤ん坊に復讐します!!」
その言葉を聞いた瞬間、隊長は溜め息を吐いた。
「不可能だ」
「やります! 例え同じ目に合わせる事が出来なくても……せめて殺すくらいは……」
「相手は人間なんだぞ?」
そう言われた瞬間、蟻沢は何も言えなくなった。下唇を悔しそうに噛み、涙をポタポタと流し始める。
「例え相手が幼き赤ん坊だとしても、見ただろう? 我々蟻と人間では天と地ほどの力量差がある。だからこそ、我々は我々に出来ることをすればいいのだ」
「……僕たちに……出来ること?」
「そうだ。我々はまだ、生きている。我々に出来ることはただ一つ。死んでいった者達の為にも、前を向いて生きていくことだ!! お前も! 蟻田に託されたのではなかったのか!?」
「……蟻田が……僕に?」
「そうだ!」
そう言った隊長は蟻沢の肩を掴んだ。
「さぁ、お前はどうする? ここで無益な死を選ぶか。それとも蟻田の無念を果たす為に、我々と共に伝説の秘宝を探し出すのか……蟻沢、お前はどっちを選ぶ?」
そう聞かれると、蟻沢は悔しそうに右腕で目元を拭った。
「……行きます! 蟻田の分まで僕が頑張ります!」
「よし! そうと決まれば行くぞ!!」
隊長の言葉で再び士気の上がった蟻三中隊は、再び伝説の秘宝を目指して歩き始めた。
◆ ◆ ◆
僕たちが五芒星のある地点を目指していると、急に辺りが騒がしくなった。そして、その音を聞いた瞬間、隊長が再び顔をしかめた。
「最悪な状況になってしまった……総員、目的地に急げ!!」
隊長の声に急かされ、僕たちは急いで隊長の後についていった。そして、部屋にあった一番大きなテーブルを何故か通り過ぎた。
「隊長! テーブルを無視してよかったんすか!?」
隊員全員の言葉を代弁した蟻原が隊長に聞くと、隊長は声を張り上げた。
「あんな場所にあるシュガーブロックを狙うなど不可能に決まっているだろう! 我々の目的地はあのごみ箱の裏、捨て損ねたエリアだ!」
その言葉を聞いた瞬間、隊長が焦っていた理由がようやくわかった。
部屋中に響くこの音は、おそらく掃除機の音なのだろう。
となれば、当然ごみ箱の裏、捨て損ねたエリアを見られることは必然。そうなれば、伝説の秘宝はごみ箱へと落とされてしまうことだろう。
「……こうなっては仕方無いか……」
唐突にそんなことを呟いた隊長は、何故か足を止めた。
通り過ぎてしまった僕たちは、そちらに振り向いた。
「お前達……悪いが、後は任せた」
儚げな表情で彼はそう言うと、不器用な微笑みを見せてきた。
「……いったい……なにをなさるおつもりなんですか?」
「……簡単なことさ。私が囮になり、敵をひき付ける。その間にお前達は秘宝を回収しろ! これが、お前達の隊長としての、最後の命令だ」
「……聞けません……」
僕は隊長に向かって、初めてそう言った。
「……どうしてだ?」
だが隊長は、規律違反を責めなかった。だからかもしれない。僕は、隊長に本音をぶちまけた。
「隊長が言ったんじゃないですか! 生き残った者は、死んでいった者達の意思を引き継いで前へと進めって……隊長が言ったんじゃないですか!!! ……どうしても囮が必要だって言うんなら……僕がやります」
「蟻沢……」
「そうっすよ! 隊長が行く必要はないっす! 俺が囮をやれば全て丸くおさまるじゃないっすか! 安心してください! 逃げ足には自信があります!!」
「駄目だ!」
「何故っすか、隊長!!」
蟻原がそう聞いた瞬間、隊長は哀しそうに笑った。
「隊員を犠牲にする隊長がどこにいるよ? 言っただろ? お前達を守るのが、隊長である俺の使命だってさ」
「「……隊長……」」
隊長の言葉でわかった。
隊長を止めることなんて出来ないってことを。
「俺も行くぞ!」
全員が諦めるなか、蟻吉さんがそう言った。
「お前一人で格好よく死ねると思うなよ、親友? 俺だって、どうせ死ぬなら後輩の為に命張って死にてぇからな」
「……ふっ、どうなっても知らんぞ?」
「後輩の為に死ぬんだ。後悔なんかしねぇよ」
そう言うと、隊長と蟻吉さんは掃除機のもとへと向かった。
