ボクのお母さんはお節介
「ただいまー」
凪くんとのデートを終え、我が家への帰還。
家に帰るまでの間も今日のことを考え続けるばかりで、頭の中がパンクしそうだよ。
「おかえりなさい、愛理。今日の子はどうだった?」
「どうもこうも、とても気の利く男の子だったよ、お母さん」
キッチンから頭を覗かせるお母さん。
とても綺麗で、陽気な性格も手伝って、すごく若く見えるんだ。
もう四十近くなると言うのに、未だ高校生と間違われることもあるらしい。カナメなんかは、あんたら親子はずるい、なんて言っていた。
ボクを見つめるその右手にはおたまが握られていて、鼻をくすぐる匂いはとても香ばしく、ボクのお腹の虫を鳴かせている。お母さんのカレーは絶品なんだよね。
「あらぁ〜? とーっても、女の子の顔してる……今夜はお赤飯にした方がいいかなぁ〜?」
「そ、そんなことはないよ! まだ付き合ったばかりだし、また振られちゃうかもしれないし……」
う、弱気になる自分が情けない。
でも、今日のボクの態度は凪くんにとても失礼だった。
彼は別れ際にもあんなことを言ってくれたけれど、嫌われていてもおかしくないんだ。
「もぅ。私の娘なんだから、もっと自分に自信もってよね! ほーらぁ、お風呂も沸いてるから入ってくる! 美味しいカレーが待ってるんだからね!」
「分かったよ! お母さんのカレー、楽しみにしているからね!」
お母さんはとてもいい笑顔をしているけれど、ボクは恥ずかしさで頭が沸騰してしまいそうだよ! 凪くんのことがいつまで経っても、頭から離れていかないじゃないか!
手洗いうがいを済ませ、着替えの準備。浴室へ足を運ぶ。
脱衣所での姿見は、情けないボクの全身を映し出していた。
「……本当にどうしたんだい、ボク。こんなに自分が分からなくなることは、初めてだ」
似合わない白のワンピースに身を包む自分。触れなくても分かるけど、実際に触れてみると更に伝わってくる、心臓の鼓動の早さ。
もう凪くんはここにいないと言うのに、いつもの三倍は早いんじゃないかと言うくらいバクバクしている。
人それぞれ、死ぬまでの鼓動の回数は決まっていると聞くけれど、それが本当ならボクは今日一日で、どれだけ寿命が縮んでしまっただろう。
こちらを見つめる鏡の中の自分。
なんだか難しい顔をしているけれど、その頬は真っ赤に染まり、唇はすぐに乾燥する。
顔に触れると、風邪でも引いたんじゃないかと言うくらい、とても熱い。
ただこうしているだけで意識がぼぅっとしてしまうと言うのに、凪くんのことが頭から離れない。
彼のことを考えるだけで、ボクの思考も行動も、全てに身が入らなくなる。
「ダメだ! 凪くんのことはひとまず忘れるんだ!」
首を振り、なんとか考えることを他所へと振り払う。
誰かに見られているわけでもないと言うのに、急いで服を脱ぎ捨て、浴室に入り体を軽く流して湯船に浸かった。
「…………熱い」
別に、お風呂の温度が高いわけじゃないと思う。なんなら、入るまでに時間があったのだから、少し冷めているくらいかもしれない。
それでも、足の先から頭の先まで、火傷しそうなくらいに熱いんだ。
ボクは、考えることが大好きだ。
人のことを考えるのも、今日の出来事を思い返すのも、明日何があるかなと考えるのも。
ボクが何も考えていない時なんてないくらいだと思う。それこそ、考え事に夢中で授業中に怒られることもあるくらいだ。
なのにそんなボクが、今は何も考えたくない。何か一つ、考え事をするだけで凪くんが、彼の顔が浮かんでくるんた。
彼のことを思い出すたびに、体温が上がっていくのが分かる。……このままじゃボク、死んじゃうんじゃないかな?
のぼせる前に湯船を上がり、体温を下げるためにシャワーから水を出し──
「ひゃいっ!」
冷たい! 自分でやったことなのに、思わず変な声が出てしまった。
「愛理どうしたの! なにかあった!」
「な、なんでもない! 水が冷たかっただけだよ! 大丈夫!」
さっきの声でお母さんが心配してきてくれたらしい。恥ずかしさで余計体温が上がってしまったよ……。
少しでも考えることを避けるため、体を流し、髪を洗っていく。
何もしないと、腰まで届きそうなくらい長い髪。自分で言うのも可笑しな話かもしれないけど、綺麗な髪だと思っている。お母さん譲りの大好きな髪。
「凪くん、君は、髪の長い女の子は好きかい?」
答えの帰ってくるはずもない疑問。凪くんの好みか……ボクは何を! 考え事は禁物だ!
なんとか自分の思考を振り払いながら、急いで湯浴みを終わらせる。
変に急いだせいか、若干荒い息を整えて、浴室の扉を開いた。
「──気持ちいい。すっきりしたよ」
お母さんがちゃんと閉め忘れたのか、脱衣所の入り口がすこし開いていて、そこから流れてくる風が火照った身体を冷ましてくれる。
長い髪をまとめてタオルを頭に巻きつけて、バスタオルで身体を拭いていく。
「スタイルもそんなに悪くないと思うけど、君はどんな子が好きなんだい? やっぱり男の子は、もう少し胸がある方がいいのかな?」
ボクに告白してくれたということは、君の好みであると思いたい。けれど、全てが君の好みとはいかないだろう。
悩むボクの姿が大好きだと言ってくれた。考え事をしている時の自分なんて見たこともないけれど、君はそんなボクのどこに好意を持ってくれたんだい?
君の本当の心がわからない。……ボクの本当の心が分からない。
ただ一つ、君に早く会いたいというこの気持ちだけは、自分でも分かる唯一の感情に思えるんだ。
「愛理ー、長風呂もいいけど、あなたへお電話よー。男の子からのお電話だからね」
「男の子?」
ボクの心拍数は、さっきまでの比にならないほど跳ね上がっていた。