愛はオーロラのように.2
オーロラさんは、子供のような好奇心に溢れたひとみで言った。食べてみたい、と。
「食べてみてえのか」
「はい」
「卵あるのか?酢と油と」
「はっ、はい!コカトリスの卵と、酢は穀物から作ったもの、油は魚からとったものを料理に使っています」
「塩は」
彼女はにっこりと微笑み、答えた。
「いくらでもありますわ。だって、周りは海なんですもの。」
「よしきた!」
人に美味いもん食わして、美味い美味いって言ってる顔を見る。こんなに楽しいことはねえと俺は常々思ってる。料理りたくて料理ってるモンが人を幸せにする、こりゃウマローの自己実現理論だ。
ま、こんなもんじゃオーロラさんへの恩返しには足りねえが、喜んでくれるならいくらでも卵を泡立てる。
俺は台所を拝借して、泡立て器を物色した。
「オーロラさん、泡立て器あるかい?」
「あわ、たけき?なんとおっしゃいました?」
もしかして、この世界には泡立て器も無いのか?
プリミティブな泡立て器の原形っつーと、小枝とかを束ねたもんだろうか?それか、フォークでも時間をかければ…いや待て、瓶を振って作ろうか。
泡立て器の代用になるものはあるか、俺は考えを巡らせた。
「いや、いいんだ。よく撹拌できれば…」
「撹拌?」
オーロラさんはまたしても語尾を上げた。
まさか撹拌という概念までもが無いのか…?
「攪拌器ならありますわ!」
そう答え、彼女が出してくれたのは枯れた葦を束ねてひもで結び、ちょうど茶筅のような形にしたものだった。
「撹拌器…?」
「薬を調合するのに使うんです。魚しか食べられないこんな村じゃ、薬で栄養をとらなければすぐ体調を崩しますから。」
「そうなのか、これ油もんに使って大丈夫か?」
「薬の調合でも油は使いますわ。」
「ありがとう、オーロラさん。」
さあ、材料は出揃った。
卵黄をボウル代わりの鍋に入れ、塩と酢を入れ、もったりするまで混ぜる。精製した海塩は鍋の底でジャリジャリと音を立てながら、少しずつ卵に溶けていく。
「…あの、まだ混ぜるんですか?卵を溶くのなら、もう…」
そばで見ていたオーロラさんが不思議そうに言った。
「…いいや、こんなんじゃ、ダメだ。」
「そうですか。……もう、いいんじゃありませんか?」
「…ッまだだ…!ここからなんだ…。」
「旅の方…?」
「はあ、はあ……!くそッ、このコカトリスの卵とかいうの、中々手応えがありやがる……!」
オーロラさんは息を切らして卵を混ぜる俺を見て、どんどん心配そうな顔になっていった。
「あの、も、もう……!」
「…くっ、卵!はあはあ、白くなるまでよ!混ぜたこと!はあはあ、あるか!?」
俺は小さな撹拌器を指先でつまんで、狂ったように卵を泡立てた。腕の筋肉は極度の緊張状態になり、滑らないよう強くつまんだ指は感覚がなくなってきた。痛くはないが非常につらい。地味な忍耐力が試される、泡立ては修行だ。
「し、白く?…だって貴方、卵白を避けて混ぜてるじゃありませんか!黄色いものが白くなりますか?混ぜたら色が変わるなんて、魔法じゃないんだから…やめて!もうやめて下さい、そんなに息を切らして…お願い!もう見てられない!」
彼女は不安そうな顔をして、俺の腕へすがりつこうとした。
「頼む、止めてくれるなッ!!」
俺は力いっぱい叫んだ。
オーロラさんは気迫に負けてたじろいだ。
「ッはあ、はあ……!続けなきゃダメなんだ!一度料理ると、男が決めたなら…料理は手際、タイミングだ、時間を制するものが…
〝味道〟を制するッ!!」
卵がもったりと、俺の気持ちに応え始めた。
「…旅のお方っ……!」
「オーロラさんッ!手伝ってくれッ!!」
「はいっ!」
「油を、油を少しずつ入れてくれ!!」
「あ、油を……!わかりましたわっ…!!」
彼女が少しずつ油を入れると、卵が乳化し、みるみるマヨネーズが出来る。
「…わぁ…!?」
「ッぐああああああ!!!!」
俺の腕の速筋が疲労のピークに達した。
「…頑張って………お願い!頑張って!!!」
手応えが変わった。
最後のひと混ぜで空を切ると、卵…もとい、マヨネーズは、ツンと誇らしげに上向きのツノを立てた。
「オーロラさん…。」
「旅の方…。」
完成だ。