僕たちは、彼らの背中に制止の言葉をかけたかったが、彼らの死を無駄にしてはならないという思いから、目的地へと走った。
◆ ◆ ◆
僕たちは、ようやくそこに辿り着いた。
明かりで影が出来たその場所には、立方体の形をしている真っ白の塊があった。
一目でそれがシュガーブロックなのだと理解できた。同時にここまでの道中で失った仲間達の最期が脳裏を過った。
ようやく全部終わる。
後はこれを運ぶだけだ。
そう考えた瞬間、後ろからあの音が近付いてきていた。
ごみ箱の影から見れば、すぐそこまで掃除機が近付いてきていることがわかった。
このままでは、隊長達の死が無駄になってしまう。そう思った時だった。
「蟻沢、お前はここに居ろ。掃除機は俺達がなんとかしてやる」
そう言ったのは、僕と一緒にここまで来て、先程までシュガーブロックに歓喜の声を上げていた有原だった。
「じゃ……じゃあ僕も!」
「バカ野郎!! それじゃあ誰がこの秘宝を運ぶっていうんだ! お前まで死んだら隊長や蟻吉さん、蟻田達の死が無駄になるんだぞ!」
「で……でも……」
「生きろ! お前だけでも生きろ! 俺達のやったことが無駄じゃないって、お前が証明してくれ! 行くぞお前ら! チキった奴は問答無用で子供の養分だ!! 散れぇぇええええええ!!」
「「うぉおおおおおお!!!」」
「みんなぁああああああ!!」
彼らはそう言うと、それぞれ別の方向に走りだした。
彼らを見つけた人間の女性は、イラついていた。
女性は彼らを見つけた瞬間、1匹を執拗に追い始め、そして吸い込んだ。だが、それで終わりじゃなかった。
すぐさま、残りの2匹が彼女の前に現れ、彼女は再び追いかけっこを始めた。
少しすると、何かが吸い込むような音と共に、最後の悲鳴が聞こえた。
それが僕の耳に届いて、僕はただ涙を流すことしか出来なかった。
「ふぅ、今日はなんだか蟻が多いわね。あら! もうこんな時間! お義父さん! 病院の予約時間が迫ってるわよ!」
「聡子さんや、わしはボケとらんぞ? 今日の朝ご飯はオムライスじゃったかの?」
「いや、病院行くって話してるんだけど……あっ、もうちーちゃんったらまた蟻さん叩いちゃったのね~。はい、お手々洗いましょうね~。ほら、お義父さんも! 病院行くんだから早く着替えてくださいよ!」
「なんじゃ? 今日はゴルフの予定はないぞ?」
「あぁもう! 病院行くって言ってるんだから早く着替えてって、せっかく掃除したのにまたこぼしてるじゃないですか!! もうやだこのじじい!!」
「聡子さんや、朝ご飯はまだかのう?」
「私は美智子だぁああああ!!!」
そんな会話が耳に入り、数分後にはエンジン音が耳に届いた。
皆が命懸けで作ってくれた千載一遇のチャンス。運ぶなら、今しかないと思った。
しかし、シュガーブロックを持ち上げようとしても、シュガーブロックはびくともしなかった。
「な……なんで? ……なんで動かないんだよ!!」
シュガーブロックを力の限り引っ張るもびくともしない。
「お願い! お願いだから動いてよ!! これを運ぶために僕たちは命懸けでここまで来たんだ!! これを取るために隊長や皆は、僕を残して死んだんだ!! だからお願い! 動いてよ!!!」
どんなに叫んでも、シュガーブロックは結局動かなかった。
ここまで来るのに多くの仲間達が死んだ。
不幸にも敵の罠にかかった蟻馬と蟻川。恐ろしい子どもに殺された蟻田と蟻秋。そして、僕らを残して死んだ隊長と蟻吉、そして僕を残して死んだ蟻原とその取り巻き2名。
皆大切な仲間だったのに、この秘宝を得るという目的の下、僕以外の全員が死んでしまった。
「こんなひ弱で怠けてばっかりの僕なんかが生き残るくらいなら、隊長や、他の皆が生きてくれれば良かったのに…………いや、駄目だ! 僕は皆に託されたんだぞ! ここで僕に諦める資格なんてないだろ!!」
「よく言った!」
いきなり背後から声が聞こえたことで、僕はそちらを反射的に見た。
そこには、信じられないような光景が広がっていた。
先程までそこには誰も居なかったというのに、いつの間にか多くの同胞達がそこに群がっていた。
「我々蟻二中隊助太刀致す」
「我ら蟻六中隊、蟻三中隊の援護に参った!」
