励まし屋
ここは都心の一等地のビルの一室。男が薄暗い部屋の中、豪華な椅子にもたれ体を伸ばしていた。
「今日も一日仕事を頑張ったな」
独り言を呟きながら、タバコに火をつけた。
私はここで占い師として毎日人々を鑑定している。ただし占い師といっても特別に何かが見えるわけでもなく、占いの勉強などはしたことがない。
占いに来る者はほとんど悩みがあってやってくる。私は客が来るとまず、『大変な悩みをお抱えですね、でももう大丈夫ですよ』と言う。そうすると大抵の客は私の事を信用し、自ら悩みを打ち明けてくる。それに対し適当に『自信を持って』とか、『あなたなら大丈夫』とか言っておけば客は泣いてありがたがる。悩みを抱えている人はほとんどすでに自分で答えがでており、後は誰かに背中を押してもらいたいのだ。占い師というよりは励まし屋だ。しかしそんなことでお金が手に入るとは全くぼろい商売だ。
客の悩みを聞いて励ましているだけだが、噂が噂を呼び、いつの間にかよく当たる占い師として評判になり、こんな都心の一等地に店を構えることができた。
タバコを吸い終わり帰宅しようとしていると激しくドアを叩く音が聞こえた。私はドアに近付きドアスコープから外の様子をうかがった。二十代前半くらいの細身の美しい女が悲痛な表情で立っている。
「申し訳ありませんが今日の占いはもう終わりなのですが」
私がドア越しに声をかけると女は泣きじゃくるような声で懇願してきた。
「先生、お願いです。私の話を聞いてください」
今日はもう帰ってゆっくり休もうと思っていたが仕方ない。いつものように励まして早目に帰ってもらう方が後々面倒にならなそうだ。私はドアを開けて女に言葉をかけた。
「どうぞお入りください。実はまだ誰かが来る予感がしていたのです。大変な悩みをかかえているのですね、でももう大丈夫ですよ」
「突然押しかけてしまって申し訳ありません。でも、私、もうどうしたら良いのかわからなくて…」
女は座って泣きながら体を震わせている。居ても立っても居られなかったのだろう。よく見ると女の髪の毛はセットされずに少し乱れている。化粧もしていないようだった。
さて、この女はどんな悩みを抱えているのだろう。今までの経験上、女は大抵男や友人といった人間関係か金絡みの悩みの事が多い。女の身なりを観察したが、高価そうな洋服や装飾品を身に着けていることから金銭面での悩みではなさそうだ。まあ、この年代の女の悩みは、惚れた男とけんかしたとか、どうしたら告白できるかとかその程度の事だろう。私は穏やかな口調で話しかけた。
「人間関係でお悩みですか」
女は驚いた表情で私の顔を見て、口を開いた。
「その通りです。何故おわかりになるのですか」
「それが私の力ですから、全てわかっていますよ。安心してください」
「噂には聞いていましたが、本当によく当たるのですね。私、色々悩んだのですが、なかなか決心がつかなくて、先生に相談しに伺ったのです」
全くくだらない。恐らく好きな男にでも告白しようかするまいか悩んでいたのだろう。はやいところ励まして自信をつけて帰ってもらおう。私ははやく家に帰ってゆっくりと過ごしたいのだ。
「何をためらうことがあるのです。あなたはとても魅力的だし、これから強力な運が後押ししてくれるはずです。あと必要なのは少しの勇気だけですよ」
女は泣きやみ晴れ晴れとした表情に変わっていた。
「先生の言うとおりです。何故こんなにも悩んでいたのでしょう。ありがとうございます。勇気を出して頑張ろうと思います」
そう言うと女は鞄の中から拳銃を取り出して銃口を私に向けてきた。とっさのことだった。慌てて私は女に言った。
「何の冗談ですか、物騒なものはしまってください」
「あら、冗談でも何でもないですわ。私、先週まで大好きな男性とお付き合いしていましたの。でも私以外に気になる人ができたようで、どうしたらいいか先生に相談したみたいなの。そうしたら、先生は彼の背中を押して励ましたみたい」
女は一点も曇りのない目で私を見て続けた。
「先生のこと殺したいくらい憎んだわ。でも人殺しになると思うとなかなか決心がつかなくて、そこで先生に相談しに来てみたの。先生の話を聞いてようやく決心がついたわ。ありがとうございます」
「ま、待ってくれ…」
私が話しだした時にはすでに女は引き金を引いていた。薄れゆく意識の中で女の声が聞こえた。
「なんだか心が晴れやかな気分だわ。先生に相談しにきてよかった。だけど先生は良く当たる占い師なのに何故今日の事は予見できなかったのかしら」
当たり前だ。私は確かに占い師だが未来なんて予見できない。
ただの励まし屋なのだから。
拙い文章を読んで頂きありがとうございました。