愛はオーロラのように
目を覚ますと、俺は知らない天井を見ていた。
枯れ草と土の香りがして…寝台に横たわっているらしい。少し足がはみ出す、シングルベッドくらいだろうか。白いシーツ…額が冷たい。固く搾った布があって、少女…。
少女がいた。
「あっ…。」
少女は、俺の額の布に触れようとしてこちらに気づいた。明け方みたいなサーモンピンクの髪が風に揺れて、光に透けた。
「気が、つかれましたか。」
細いけれどよく通る高い声で少女は喋った。白くて細くて長い指を胸の前で控えめに組むと、目を細めて可憐にはにかんだ。
「あなたも、コカトリスにやられたのですね…。だけど、あのコカトリスはあなたが倒したのですか?相打ちのような感じで倒れてらしたでしょう……。あの、どうやってコカトリスを…?」
「コカ…トリス…?」
剣と魔法の冒険ファンタジーでしか聞かないような神話じみた響きを、そっくりそのまま鸚鵡返した。彼女はハッとしたような顔をすると、またも続けて捲し立てた。
「すみません、いきなり。私オーロラって言います。私、コカトリスに妹をやられているんです。それで、もし退治したのがあなただったら、と…その。いえ、違うなら構わないんです。あの、あなたは…の前に、ええと、大丈夫ですか?」
「悪い、何を言ってるのかまるでわからねぇ」
化物をぶっ倒して女のコに介抱されるだなんてまるでファンタジー漫画のセオリー通りだ。俺は漫画かゲームの中にでも転生しちまったんだろうか?
「…もしかして、頭をやられて記憶が…?」
彼女は手のひらで口を覆うと、気の毒そうに俺を見た。いや、と言いかけて俺も口を噤んだ。〝そういうこと〟にしておけば、何を聞いても自然かもしれない。
「…あぁ、そうかもしれない。その証拠にここがどこかも解らねぇ。コカトリスって何なんだ?」
彼女、オーロラさん曰く、俺を啄ばんだ極彩色の鶏が恐らくそのコカトリスで、善良な市民達の安全を脅かす好戦的な〝魔物〟の一種らしい。
とりわけあのコカトリスはこの付近一帯で幅を利かせていた草原の主ようなものらしく、沢山の村人がやられ、オーロラさんの妹(タルタルちゃんと言うらしい)も例外ではないらしい。
そしてその草原は朝以外はなるべく近づかないほうがいいのだそうだ。
一昼夜草原で意識を失っていた俺は、朝になり幸運にもオーロラさんに拾われ、今に至ると言うわけだ。
それと、空に太陽が二つあるのは何も不思議ではないらしい。
なるほどな…。
夢か妄想かもう解らないが、異世界に来ちまったと考えるのが一番楽そうだ。俺は思考を停止した。
「…オーロラさん、とにかくありがとよ。俺はあんたに命を救われたみたいだな。」
「いえ…そんな。」
ベッドから上体を起こして軽く頭を下げた拍子に腹が鳴った。そういえば、一昼夜寝ていた俺はいつから飯を食ってないことになるんだ?礼を言って、腹ペコな自分に気づくだけの余裕が出たのだろう、と思った。
「あら…、そういえば食事を召し上がってませんよね。ここは鄙びた漁村ですから、大したものはお出しできませんが、海の幸ならいくらでもあります。召し上がって行ってください。」
オーロラさんはそう言うと、少し俯いた。
「あの子も、今日こそ食べてくれるといいのだけれど…。」
「妹さんの事かい?」
「…ええ。ごめんなさい!すぐ用意しますね」
礼を言うと、オーロラさんは、表情を見せまいとするかのように部屋の外へ出ていった。
俺は命を助けてくれた彼女にできる事があるような気がして、何か大切な事を思い出そうとした。
程なくして、彼女は食事を運んでくれた。
トルティーヤ以上ナン以下という暑さの薄い丸パンをブリトーみたいに丸めた中に、ほぐした焼き魚が入ったものだった。
なんだか食べ覚えのある味だが、なにかのピースが足りない。魚の味は、マグロのような…?焼いて解したマグロなのだから、ツナか。
鮪鰹油漬缶詰…………………?
小麦練発酵膨焼麵麭……………………………………?
そうか、これはツナマヨのサンドイッチだ。
俺はマヨネーズの幻影を感じながら、それを咀嚼した。
「…あの、どうかされました?お口に合いませんでしたでしょうか…?」
「…いや、とんでもない。すまねぇ、故郷を思い出していたんだ。」
「ふるさと、ですか?」
「あぁ。俺の国ではこれにマヨネーズを入れる」
「まよ…何ですか?」
彼女は首を傾げた。
「マヨネーズ知らねぇのか。生と酢と油と塩を混ぜて…似たようなもん、ねぇのかな?」
「…全く想像がつきません。食べてみたいな……」