「私達蟻四中隊もお手伝いいたしましょう」
隊長格の者達が次々と僕に向かって挨拶をしてくれる。
その光景を見て、僕はただただ涙が止まらなかった。
すると、1匹の蟻が僕に手を伸ばしてきた。
「お疲れ様です。私は蟻一中隊の蟻藤です」
その名乗りに対して、僕は慌てて彼の手を握った。
「ぼ……僕は蟻三中隊の蟻沢っていう者です。申し訳ございませんが、隊長はもう……」
そう言うと、彼は哀しそうな表情を見せた。
「……そうですか。仲間に仕事を残して帰るような薄情者ではないのでもしかしたらと思っていましたが……やはり、そうでしたか……」
「すいません。僕が不甲斐ないばっかりに……」
「謝らないでください。彼は部下を守って立派に使命を全うしたのでしょう? なら、まず私達がやるべきことは、彼やその部下達が託した思いを胸に、秘宝を持ち帰ることではないんですか?」
「……はいっ!」
「よろしい。では、私の権限で貴方にこの全ての部隊の指揮権を一時的に託します。さて、総隊長殿。私達は何をすればいいですか?」
僕を励ましてくれた蟻藤隊長が頭を下げるのと同時に、全員が僕の指示を待つかのように、待機の姿勢を取り始めた。
その光景は圧巻だった。
「総員に告ぐ。伝説の秘宝シュガーブロックを巣へと運び込む。皆の力を貸してくれ!!」
僕がそう言った瞬間、耳をつんざくような雄叫びが上がり、蟻達はシュガーブロックに群がった。
先程までびくともしていなかったシュガーブロックが持ち上がり、そうかからないうちに、伝説の秘宝シュガーブロックは、残骸すら残すことなく、その場から消えてしまった。
それをただ、見ていることしか出来なかった僕は、自分の無力さにうちひしがれることしか出来なかった。
結局僕は怠け蟻にすぎないのだ。
「蟻が1匹で全てをこなそうというのは思い上がりもいいところだとは思わんか?」
聞き覚えのある声にそう言われ、僕は振り返る。
そこに立っていたのは、司令官殿だった。
「蟻沢。我々はちっぽけな存在だ。たった1匹で出来ることなんてたかが知れている。だからこそ、我々は群れで生きているのだ。失敗してもいい。出来なくてもいい。きっと誰かがそれを補ってくれる。だから、他の誰かが出来ない時は、お前が補ってやれ。今度はお前が、他の誰かを助けてやれ」
そう言うと、司令官殿は仲間と共に帰ろうとした。
そんな彼の後ろ姿を見て、僕はいてもたってもいられなくなっていた。
「待ってください!」
僕の引き止めに、司令官殿は振り返ってくれた。
「今回の任務が達成出来たのは、僕だけのお陰ではありません! 僕たちが死なないよう必死に誘導してくれた隊長。道中で死んでいった仲間達……そして、共に運んでくれた仲間達が居たからこそ、僕はシュガーブロックを持って帰ることが出来たんです。僕にとって蟻三中隊の皆は、これからもかけがえのない最高の仲間達なんです。……だから、今日も僕は働きます。
いつか死ぬその日まで、僕は生きられなかった彼らの分まで働こうと思います!!」
「……そうか」
蟻沢の言葉を聞いた瞬間、司令官は少し嬉しそうな表情をしていた。
そして、そんな彼に向かって、蟻沢は万感の思いを込めて、この言葉を彼に対して、使った。
「はい! だって、僕は働き蟻ですから」
ここまでのご視聴、誠にありがとうございます。
今回はいつもの物語とは少し異なる感じにしてみたのですがいかがだったでしょうか?
書き始めたきっかけは、息抜きに別の短編小説を書きたいと弟に相談したら、とある漫画のアイデアで、3枚のキーワードから短編小説を書いてみるというものを実際にやってみようってなったことです。
それで引いたキーワードというのが『お宝』『生と死』『蟻』という謎過ぎるものでして、これはやだな~って弟に言ったら、へたれと煽られたので書きました。
蟻の生態よりも、仲間との絆に重点を置いたので、多分蟻はそんなことしないだろうな~とか思いながら書いてました。
それでは、ここまでの長い時間をお付き合いいただき、ありがとうございます。
また機会やご要望が多ければ、こういう短い小説も書こうと思います。